西航行8-華雅の四眼
なにやら不穏な……
♯♯ 天界 天亀の湖 ♯♯
飛び去るクロとフジを見送り、翁亀は、
「のぉ、ムラサキ……
何か、良い考えは有るかのぉ」
少し離れた大木を見た。
その大木の後ろから、ムラサキが現れ、
「翁亀様、ご無沙汰致しまして申し訳ございません」
丁寧に礼をした。
「いや……
私なんぞには、まだ何も良い考えなど……
ところで、それは『竜殺し』ですか?」
「そうじゃ。本当の名は『竜血環』じゃ。
魔界で何者かが改良――竜にとっては改悪かの。
を、重ねておる。
従来の竜血環は、吸い取るだけの物じゃったが、これは、触れた者に禍々しい種を植え付ける。
ただ……儂には、そこまでしか探れんのじゃ……」
瓶をムラサキに渡す。
「いえ……そこまで探れるとは……
流石、翁亀様でございます」
「その竜血環と、もうひとつ。
これも、キキョウさんに見せてくれるかの?
物の気を読むのは、儂よりずっと長けておる筈じゃ。
頼むぞ。
ところで、四眼の在り処は判ったのか?」
「確かな事ではございませんが……
先程、クロの様子を見る為に、ハザマの森に行った時、思い至った事がございましたので、フジに渡す竜宝を見つけましたら、向かいたいと存じております」
「あまりに気配が無いもんじゃから、近くには無いと思うとったが……
魔界や神界では、なかったのじゃな?
ふむ。
ならば、力を失っておるか……
封じられておるか……
とにかく、深い眠りに就いておりそうじゃな。
今のアオにとっては、同調する竜宝の力が最大の武器じゃ。
なんとしても見付けてくれ」
「はい。なんと致しましても」
ムラサキは翁亀に一礼し、曲空した。
♯♯♯
長老の山の蔵では、竜宝大捜索が行われていた。
「おお、ムラサキ。
クロは、どんな感じじゃ?
さっき曲空で来たぞ」シロが飛んで来た。
「なら、順調なんじゃろ。
儂は思い至った事があってな、会わずに引き返して来たんじゃ」
「それにしては遅かったな」
「大婆様の所に行っとったからの」
シロがムラサキの耳元に寄る。
「何か有ったんだな?」
「後でな」
シロは頷き、
「手伝ぅてくれ。早ぅ済まそう」
ムラサキも捜索に加わった。
シロからは護竜甲と、たくさんの小さな輪が入った箱が、
モモからは手袋、鉱石、鎚などが入った箱がフジに渡された。
「護竜甲は身に着けておくんじゃよ。
この輪は『浄流輪』。
ま、破邪の指輪じゃ。
といぅても、弱い邪気しか浄化は出来ぬがな。
禍を感知すれば光る、くらいの物じゃ。
しかし、無いよりは遥かにマシじゃろ。
今後、魔宝に触れる時は、この指輪を着けておる手でな。
たくさんあるから両手に着けておけ」
「こちらの箱は、アカに渡してね。
亀さんからの手紙も入れてありますからね」
「はい。ありがとうございました。
それでは」フジは一礼して飛んだ。
「シロさん。
私、ここには初めて入りましたが……
あんまりですので、整理致しますね」
モモは蛟達と蔵に残り、ウェイミンは解読に戻った。
シロは、再びムラサキに近寄った。
「で、何があったんじゃ?」
「竜血環の方は、もう知っとろ?
今、大婆様に実物を見てもろぅとる」
「亀ジジィの所に行っとったのか?」
「ああ、クロの気に曲空したら、湖に出てしもぅての」
「フジだけでのぅて、クロも行っとったのか?」
「そぅじゃ。
曲空を確かにせよ、と言われとったわ。
でな。
儂は、最初は森の修練場に行ったんじゃが……
その時、天の声と言うたら大袈裟じゃが、声がしたんじゃ。
『私は、ここです』とな」
「誰の声じゃ?」
「知らん。
じゃが、儂は四眼の声じゃ、と思ぅたんじゃ」
「……姉上が亡ぅなった場所に行くぞ!」
「やはり、そう思うか?」
シロが頷く。
ムラサキは、シロを連れて、ハザマの森へ曲空した。
ハザマの森の奥へと進み、シロの姉・ベニの最期の地に着いた。
「ムラサキ、何度も曲空して疲れただろ。
オレが地中を探るから休んでろ」
シロは気を高め、地中を探り始めた。
探りながら、ムラサキが、クロの所に出掛ける直前の会話を思い出していた。
♯♯♯♯♯♯
「六百年前と言ぅたら、ムラサキが即位した頃じゃな……」
シロが、読み終えた本を片付けに来た蛟達を目で追う。
「ああ、そうじゃな。
戦記では、この、ハザマの森での光の目撃が、らしき記録の最後じゃな」
ムラサキも諦め顔で、長老語にした。
「この光り方は特徴的じゃからのぅ。
待て……この記録……
姉上が亡ぅなった時ではないのか?」
「日時と場所の詳細は……確かに、これは……」
「姉上は、四眼で――」
「――御命を絶たれた……か?」
顔を見合わす。
「……因果を感じるのぅ」
「そうじゃな……」
「しかし……
魔物が四眼で姉上を斬ったとして、何故そこで、四眼は行方不明となったのじゃ?
その魔物と相討ちになったとしてもじゃ、それだけの剣ならば、他の魔物が持ち去り、その後も使われるとか、姉上の軍の者が回収するとか、あると思うんじゃが……」
「使い物にならんようになったか?
ベニ様ならば、御自分の御命と引き換えに、四眼の力を奪うなり、封じるなり、出来たのではないか?」
「強かったからのぅ……」
姉上は『真紅の戦女神』と呼ばれた女傑だった。
相討ちになるなら魔物もろとも剣の力も殺す……
やり兼ねんな……
♯♯♯♯♯♯
四眼は処分されてしまったのか?
それらしき剣の気を全く感じぬ……
場所がズレておるのか?
もっと深いのか?
抜け殻だとしたら、かなり困難だな……
土を吹っ飛ばすのは容易いが、
剣が朽ちていたら、跡形も無くなるな……
立ち上がり、周りの気をざっと探る。
根気よく探すしかないか……
♯♯ 人界 竜ヶ峰 ♯♯
フジはアカの工房を訪れていた。
「アカ兄様、急ぎ、お願いしたい事があります」
作業卓の上にモモから預かった箱を置く。
アカが蓋を開け、手紙を読む。
「出来次第、持って行く」
フジは竜血環の事を話し、指輪を二つ渡した。
アカが指輪を嵌め、手袋を着けていた時――
「兄様! あれを!」
フジが指す先には、扉を開けたままの暗室の奥、大きな鏡に映る光が有った。
アカが術を唱えながら駆け寄り、鏡に手を差し込む。
が、またしても、寸前で光の剣は消えた。
「兄様、今のは……?」
「おそらく四眼だ」
「サクラと四眼に何が……?」
「知らぬ。
ヒスイ様、お教え願えますか?」
アカが鏡から離れ、体をずらすと、サクラの傍に翡翠色の竜が映っていた。
フジは振り返ったが、サクラしか居ない。
「この鏡には、目には見えぬモノも映る」
【アカ……】
鏡の中のヒスイが、目を閉じ……頷いた。
【シ、ガンの……タ……マ、シィ……サクラ……の、内……に、有る……】
えっ!?
フジは、サクラを見詰めた。
【剣……は、別……有る……】
「ありがとうございます。ヒスイ様」
アカは、見えないヒスイに向かって、丁寧に礼をした。
「サクラを宜しくお願いします」
その部屋を出、作業卓に戻る。
箱の中の物を確認しながら、
「ここは任せろ」
作業に取り掛かった。
「はい」
フジはキンの部屋へ走った。
妖狐王城に桜華とコギは呼ばれた。
狐「桜華、もうすぐ社に手紙が届く。
それに従い、動け。コギもな」
華&儀「はい、妖狐王様」
狐「コギ、これを、アオに渡せ。
昔、竜から預かった物だ」
儀「畏まりました」




