西航行7-新たなる
前回まで:魔犬と友達になりました。
姫は舳先で、タォに人界の話をしていた。
明日の航海図を睦月に渡したリリスが、ハクの後ろに輪が入った瓶を見付け、陽に透かして眺めていたが、おもむろに蓋を開け、輪を取り出した。
まぁ、人には何もないから触れてもよいじゃろ。
姫は眺めていたが、リリスが手に嵌めようとしたので、そこでやっと止めた。
「リリス、触ってもよいが、嵌めてはならんぞ」
その声で振り返ったハクとフジが飛び退る。
「これは?」ぱちくり
「ただの腕輪ではないのじゃ」笑いながら言う。
「眺めて気が済んだら、水に浸けておいてくれるかの?」
ハクとフジを見ながらニヤニヤ。
「これは……装飾品ではないの?」
「魔物の武器じゃ」
「こんな綺麗な物が……武器……
人が見つけたら、知らずに身に着けてしまいますね……」
「先程のリリスのよぅにのぅ」笑う。
「あ……」赤面。輪を瓶に戻した。
そして、慌てて遺品を拭き始める。
私ったら遺品かもしれないのに、
着けようとするなんて……恥ずかしい……
リリスは、ハクの向こうで黙々と遺品を修復しているフジを、ちらりと見た。
……ワラワは、何故リリスを
直ぐに止めなかったのじゃ?
それに……竜が、あの輪を恐れるのは
当然じゃといぅのに……
そう思い、瓶の中の輪を見た。
人には……何も無い筈なのじゃ……
そぅじゃよ。何も無いのじゃからのぅ……
触れてもよいのじゃ……
もう一度、触れるのじゃ……
姫は眩暈を感じ、己の意思ではない己の声を聞いた。
♯♯♯
「ハク兄様、この作業、まだかかりますよね?
あの輪、翁亀様に見せようかと思うのですが」
「俺も翁亀様の所に行こうと思っていたんだが――
今から行くのか?」
「はい。そうしようかと……」
「じゃ 頼むわ。フジなら速ぇからな。
フジが戻るまで、伊牟呂には行かねぇから、しっかり聞いて来てくれ」
「はい。では、行って参ります」
フジは瓶を持って、船室の向こう側に行った。
藤紫の竜がヒュッと物凄い勢いで天に昇った。
おお~♪ 本気じゃと、あれ程に速いのか!
「姫さま……竜、すごいね……カッコいいね……」
タォも呆然と天を見ている。
♯♯♯
遺品の修復と梱包は、夕刻まで続いた。
「これで終わりだなっ。
んじゃ、持って行くからな」
「皆さん、ご協力ありがとうございました」
ハクは、遺品が入った大きな木箱を抱えて、船室に向かった。
ハク殿、戻って来ぬのぅ……
姫がそう思った時、アオが立ち上がり、指笛を吹き、片手を挙げた。
白銀の竜が飛んで来て、甲板に降りた。
アオが舳先に来て、
「タォ、乗るかい?」
「うんっ♪」
「姫は?」
「もちろんじゃ♪」
三人、竜に乗って、
「リリスさん」アオが手を差し伸べる。
リリスが嬉しそうに、その手を取り、引き上げてもらう。
「じゃあ、行こうか」ポンッ
白銀の竜が小さく鳴いて、飛び立った。
♯♯♯
空の散歩を楽しみ、賑やかな夕食の後――
「そろそろ、お暇致します。
長居致しまして、申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ、剣の玉を頂いた上に、長時間お手伝い頂き、ありがとうございました」
「そのような事……
この子をお助け頂いた、そのお礼を致したい気持ちを、全く充たすものではありません。
いずれ、魔界にて、しっかり働かせて頂きます」
母親は、背中から抱きしめたタォごと深く頭を下げた。
「それでは、失礼致します」
「タォ、また、会おうぞ♪」
「うんっ♪」手を振りながら、穴に入った。
母親は、もう一度、深々と礼をし、穴に入った。
穴が塞がる。
「急に、静かになってしもぅたのぅ」
「そうだね。
でも、いい人達に出会えたね」
「そぅじゃな。
のぅ……先程、竜のハク殿を招いておったのは何じゃ?」
「『竜呼び』だよ、『竜使い』らしいだろ?
もちろん振りだけどね」
「いろいろ大変じゃのぅ」
♯♯ 天界 天亀の湖 ♯♯
「翁亀様、この竜血環なのですが……」
フジは翁亀に瓶を渡した。
「これは……ちと待て……」
翁亀の甲羅の大桜が、ざわめき、光を帯びる。
「その仔犬の他に、この竜血環に触れた者は居るのか?」
険しい顔で問われた。
「姫様と、もう一人、それに触れました」
「暫し、対策を考えさせてくれ……
儂を待つ間に、クロを呼びに行ってくれるかの。
クロはハザマの森の修練場に居る」
「はい」フジはハザマの森に飛んだ。
こんな物が作れるとは……
魔界には恐ろしい者が居るのじゃな……
♯♯♯
フジは湖に戻った。
フジの背で、しがみ付いて伏せていたクロが顔を上げる。
「お前……
いつの間に、こんな速くなったんだ?」
「豪速という技です。
兄様だけが修練しているのでは、ありませんから」
照れながら答えた。
「もう戻ったのか!?」翁亀が顔を出す。
「ま、ちょうど良かったが……」
「はじめまして、翁亀様」ぺこり
「クロ、よぉ来たな」にこり
「じゃが、悪いが、のんびりとは出来そうにないんじゃ。
クロよ、この手紙を、シロとモモさんに渡してくれるかの。
その距離ならば曲空で行けるじゃろ?」
「たぶん……やってみます!」
手紙を受け取り、気を高め――
クロが消えた。
これが……クロ兄様の新技……
クロが戻った。
「手紙は、魔犬に届きそうか?」
「はい。
知り合いの天兎が、ちょうど来ていましたから、狐の社までは届けてくれるそうです。
あとは三の姫様にお願いするそうです」
「ならば、大丈夫じゃな。
それに丁度よかったわい。
では、あの竜血環について話すぞ。
あれは、これまでの竜血環とは、全く違う力が加えられておる。
従来の環は、竜にのみ恐ろしい物じゃったが、あれは、全ての者にとって恐ろしい物じゃ」
「触れた者は皆、生きていますが……
もしや、後で何か有るのですか!?」
「そうじゃ。
禍の種を植え付ける、と言ぅたら解り易いかの。
その種が実を結ぶ前に排除せねばならん。
実を結ぶのに、どのくらいの猶予があるのか、何が起こるのかは、まだ分からんがの……」
「どうすれば排除できるのですか?」
「クロが持っておる護竜杖、
ハクが持っておる護竜剣、
そして、シロに手紙で頼んだ護竜甲、
あと、まだ発見されておらん槍と盾。
この五つが護竜宝なんじゃが――
クロ、護竜杖で竜血環は破壊できたな?
うむ。
いずれの護竜宝でも同じ効果が有る。
竜血環そのものを護竜宝で破壊しようとも、種が消えるとは限らんが、更なる種の拡散は防げる。
護竜宝を持つ竜は、能力が増幅される。
じゃから、種を消したいと強く願えば、応じた力が増幅される可能性が高い。
そして、護竜宝は、他の竜宝とは異なり、護竜宝自身が主を決める。
主と認められれば、効果は飛躍的に上がるそうじゃ。
何をすれば主と認められるのかは、決まったものは無いようじゃが……
手にした者の気を読む事だけは、常のようじゃな。
やってみねば分からん事ばかりじゃが……
竜血環は、どんどん改良されておる。
護竜宝の声を聞き、やれる事は何でも試せ。
今回は竜血環じゃったから、竜は誰も触れなんだが、他の魔宝じゃったら――」
「……恐ろしいですね……」
「そうじゃ。
じゃから、シロには護竜甲と共に、蔵から探し出して貰うとる物が有る。
皆、それを常に身に着けておけ。
魔宝の改良が進めば、それまで使えておった竜宝が、使えんようになる可能性も有る。
儂は次の手を考える。
ハクに、明日にでも、ここに来るよう伝えてくれるかの?」
「はい、翁亀様」
「フジは、シロから竜宝を受け取り、急いで船に戻れ。
アカに頼まねばならん事もあるんじゃ。
それも宜しくな。
クロは曲空を完璧にせよ。
応用すれば、どんどん使い道が拡がる技じゃ。
焦らず、確かなものにするんじゃぞ」
「はい!」
「では、またな」
「はい。ありがとうございました!」
二人は、それぞれの方向に飛んだ。
桜(ヒスイ、俺……起きなきゃ……起こさせてよ。
ね、術を解いてよ)
翡【まだ駄目だよ。
最近、無茶ばかりしていたからね】
桜(でも……寝てる場合じゃないよ。
船が危険なんだ)
翡【行ったら、サクラは、また無茶するから
まだ行かせないよ】
桜(船も危険だし、上も……何かが迫ってる)
翡【わかってる。あ……】
桜(どうしたの? もっと悪い事?)
翡【違う……この気……妖狐王様だよ。
妖狐王様が動いたから、もう大丈夫だよ】
桜(そう……よかった……あ、でも、上は?)
翡【うん。そっちも大丈夫だよ】
桜(どうして? 誰が動いてるの?)
翡【私が行くよ。だから、寝てて】
桜(待って! ヒス……ィ…………)
翡【そんなに心配しないで。ね?】




