航路へ4-二つの卵
前回まで:航路に向かって北上しています。
「ハク兄様、ご注文の薬です」
「早いな♪
そうか、コレ届けに来てくれたのか。
巻き込んじまったが、助かったわ。
ありがとな」
大渦戦が終わって、兄弟はアオの部屋に集まっていた。
疲れてしまったサクラは眠ってしまった。
その寝顔を見ながら、
「サクラの背中には、時々、翼があるよね」
アオが言った。
「えっ!?」
「神竜じゃねぇんだし~」
言ってから、翁亀の話を思い出し、ハクとフジは顔を見合せた。
「でも、さっき……あ……そうか。
二人は先に飛び込んでいたよね……」
「他には、いつ見えたんだ?」
「砂漠で、馬頭鬼の岩山の瓦礫の上に登った時……
フジは、あの時、見ていたよね?」
「あの時……そうですか……」
爽蛇殿は、サクラが宙を滑るように飛んでいた
と言ってましたね……
翼で飛んでいたということですか……
「……私には見えていませんでした……」
アオ兄様には見えている……
「あと、二人は居なかったけど、島で、魔物の舞台で踊っていて、姫が魔笛で意識を失った時……一瞬だけ」
「そうか……また見えたら教えてくれ」
「はい……」アオが俯く。
見えてるんなら、アオには話した方が
いいのだろうか……
アオだけが見えているとしたら、
『もうひとつ』は、アオだったのか?
ハクは、フジの視線に頷いた。
そうだな。話せる範囲だけ……
「アオ、お前は、別に変な事を口走ったワケじゃねぇんだ」
アオが顔を上げ、フジが頷く。
「俺は、お前達が、砂漠で馬頭鬼と戦っていた頃、天亀の爺さんに、あの輪っかについて教えて貰おうと、天界に行っていた。
輪っかは『竜血環』っていう物で、竜の力と生き血を吸い尽くす凶器だと判ったんだが――」
ハクは、アオの前に座り直した。
「その天亀の爺さん――翁亀様と話しているうちに、俺達の出生に関する話が出たんだ。
アオ、天竜の出生率、覚えてるか?」
「生涯出産平均1.2回、産卵数平均3.1個、孵化率が6割2分」
澱み無く答える。
「流石、医者だな」
言われて、アオがハッとする。
「勝手に出てきた……」
「王族の場合は環境がいいからか、孵化率は少し上がるよな。
踏まえても、俺達は、どうだ?
平均の倍以上の卵が、全部 孵化している」
「……奇跡の王子達……」
「ああ、そんな事も言われたな。
その『奇跡』に関して、翁亀様は、神竜の仕業だと言ったんだ」
「何のために……?」
「そこまでは分からねぇ」つか、言えねぇ。
「そう……ですか……」
「ただ、その神竜にとって、俺達は七人でなきゃいけなかった、としか考えられないらしい。
母上は多産系だというだけで王妃に選ばれたとはいえ、卵七つは天竜としては限界超えだ」
「その上、全部 孵化……」
「ああ、翁亀様が言うには、産卵時に、二つは瀕死だったらしい。
死卵だった、と言ってもいいくらいにな。
それを神竜が生かせた。
どうやって? 何のために? は、
神のみぞ知る、だ。
ただ、神竜が手を加えていたのを、翁亀様の情報源である小鳥達が見ていたんだ」
「その……二つの卵うち、ひとつがサクラ……?」
「だろうな」
「もうひとつは……?」
「分からねぇ。
だが……
もし、アオだけにサクラの翼が見えるのなら――」
「俺なのか……?」
「かも知れねぇ、ってだけだ。
何か呼応してるのかも知れねぇからな」
ハクは、アオの肩をポンッと叩き、
「でも、ま、神竜の仕業だか何だかに依ってだろうが、んなこた、どーでもいい。
皆、揃って生きている。
その事実だけ。
それだけで幸せじゃねぇか?」
フジが大きく頷く。
アオも頷いた。
その時、アオの中に声が聞こえた。
【アオ、大丈夫だよ。心配要らない】
「……ヒ……ス……イ……?」
【覚えていてくれたんだね。
いつも見守っているからね】
宙を見つめるアオの目から涙が流れた。
「アオ兄様!?」
「どうした!? おいっ!」
アオがハッとする。
「あ……いや……何でも。どうしたんだろ」
「憶測ばっかの話、して悪かったな。
あんま、気にしないでくれ」ポンッ
「何か……思い出しそうになったのかも。
不安定で、ごめん……」
「ん」アオの頭をクシャッとした。
「皆、居るんだ。心配要らねぇって」
心配要らない……ヒスイも、そう言った……
でも……ヒスイって……俺は知っているのか?
(ヒスイはねぇ……友達だよ。
んとぉ……兄弟みたいな……かな?)
(ヒスイを知っているのか?)
(卵の時から、ずっといっしょ♪)
(サクラ、もっと教えて?)
(……ぅん……)また眠ったらしい。
「アオ兄様?」フジが覗き込む。
ハクも心配そうに見ている。
「あ……焦らず、思い出すことにするよ」微笑む。
二人が頷き、微笑み返す。
「アオ、そろそろ、空龍さんトコ行くか」
「はい」立ち上がり、剣を背負う。
「フジ、俺達が戻るまでサクラ見ててくれるか?」
「はい」にっこり
ハクとアオは、航海士の部屋に向かった。
先程、アオ兄様は、確かに『ヒスイ』と
口になさいましたね……
翁亀様のお話をご存知ないアオ兄様が、
その名を知っているのなら――
(フジ兄も、ヒスイ知ってるの?)
(えっ!? サクラ!?)
(……ふにゅん…………)
寝言でしょうか?
でも、確かに『ヒスイ』と……
それに……
私は話し掛けていなかったのに、
私の考えに反応しましたね……
凜「ヒスイも神様なの?」
翡【いえ、神では……】
凜「じゃあ、神竜の魂?」
翡【どうでしょう……】
凜「もしかして、自分でも何だか分かってない?」
翡【まぁ……そういう事に……しておいて】
凜「しておいて、ってぇ」
翡【そのうち判るから】
凜「また、消えちゃったぁ」




