航路へ1-クロの決意
前回まで:やっと航海に戻りました。
島を出た夜、日付けが変わろうとしている頃、クロが甲板に出ると、ハクが夜風に当たっていた。
「ハク兄、こんな時間に、どうしたんだ?」
「いや……なんとなく、なんだが……」
夜空を仰ぐ。
「ハク兄もか……
また、闇黒色の魔物がウロついてるのかな……」
「そう思って探ってたんだ。
無闇に飛んでも仕方ねぇからな。
あ、そうだ。
その魔物の話、兄貴からは聞いたが、クロからも聞きたい」
「あ、うん」
クロは、闇黒色の魔物が、神竜の魂を捕らえ、どこかに運ぼうとしていた事、
同じような小さな檻を持った魔物が、闇の穴に入るのを、キンが見た事を話した。
「神竜の魂を集めて、何する気なんだろな?」
「オレにはサッパリ分からないけど、気になるから、巡視だけは しとこうと思って……」
「それで、もう一回、と出て来たのか」
クロは頷き、少し逡巡していたが、
「オレ……
この事が気になってて行動できてないんだけど……
今、考えてる事が有るんだ」
「ん?」
「こないだ、その魔物と遇った後、キン兄と話してて、オレだけ何にも無いな、って思ったんだ。
だから、長老の山に行って、皆の役に立てる術か技を会得したいと思ってるんだ」
「ん?
クロに何も無いなんて思っちゃいねぇが、今後の為に、新たに何かを会得するのは、悪くねぇな。
いつ行く?」
「今すぐにでも行きたい!
……けど……」
「俺は、暫く船に居るつもりだ。
闇黒色の魔物の件は、俺が引き継ごう」
「ハク兄……」
「行ってこい」ニヤリ
「うん! ありがとっ!」
二人は夜空に舞い上がった。
「んじゃ、ここで。頑張れよ!」
「おう!」
黒輝の竜は、一気に天界へと飛んだ。
♯♯ 天界 ♯♯
夜明け前、クロは長老の山に着くと、真っ直ぐ書庫に向かった。
こんな早くに誰か居る?
静かに進んで行くと、書庫の奥で前王二人が、本の山に埋もれるようになって読み耽っていた。
「何を調べてるんですか?」
「おぉ、クロ、どうしたんじゃ?」
「オレ、何か術か技を会得したくて……」
「そうか……うむ。
クロならば、俊敏さを活かせる術技が良さそうじゃな」
「なら、曲空なんぞ、どうじゃ?」
「それは良いな。ムラサキ、出来るのか?」
「出来なくはないが……この山、どうする?」
「それでしたら、私にもお手伝いさせてくださいな」
モモの穏やかな声が聞こえた。
「でも、お手伝いの前に……
ちゃんと、お食事も、なさってくださいな。
隣の部屋に運んでありますから」
「あ、ああ……すまんなぁ」
よっこらしょ、とシロが動いた時、本の山が少し崩れてしまった。
モモが近くに落ちた本を拾い上げる。
かなり古そうな、その本の開いた項を見て――
「封印解放の術ですね……」
何か運命的なものを感じ、モモは栞紐をその項に挟んで、本を閉じた。
そして、蛟を呼び、何事か告げ、
「さぁ、食事にしましょう」にっこり
♯♯♯
食事の後、ムラサキとクロは、修練の山に向かった。
書庫の奥で、モモはシロに、
「アオの封印を解こうとしているのですよね?」
「どうして……それを……」
「先日のミドリ殿の騒ぎの件も、あながち、思い違いなどではないのでしょう?
アオだけが……
あの真面目で優しい子が、人界に行ったっきり、一度も長老の山に顔を出していませんからね。
きっと、何か有ったのでしょうし……
人界に行って直ぐに、ハクが突然、医者になる、と言い出した事から考えても、本当に行方が知れなかったのでしょう?
でも……
あの時、フジは、アオと一緒に居た、と言いました。
あの子は嘘がつけません。
ですから、アオは、見つかったばかりだったのでしょうね。
フジとサクラの様子から、アオが元気そうな事は伝わってきました。
でも、アオは来ない……
それなら、飛べなくなっている。
境界を越えられない、と言った方がよろしいのかしら。
その辺りと考えるのが普通でしょ?」
「普通……のぅ……
いや、神の如き洞察力じゃ……」感服……
「先程、あなたが落とした本には、強力な封印解放の術が書かれているようです。
今は、後世に付加された解説しか読めませんが、解読してみせますよ」
にっこり
「ワシにも見せてくれるかの」
「ええ」開いて見せる。
「…………古過ぎて全く読めん」
「比較的、新しい箇所から読み進めていきますので、時間が掛かるとは思いますが……
私にお任せ願えますか?」
「モモ様、宜しくお願い致します」苦笑い。
♯♯♯♯♯♯
一方、修練の山では――
「『曲空』とは、空間を捻じ曲げ、二つの地点を瞬時に移動する技じゃ。
お前さんの俊敏さ、風を操る能力と巧く絡めて使えば、敵を翻弄し、強力な技を繰り出す事が可能となる。
風属性の攻撃技は、距離が長くなればなる程、どうしても威力が落ちる。
じゃから、あの岩を敵とすると、ここから放つよりは――」
ムラサキの姿が消え、一瞬、岩の前が紫に煌めいたと思ったら、岩が弾け、元の位置にムラサキが現れた。
「今のは、見易いよう、ゆっくりやったがの。
敵眼前に曲空し、技を放ち、別の場所に曲空。
それだけでも風技なら威力が増す。
どうじゃ? これをやってみるか?」
「はい!♪」
クロの瞳がキラキラする。
こうして、クロの特訓が始まった。
♯♯ 人界 船上 ♯♯
「クロ~ 、何処に居るのじゃ~?」
アオの部屋の扉から、サクラが ぴょこっと顔を出す。
「いないよ~」
「もぅ、買い出しに行ったのか?」
「ううん、上に行ってる」
「上?」サッとサクラに寄り、
「天界か?」声を潜める。
「うん♪」
「買い出しには戻って来るのか?」
「『暫く戻らねぇからな』だって~」
「くノ一達が、食材が尽きると申しておるのじゃが――」
「んじゃ、俺が乗せて行こう。
洞窟に用が出来たんでな。
空龍さんの治療の後でいいか?」
「そぅして頂けると有難いが――」更に声を落とす。
「よいのか?
兄上に、そのよぅな事をさせても……?」
「おっ♪
今日は、カワイイ事 言ってくれてんじゃねぇか♪」
聞こえたらしい。
「クロの代わりに、遠慮なく使えばいい。
アオ、行くぞ」
「料理はムリだがなっ♪」
と、笑いながら、航海士の部屋に向かって行った。
「……そっくりじゃのぅ」
もちろん、何枚も上手そうじゃが……
「クロ兄、ハク兄が大好きなんだ♪
だから『まねっこ』なんだって~♪」
「そぅなのか……」
クロが『まねっこ』とは……
兄弟といぅのは、面白いものじゃのぅ。
して、『暫く』とは?
凜「クロ、『暫く』は、どのくらいなの?」
黒「会得するまでだ」
凜「なんで、今?」
黒「オレだけ、ダメダメなんてイヤだからな」
凜「カッコつけたいんだ~」
黒「んなんじゃねぇよっ! どっか行けよ!」
凜「姫にイイトコ見せたいんでしょ?」
黒「うっせーーーっ! んなコトあっかよっ!」
凜「顔、赤いよ♪」
黒「怒ったからだっ!」
凜「またまたぁ~♪」
黒「オレよか、フジを観察しろよなっ!」
凜「ん♪ 確かに、そっちも大事だわ♪」
黒「オレの事は暫く放っといてくれ。
真面目に修行するんだからな」
凜「ふぅん。じゃ、頑張ってね~」




