絆の島4-竜ヶ峰へ
船が直るまで、まったりな話が続きます。
クロは、蛟の作業小屋に向かおうとしていたが、味噌の量を再確認する為に、厨に寄っていたのだった。
そして、姫から逃げ――
クロが作業小屋の扉をバタンと閉めると、蛟がパタパタと道具類を片付けていた。
「朝のミソ、足りる?」
アオから笛を教わっていたらしいサクラが、振り返った。
「あ……ああ、朝は大丈夫だ。
昼だけなら、すまし汁にしてもらえばいい。
だから、朝食の後、行ってくる」
言いながら、サクラの横に座る。
「そういえば、リリスさんって、人界では、珍しいお名前でございますよね」
片付けを終えた蛟も座る。
「そぉだねっ♪
でも……どっかで聞いたコト、あるよぉな~」
「大婆様のお婆様だね」
!?
「アオ!?
そんな事まで思い出したのか!?」
「あ……」しばらく考え、「無意識だった……」
(サクラ、王族史、覚えてるか?)
(もっちろ~ん♪)
(リリス女王の事もか?)
(トーゼンでしょ♪)
(教えてくれ。ちょい、うろ覚えなんだ)
(うん♪)
大婆様の祖母の名はリリィホワイト。
愛称はリリス。
リリス女王の治世の頃、人界では、竜の存在が否定され、架空の生物とされてしまった。
それを憂いたリリス女王は、自分の子の名を、人界風にすることで、未来への希望の光とした。
以降、王族も貴族も、こぞって代々、人界風の名を付けるようになり、民衆にも、その風潮は広まった。
ああ、そうだったな……そんな事を
随分前に、王族史で習ったような……
記憶を失ったワケじゃねぇオレでも、
その名を聞いても、全くピンと来なかった。
そんな事を思い出すなんて……
てか、んな事より!
もっと大事なこと思い出してくれよ~
早く一緒に、空 飛びてぇなぁ……
と、クロが押し黙っていると――
「思い出す順番なんて、決まってないんだろうね……」
アオは自嘲気味に笑い、
「それより、明日は、どうやって誤魔化すんだい?」
「あ……」
「十左も、連れて帰るんだよね?」
「あ……どうしよう……
アオ! 考えてくれっ!!」
「味噌の事は、クロしか分からないんだから、クロは戻るだろ?」
「ミソ、取りに戻るんだって~って、十左に言っちゃった~」
「やっぱり、どっちかが竜になって、ひとり乗らないと不自然だよね……」
アオが、クロとサクラを交互に見る。
「また、サクラやんねぇといけねぇのか……」
「逆でもいいでしょ~」ぷぅ~
「お前がオレする方が嫌だ!」
「なんでぇ~???」ぶぅぅ~
「別に、サクラの竜に、クロが乗ってもいいんじゃないか?
クロの竜は出掛けてる、とでも言えば」
「それだっ!」
「俺は、どこにいるコトになるの?」
「あ……」
沈黙の後、アオに視線が集まる。
「髪の色っ、無理だからっ!」アオが焦る。
「少々お待ちを~♪」蛟が作業卓に向かう。
フッフッフッ♪ クロが妖しく笑っている。
♯♯♯♯♯♯
そして、翌朝――
クロ達が、船大工達に見つからないよう、少し森に入った場所で待っていると――
サクラが、綺桜の竜に乗って、手を振りながら現れた。
「お待たせ~♪」
そして、綺桜の竜に、空龍、十左、クロが乗り、サクラが竜の鼻先をポンポンして、
「ゆっくり飛んであげてね~♪」
竜が小さく鳴いて返事する。
「お父さん、行ってらっしゃい♪」
リリスが微笑む。
そして、飛ぼうと、少し浮いた時、
「暫し待て! 待つのじゃっ!!」
姫が、全力で走って来た。
(ゲッ!)(えっ!?)(あらら~)
息を弾ませながら、
「これをっ、城に……家老か志乃に、渡して欲しいのじゃ」
書簡を差し出す。
「分かった」クロが受け取る。
「竜ヶ峰の黒之介と名乗れば、通して貰えるからの」
「何だ!? それはっ!?」
「良い名じゃろ?♪」
「なんだかなぁ……」恥ずかし~っ!!
「文句があるのか?」ギロリ
「ないないっ! 早く飛べっ!」
竜の背をポンッと叩く。
楽しそうに、ひと声 鳴くと、綺桜の竜は、天高く舞い上がった。
三人は、竜が見えなくなるまで、大きく手を振った。
そして――
「教えてもらった事、忘れないうちに書き留めなきゃ♪」
リリスが駆けて行った。
幸せの花を撒きながら――
姫が、リリスの後ろ姿を見ているうちに、サクラは、そぉぉっと立ち去ろうとしていた。
「アオ――」背を向けたまま、姫が言った。
ビクゥッ!!
サクラは、後ろを振り返る事なく、一目散に走った。
姫は振り返りながら、
「――は、如何したのじゃ?」
サクラの後ろ姿が、小さくなっている。
「また逃げおって~」ギリリ……
その走り方は、サクラそのものだったが――
「あっ!」
――カツラがズレた。
「そういう事じゃったか……
では、あの時のサクラはクロじゃな」ニヤリ
♯♯♯♯♯♯
竜の背では――
「アオが見送れなくて、すまなかったな」
「いや、昨日あれだけ頑張ったんだから、臥せっても仕方ねぇ。
それに、小屋で挨拶したしなっ。
それに……
また、連れて来てくれるよなっ」ニカッ
「もちろん! また会わせるさ!
ちゃんと養生しろよなっ」
「世話になるぞっ♪」わはははっ♪
「世話してやるさっ」あはははっ♪
そして、空龍に声をかける。
「大丈夫ですか? 乗り心地とか、高さとか」
「楽しいです。
私、子供の頃から、竜が大好きだったんです」
「えっ!?
竜に会ったことがあるんですか!?」
「いえ、母の寝物語に出てくる、白い竜が大好きで……
娘の名前まで、その竜の名前にしてしまったんです」
「リリィホワイト……」
「あなたも、あの話をご存知なんですか?」
「あ……」つい、言ってしまった……
「これでも『竜使い』ですから」あはは……
「本物の竜に乗れるなんて……
昨日、このコに会った時は、とうとう幻が見え始めたのかと思いましたよ」
鱗を撫でなから、穏やかに笑う。
「えへへ……」
「えっ?」
撫でている手は止まったが、そっと触れている。
(おいっ! 声出すなって!)
(だって~ くすぐったぁい)
(鳴き声にしろって!)
(わかったよぉ)
竜が楽しそうに鳴く。まるで笑い声だ。
「竜が大好きだって、言って貰えたからなっ♪
嬉しいんだよなっ♪」十左が笑う。
「だなっ♪」クロも笑う。
「そうなんですか♪」空龍も笑った。
桜「アオ兄♪ 笛、貸して~♪」
青「吹けるのかい?」
桜「アオ兄直伝だも~ん♪」
青「ああ、そうか。なら、一緒に吹こう」
桜「うんっ♪」
サクラが奏で始めると、アオも合わせて奏でた。
桜「思い出した?」
青「俺は駄目だけど、体が覚えているらしいよ」
桜「じゃあねぇ、次コレ~♪」
サクラは習っていたのではありませんでした。




