絆の島1-聖霊と男
こんな時に、こんな投稿をしていて良いのだろうか……
そういう迷いや悩みは、当然ながら有ります。
しかし、読み続けてくださっている方々は、現実から離れ、別世界を望んでくださっている筈と信じて、続ける事に決めました。
一日も早く平穏が戻られます事を祈りつつ……
くノ一達とクロと蛟が、大急ぎで作ったご馳走が、草地に並んだ卓に所狭しと並べられ、遅い昼食が始まった。
皆、好きなものを皿に盛り、わいわいと楽しく空腹を満たしていく。
「慎玄様、あの歌は何という歌なのですか?」
珊瑚の問いに、慎玄は、
「あれは、浄化の術の文言に、適当に節をつけただけのものです」
と笑った。
紫苑と珊瑚は、顔を見合わせた。
そして、僧侶の方を向き、
「とても、適当などとは思えません!」
相変わらず、全くズレない二人だった。
「お二人の舞は、いつも見惚れてしまいますが、笛までもとは、驚きましたよ~」
蛟が膳を持って来て、座った。
「いえ、アオ殿の足元にも及びません」
「いえいえ、素人の私ですら魅了される程でございますから、どれほど凄い腕前でありますのか、十分に想像できます」
「それは、おそらく、あの笛が妖笛だからですよ」
紫苑が爽やかに笑う。
「アオ殿の魔笛のような、大きな力は無いとは思うのですが……
音を重ねて、魔笛の力の足しになれば、と稚拙ながら奏でた次第にございます」
その時、珊瑚が何かに気付いて、辺りを見回し、つられたように紫苑も見回す。
「アオ様が、いらっしゃらないようですが……」
「ご兄弟揃って、いらっしゃいませんね」
「アオ様の記憶が戻りまして、お話しする為に飛んでいらっしゃいましたのに、
落ち着く暇なく色々とございましたので……
今は、ご兄弟水入らずかと……」
蛟の言葉に、三人は頷き、兄弟の小屋を見た。
食事を終えた慎玄は、掌を合わせた後、
「聞いて頂きたい話が有るのです。
後程……夜にでも、お集まり頂けませんか?」
「では、夕食後、アオ様の小屋で如何でございましょうか?」
「皆様のよろしい時で……
私は森に居りますので」
立ち上がり、掌を合わせて頭を下げる。
♯♯♯♯♯♯
その頃、霧が晴れた森では――
木々の隙間から、陽の光が射し込む中、
ボサボサに伸びた髪も髭も、ほとんど白くなった男の掌に、小さな聖霊が、ふわりと降り立った。
聖霊は、潤んだ瞳で男を見つめていたが――
【この島に閉じ込められ『闇』に囚われ……自分を失ってしまっておりました。
一度は、あなたに助けて頂いたのに……】
男が首を横に振る。
「助けて頂いたのは、私の方だよ。
あなたがいなければ、あの時、私は命を落としていた……」
【でも……私は、あなたの足を……】
「私の命を救うために、そうしてくれたんだ。
恨むなんて、とんでもない。
命さえ助かれば、いくらでも希望は有るのだから、感謝しかないよ」
【そう……いつも、あなたは……
私を責めることなく……
あたたかく包んでくださいました】
【あなたの優しさで……
一度は『闇』を拒絶できたのに……
私の欲で……再び『闇』に……】
「私が、せめて歌えたなら……」
今度は、聖霊が首を横に振る。
【私が『闇』に堕ちてもなお、あなたは、私を優しく慰め続けてくださって……】
【それなのに、私は、たくさんの人を……】
「それは『闇』のせいだ。
あなたが悪い訳ではない。
そんなに自分を責めてはいけないよ」
【ありがとう……ございます……】
その時、木々から漏れる光の中に、天から一筋、虹色に煌めく光が加わった。
小さな聖霊達が、その光の道を通って降りて来る。
「さあ、お帰りなさい」
【でも……あなたは、これから……】
「私の事は、心配要らないよ。
霧も、あなたを囚えていた、あの恐ろしい『闇』の気配も、すっかり消えてしまった。
だから、もう、この島は人にも見える筈だ。すぐに助け出して貰えるよ」
聖霊は、男を見詰めていたが、小さく【あっ!】と声を漏らし、
【私を救ってくださった皆さんにお願いして参ります!】
男の掌から、飛び立とうとした。
男は、もう片方の掌で、聖霊の行く手を塞いだ。
「いいや、迎えに来てくれた仲間を待たせてはいけないよ。
大丈夫。自分の事は、自分で何とか出来るよ」
聖霊は、それでも、草地に向かおうとしていた。
男は、掌の聖霊に向かって、首を横に振り、そして、顔を上げ、聖霊の仲間達に微笑んだ。
「彼女を迎え入れてくださいますよね?
彼女は、これから、また幸せになれますよね?」
聖霊達が一斉に頷く。
「行きなさい。
美しい音楽の国に戻って、幸せに暮らしなさい。
私は希望を捨てていないんだ。
だから、私の事は心配要らない。さあ……」
男は微笑みながら掌を掲げ、聖霊を、仲間達がいる煌めく光の方へと放った。
仲間達に迎えられ、導かれて、聖霊は、光の道を昇って行った。
何度も、何度も、男の方を振り返りながら……
聖霊達が見えなくなり、虹色の光が、足元の方から消えていく――
男は、いつまでも、聖霊達が去って行った天を、穏やかな眼差しで見詰めていた。
♯♯♯
慎玄が 男の元を訪れた時、男は、掌の聖霊を光射す天へと放っていた。
そして、聖霊を見送り、天を仰ぎ佇む男が心ゆくまで――
慎玄は瞑想した。
♯♯♯
陽が傾き、やがて、辺りがやわらかな茜色に染まった頃――
男が、住み処としている洞穴に向かおうと、振り返ると、慎玄が瞑想していた。
慎玄は、微笑みながら立ち上がり、
「何度か、お見掛け致しておりましたが……
今日は、お話を伺いたく、参りました」
掌を合わせ、深く礼をする。
その時、
「ご飯だよ~♪」
綺桜の竜が、茜色の光を反射して、煌めきながら飛んで来た。
そして、男に気付き、
「うわわっ!」隠れようとした。
「もう、遅いかと」慎玄が笑う。
「この方なら大丈夫です。
乗せてあげて頂けますか?」
「うん♪ いいよ~」
サクラが、男を驚かせないよう、ゆっくり近付くと、男には片足が無かった。
「十左と、おんなじだねっ」
慎玄が頷く。
サクラは二人を乗せ、草地に戻った。
♯♯♯
草地では、夕食が始まっていた。
慎玄は男を、一旦、自分の小屋に連れて行き、二人分の食事を持って、小屋に戻った。
「人らしい食事が頂けるなど、いったい何年ぶりだろう……」
男は涙を流した。
食べながら、男の話を聞いていると、十左が食事を終えて戻って来た。
十左は、男の足を見るなり、男に駆け寄り、
「ちょっと、これ見てくれよっ!」
袴の裾を上げた。
十左の義足は、十左の肌の色に合わせて染めた鞣革で覆われていた。
十左が、膝の横辺りを押すと、覆いがパカッと開き、鋼の本体が見えた。
覆いの鞣革の内側は、木で出来ていた。足首から先は、何やら半透明の素材で出来ている。
「凄いだろっ♪
これで、なかなかに軽いんだよ。
走れるしなっ♪ 跳んでも大丈夫だ!
アイツら、いい奴だから、お前さんのも、すぐに作ってくれるよ!」
十左は、男の肩をポンポン叩き、笑った。
慎玄も微笑み、頷いた。
そして、十左は、
「お前さん、この島に住んでたのかい?
そりゃあ、大変だったなぁ。
そんじゃ、風呂に行こう!
旨いもん食って、湯に浸かれば、人心地つくってもんだ!」
そう言って、豪快に笑い、男を連れて風呂へ行った。
♯♯♯
風呂から戻った男の顔には、髭は無く、優しく穏やかな笑顔があった。
「では、参りましょうか」
慎玄が立ち上がった。
昼食の準備が整った時――
黒「アオ、小屋に行くぞ♪」
青「え? 昼食は?」
黒「運ぶからなっ」
桜「アオ兄♪ 行こ~♪」
黒「サクラは来なくてもいいんだよっ」
青「一緒に行こうね」
桜「うんっ♪ アオ兄、大好き~♪」
黒「しゃあねぇなぁ。静かにしてろよ
大事な話が有るんだからな」
桜「慎玄さんのお話でしょ?」
黒「知ってたのか!?」
桜「うんっ♪」




