霧の島12-終演
前回まで:アオの笛で、二組が踊り始めました。
舞台では、クロと姫、サクラと踊り子が組み、アオが円舞曲に合わせて奏でる笛の音で、舞踏している。
姫は『もう上がるなよ』と言われた舞台で再びクロと踊ることが叶い、幸せいっぱい過ぎて、泣きそうになりながらも、足の運び方、背筋、視線――と、サクラに教えてもらった事を思い出しながら、必死で踊っていた。
――が、
踊りだしてすぐに、軽い目眩を覚え、暫くすると朦朧とし、息が苦しくなってきた。
「姫、どうした?」クロが囁く。
姫は答えることが出来ず、口を開閉するばかりだった。
アオも異変に気付く。
(クロに伝えてくれ!
姫は『御守』を持っているのか?)
サクラの返事を待つ。
(見当たらないって!
でも、笛は、やめちゃダメって!)
クロは、自分の『御守』を握りしめる。
(サクラ、アオに聞いてくれ!
この『御守』は、こんな近くでも二人には効かねぇのか?)
(ムリだよ。
この重さだと、ひとり分しか入ってないよ)
ひとり分なのか……
クロが『御守』を姫に持たせようと、紐を引き千切ろうとした、その時、
(ダメッ!!
クロ兄が暴走したら、どーすんのっ!!)
クッ……
(……そうだな……ありがとな、サクラ)
クロは顔を上げ、
「様子がおかしい! 中断させてくれ!」
天を睨み、叫んだ。
【出来ぬ。中断すれば、即、絶命するぞ】
【その舞台に立つという事は……】
【そういう事だ……続けよ】
♯♯♯
「姫様の様子が、おかしいですね」
妖狐の姿の紫苑が、舞台へと走り出した珊瑚に追い付いた。
「私に任せて」
珊瑚は頷くと『御守』を差し出した。
紫苑が、それを咥えて地を蹴った。
紫苑は、船大工達に気付かれないよう、宙を蹴り、高く、高く跳びながら舞台へと移動した。
舞台の上空に差し掛かった時、紫苑は姫に向かって『御守』を放った。
♯♯♯
中断したら死ぬったって、
このままでも死ぬじゃねぇかよ!
姫は、意識が薄れ、目が虚ろになり――
とうとう、呼吸が止まってしまった。
息、吹き込むしかねぇかっ!
中断と判断されないよう、舞踏の動作の一部であるかのように、優雅に背を反らしながら大きく息を吸い込み――
唇を合わせようとした時、
クロに腰を支えられ、力なく反り返った姫の胸元に『御守』が降ってきた。
クロが天を仰ぐと、 跳び去る妖狐が見えた。
助かった~~~
姫が息を吹き返し、目を開けた。
「踊れるか?」
優しい囁きに、姫は頬を染め、頷いた。
四人は踊りきり、優雅な所作で、お辞儀をした。
【よくぞ堪えたな……休むがよい】
【次は御主ら、笛の音で舞うがよい】
珊瑚と、人に戻っていた紫苑が舞台に上がる。
♯♯♯
曲が終わる度、魔物は、
【もう一曲だ……】
と、要求した。
三人は、奏で舞い続けた。
♯♯♯
一刻半が過ぎ――
魔物の様子が、明らかに変わった。
言葉数が減り、低く響いていた声色が、やわらかみを帯びた。
やっと、魔笛に魅入られてくれたか……
クロは、慎玄に頷いた。
(アオに相談なんだが……)
(なぁに?)
(交替できねぇかなぁ?)
(今なら、アオ兄の言葉には素直な筈だよ)
(慎玄が歌えるよう、要求させてくれ)
(慎玄さん、歌うの!?)
(いいから早く!)
(は~い♪)
果たして――
アオの要求は、すんなり通った。
慎玄が舞台に上がる。
紫苑と珊瑚は、歌に合わせて舞うのかと思いきや、笛を取り出し、構えた。
慎玄の歌が朗々と響く。
「いい声だな~」十左が思わず声に出した。
皆、静かに頷いた。
慎玄の歌に、三人の笛の音が絡み合う。
これぞ極上! としか言い様のない調和を以て。
紫苑と珊瑚の二重奏なら、いざ知らず、アオと慎玄までもが、各々の次の音を知っているかのように、自然に交わり、重なり、絢爛な、それでいて高潔な錦を織り成していった。
真っ白な霧の世界が、極楽浄土へと変わったかのような、穏やかで美しい音色に包まれ――
誰もが、身も心も癒され、あたたかで、清らかな気持ちになった頃、
霧の中に、小さな星のような輝きが生まれ、それはキラキラチラチラと瞬きながら、天に吸い込まれるように、昇っては消えていった――
「霧が……晴れていく……」誰かが呟いた。
やがて、霧全体が星の集まりとなり――
【私は……やっと……充たされました……】
【救って頂き……ありがとうございます……】
笛の音に負けない美しい声が聞こえ、霧の星たちが一斉に天に昇り、眩しい青空が広がった。
舞台も消え、四人は地に降り立った。
……静寂……
皆、眩しさに目を細めながら、天を仰いでいた。
静けさの中に、小鳥の囀ずりが、波の音が、聞こえ始めた。
「さぁ! 大急ぎで船を直すぞ!」
棟梁の声が静けさを破り、
船大工達は立ち上がり、
「オーーッ!!」拳を挙げた。
「その前に! 腹ごしらえでございますよ♪」
蛟の声で、皆、空腹を思い出し、笑った。
♯♯ 上空 ♯♯
先程の煌めきは一体……
霧も、魔物の気も、すっかり消えたな。
魔物を浄化したというのか?
アオの笛は、そういう事だったのか……
やはり、流石だな。
(サクラ)
(アカ兄だ~♪ どしたの?)
(皆、無事か?)
(うん♪)
(ならば、帰る)
(ずっと、上にいたの?)
(キン兄が、な)
(ん♪)(キン兄♪)
(ん? サクラ……皆、無事なのだな?)
(みんな、だいじょぶ~♪)
(そうか)(帰るからな)
(うん♪ キン兄、アカ兄、ありがと♪)
(ん……)(いや……)照れる二人。
(あ♪ クロ兄と姫、なかよしさ~ん♪)
(ん!?)(…………そうか)
(うんっ♪)きゃはははっ♪
洞窟のキンの部屋で――
金「皆の気は、どうであったのだ?」
赤「平常だ」
金「クロは?」
赤「見守る他、無いだろう」
金「そうか……」
赤「結局、全てサクラ任せだな」
金「そうだな……」




