霧の島10-舞踏練習
前回まで:命懸けの歌舞が続いています。
アオが奏でる笛の音が、爽やかで優しい春風となって、やわらかく吹き抜けていた頃――
霧の森を飛ぶクロは、やっと慎玄を見つけ、背に乗せ移動しながら、草地で起こっている事を話した。
そして慎玄は、森での出来事を話し始めた。
しかし、すぐに草地の近くとなり、話は後程ということになった。
草地の手前でクロは人姿になり、
(サクラ、戻ったぞ。厨の裏だ)
(わかった~♪ 待っててね♪)
蛟が駆けて来て、
「アオ様が魔笛を奏でておりますので、魔に魅入られないよう『御守』をお持ち下さいませ」
クロと慎玄に『御守』を渡した。
蛟、考えたな……魔笛を渡すとはな。
クロは、ただ、アオに笛で繋いでもらえれば、と思って、サクラに伝言を頼んだのだが――
魔笛なら、この状況、
打破できるかもしれねぇ!
それじゃ、たっぷり聴いてもらおうか……
♯♯♯
三人は草地に入った。
慎玄は、紫苑が休んでいるであろう小屋に向かった。
入れ替わりに、十左が、装飾を施した槍を持って、戻って来た。
「この装飾は……?」蛟が問う。
「お嬢さん達が、付けてくれたんだよ。
なかなかいいだろ♪」
そこに棟梁が来た。
「御家老様、いいもん見させて貰うばかりじゃあ申し訳ねぇ。
何か、お手伝い出来る事、有りやせんかぃ?」
「それなら、職人さんの中に、太鼓が叩ける人、いないかい?」
十左が尋ねた。
「いるが……太鼓なんかねぇぜ」
「丸太なら有るよなっ。
槍舞するから、それを叩いて欲しいんだ」
「分かりやした。すぐに準備させやす!」
棟梁が戻って行き、暫くして、船大工達が大きな木箱や丸太を担いで、やって来た。
アオの演奏が終わる。
静寂……長い沈黙……
アオは、また天を仰ぎ、言葉を待った。
【もっと聴きたいが……】
【褒美として、暫しの休息を与える】
【次は誰ぞ】
十左が頷き、船大工達が木箱と丸太を運び上げる。
十左が足で拍を刻む。
船大工達は頷き合うと、拍に合わせて叩き始めた。
木箱は意外と重厚な音がし、丸太のうち幾本かは、くり抜かれており、良く響いた。
十左は槍を回し、払い、突き――
動作の一つ一つを、豪胆にビシッと決め、装飾をキラキラさせながら力強く舞った。
「十左、格好いいね~♪」
「……そぅじゃな……」
くノ一達が、剣を手に、舞台に駆け上がった。
手首と腰に、ひらひらした長い布を着け、可憐に舞いながら、十左の槍と剣を交え、勇猛さを華やかに彩った。
「くノ一さん達も、キレイだね~♪」
「……ぁぁ……」ため息……
「姫? どぉしたの? 元気ないよ?」
姫は無言で立ち上がり、厨の方へと歩き始めた。
サクラが姫を追いかける。
姫は、厨の壁にもたれ俯いた。
サクラも並んで壁にもたれた。
無言の時が流れる……
【見事であった。とても即席とは思えぬ】
【次は誰ぞ】
着替えて戻っていた踊り子が舞台に上がる。
曲を頼んだらしく、また、どこからともなく美しい楽曲が響いた。
「いつまで続くんだろね~」
「…………」
「そぉいえば、朝ご飯、食べてないよね?」
「…………」
「ねぇ、姫、ホントに どぉしたの?」
「何でもないのじゃっ!
……放っておいてくれぬか……」
「でも……」
【なかなかに腕の立つ者の集まりだな】
【次は……最初に舞った御主と……】
【御主で舞踏せよ】
踊り子は舞台に留まり、クロが舞台に上がる。
華やかで軽やかな円舞曲が流れ、クロと踊り子の舞踏が始まった。
姫は舞台を凝視していたかと思うと、急に走り出し、厨の裏手に回り込んだ。
サクラが追って、厨の裏に行くと、姫は、しゃがみ込んで両手で耳を塞いでいた。
「……姫?」
姫は泣いていた。
「どぉしたの? ね……なんで泣いて――」
姫は泣きじゃくりながら、
「胸が……苦しぃ、の、じゃ……
ワラヮ……っ……もっ、
クロ……とっ……踊り、たぃ、の……じゃっ」
絞り出すように、必死で訴えた。
サクラは、姫の頭を撫でた。
「姫、練習しよ。俺が教えるから」
「サ……クラ……?」
「うんうん。だいじょぶだから立って♪」
姫の両手を握って、立ち上がらせる。
手を取り、腰を引き寄せると、姫が真っ赤になって縮こまる。
「ダメだよ~、背筋は まっすぐ。
うん♪ 気持ち、反り返る感じで~ そぉそぉ♪」
姫は必死でサクラの言葉に従っている。
「俺の目を見て~
絶っっ対! 下向いちゃダメだよ~
それでぇ、姫の爪先で、俺の爪先を追いかけて」
姫、すっごく一生懸命だ……
そんなにも、クロ兄と踊りたいんだね……
この色って……
クロ兄もだけど……
どぉやって気づかせたらいいんだろ……
「じゃ、今度は、手をちゃんと組もうね。
えっとぉ、姫は右手伸ばして、左手、俺の腕、肩の辺りね。
でね、肘、しっかり上げて~」
背中にサクラの手が添えられて、姫はビクッと震えた。
サクラが、だいじょぶだよ♪ と微笑む。
「こやって、目で お話しするから、見ててね。
でも、恥ずかしいかなぁ。
ん~と、高い位置――進んでる方の、手の先とか、見ててもいいよ。
足だけはダメだからねっ」
サクラは姫に、足を運ぶ方向を指示しながら――
(クロ兄、まだ踊ってるよね?)
(ああ。止めさせて貰えねぇ)
(ねぇ……
今、姫が練習してるからぁ、後で一緒に踊ってあげてねっ♪)
(何でっ!?)
(それは……わかんないけど……
すっごく一生懸命なんだ。
踊ってあげてよ~)せめて、ここで一緒に……
(わかったよ!
魔物に命取られないくらいに教えろよ!
で、お前ら、どこにいるんだ?)
(厨の裏~)舞台で一緒のつもりかなっ♪
(終わらせて貰えたらな)
(うん♪)
「足の運びは決まってるから、覚えてね」
微かに流れてくる曲に合わせて、足を運ぶ。
サクラの指導は、曲が止まるまで続いた。
続けて流れていた曲が止まり――
【褒美として しばしの休息を与える】
という声が聞こえたが、
姫は、足を運ぶ事に必死過ぎて、曲が止まった事にも、魔物の声にも、気付いてはいなかった。
「じゃあ、手が上がって、俺の手が離れたら~
くるっと回って~ 戻って~ 目を見る♪」
一瞬、目が合ったが、すぐに姫の視線が外れる。
「ダメだよ。ちゃんと目を見て♪
それ以外、上出来♪ 上手になったよ」にっこり
「最後のお辞儀は、こう♪」
女の子のお辞儀をサッと可愛く、して見せ、
「姫、がんばってねっ♪」
サクラは、逃げるように去って行った。
姫が、ひとり残され、呆然とサクラが去った方向を見ていると――
背後から、
「あれ? 姫、ひとりか?」
(お~い、サクラ~)
(あとは、クロ兄、がんばってねっ♪)
(何をだっ! おいっ! サクラ!)
サクラの返事は無い。
しょ~がねぇなぁ……
「練習の成果、見てやるよ」
凜「サクラも踊れるんだ~」
桜「あったりまえでしょ」
凜「クロもサクラも、やっぱり王子様なのね~」
桜「なんだと思ってたの?」
凜「ん~~~、王子じゃない何か、かなっ」
黒「そーいや、オレが最初に踊った時!
『意外な事に』とか書いてたよな!
オレが一番上手かったら、おかしいのか!?」
桜「おかし~でしょ♪」
凜「うんうん♪」
黒「アオ! 何とか言ってくれっ!」
青「いや、思い出してないからね」くすくす♪
黒「オレの扱い、どーなってんだよぉ」




