霧の島9-無限の霧
砂漠では兎を集め、島では踊り……
確かに、変な戦記です。
舞台に上がったアオが、魔笛を奏で始めた。
シンとした真っ白な世界に、彩りを与えていくような……
次々と花が咲いていくような……
鮮やかで美しい音色が、霧の中を満たしていった。
笛の音が流れ出す迄に、舞台の周りや、小屋に居た者 全てに『御守』を渡し終え、蛟は舞台前に戻って来た。
「サクラ様、クロ様が見当たらないのでございますが、ご存知ありませんか?」
「ん? 聞いてみる~♪」
(クロ兄、どこにいるの?)
(森だ。慎玄を探してる)
サクラが、クロと蛟の言葉を中継する。
(あのね、草地に入る前に教えてね)
(分かった。それだけか?)
(うん)
(今、誰が舞ってるんだ?)
(アオ兄が、笛 吹いてる♪
ぜ~んぜん、腕 落ちてないよ♪)
(そっか。良かった……)
(また、なにかあったら、呼んでいい?)
(ああ、呼んでくれ)
(うん♪)
アオの演奏が終わった。
【…………】
これまでは、終われば即座に次を要求していたのに、魔物が無言だ。
お気に召さなかったのか?
アオが白い天を仰ぐと――
【心地よい音色だ……続けよ……】
再び、アオが笛を構えた。
ひと呼吸すると、今度は、見る者を圧倒する煌めきを放つ、満天の星空のような音色が流れ出した。
「美しぃ……音色じゃ……」
姿が見えなかった姫が、ふらりと現れた。
笛の音に引き寄せられているかのように、舞台へと近付いて行く。
「御家老様!
姫様は『御守』を持っておりません!!」
睦月が駆け寄って来た。
しまった!
蛟は、睦月に預けていた、姫の分の『御守』を受け取り、急いで姫を追い、首に『御守』を掛ける。
姫がハッと我に返り、蛟を見る。
「ワラワは何故ここに?」
「もう大丈夫でございますね」にこにこ
「その『御守』を肌身離さず、お持ち下さいませ。
魔に魅入られてしまいますので」
「あい解かった……」
なんだか元気がございませんね……
心配でございます……
♯♯♯
一方、慎玄を探しているクロは――
森の中で、ちらりちらりと慎玄の気を感じ取ってはいたが、いまひとつ、方角や距離が掴めず、焦っていた。
「あっ、あれか?」
人の気配を感じ、向かったが、
「この気は……慎玄じゃねぇな……」
やっぱ、誰かいる。
クロは、そう確信した。
だが、今は、一刻も早く、
慎玄を探し出さねぇとな。
人探しは後回しだ。
そう思った時、サクラに話しかけられ、アオが笛を奏でていると聞き、ひとつ安堵できたクロだった。
しっかし、これじゃあ埒が明かねぇ。
もっと上……霧の外から
島全体を探してみるか……
クロは上昇した。
――が、いくら上昇しても、霧の外に出る事が出来なかった。
これだけ飛べば、
もう天界の領域なんじゃねぇのか?
この霧は……
仕方なく、今度は、海へ出ようと、水平に飛んでみる事にした。
地面が海面に変わったことが判るように、低く飛ぼうと、急いで降下すると、すぐに地面が見え、激突しそうになった。
何でっ!?
まさか……上昇できてなかったのか!?
既視感に襲われる。
なんか……昔、こんな事があったような……
って、んなこと考えてる場合かっ!
やっぱ、霧のせいなのか?
………………
考えて 解る事じゃねぇよな……
とりあえず、海に出よう……
地面スレスレを飛び始めた。
しかし、また、どこまで飛んでも見えるのは地面のまま――
島を出ることが出来ない。
どんだけ広い島なんだよっ!
小さい島だと分かってはいるが、つい、そう思ってしまう程に飛んでも、海面は現れなかった。
迷わされている?
この霧自体が魔物なのか?
再び、既視感。
そっか……まるで、ハザマの森なんだな……
あの森の中のように、
真っ直ぐ飛んでるつもりでも、
感覚を狂わされて、
ぐるぐる回ってるのかもしれねぇな……
そう思った時、慎玄の気をはっきり感じた。
近い! 今度こそ!
クロは目を閉じ、慎玄の気だけに集中し、それを追って飛んだ。
♯♯♯
舞台では――
魔物からの三度目の要求に応え、アオは笛を構えた。
そして、今度は、爽やかで優しい春風のような音色が、やわらかく吹き抜け始めた。
♯♯♯♯♯♯
ふむ。確かに見えるな。
この霧の魔物は、これ迄に感じた事の無い
気を持っているのだな。
サクラの気は感じるが……
話す事は無理らしい。
しかし、意志が感じられるという事は、
操られたりなどは、していないようだな。
戦っている猛りも感じられない……か。
「キン兄、まだ見ているのか?」
「アカ……」
「交替する」
「ふむ。そうだな。
私が不在のままでは、長老様方に要らぬ心配をさせてしまうな。
また来るので、それ迄、頼む」
「うむ」
キンが飛び去るのを見送り、アカは島を見始めた。
……音?
笛か? アオが吹いているのか?
記憶は随分と戻ったのだな……
しかし、力は……
その封印が強いのだな……
凜「クロ、魔笛の事、知ってたの?」
黒「あ? まぁな。あの笛だけな」
凜「どんな笛なの?」
黒「あれは竜宝じゃねぇ、謎の笛なんだ。
アオが調べてたのは知ってるんだ。
ちょうど持ってる時に会ったからな」
凜「で、結局、どんな笛なの?」
黒「聖霊が作った笛だとか……
そんな感じの事、言ってたな」
凜「聖霊が? 魂を虜にする笛を?
魂を奪っちゃうんでしょ?」
黒「それは、副産物だとか……
本来の効果は別物らしい。
ま、オレは、その程度しか知らねぇけどな」
凜「サクラなら知ってるのかな……」
黒「アオが調べてたのは、サクラが孵化する
ずっと前だから、知らねぇと思うが」
凜「いくつの時?」
黒「オレが職能を決めた時だから、六人歳だな」
凜「サクラが生まれたのは?」
黒「九人歳の時だ」
凜「そっか」
『人歳』とは、人でない方々の年齢を、人換算した場合の年齢単位です。




