霧の島8-極上の歌舞
前回まで:霧の魔物から歌舞を要求されました。
アオ達は魔物の声を聞き、舞台に駆け寄った。
「姫! 聞いた通りだ!
極上の舞が舞えなければ、命を取られる!」
【早く舞を見せよ。それとも、歌か?
奏でてもよいぞ】
「ったく!」
クロがヒラリと舞台に上がる。
「ひとりでなくてもいいんだよな?」
【構わぬ。極上であればな……】
クロが頷く。
そして、舞台の下に向かって、
「時間は稼ぐ! 後を考えてくれ!」
なんだかんだ言っても、クロは王子なので、舞踏は必須。
しかも、意外な事に兄弟の中で一番上手い。
姫の手を取り、腰を引き寄せ、
「力を抜いて、オレに任せろ」
安心させようと優しく微笑んだ。
そうだっ!
(蛟に、アオに笛を渡せ、と伝えろ)
(うん♪ ソレ、いいねっ♪)
「音楽無しで踊らないといけないのか?」
【流す事は可能だ】
「何でもいい。円舞曲を頼む」
流石、極上の歌舞を要求するだけあって、美しい楽曲が、どこからともなく流れ始めた。
華麗で煌やかな楽曲にも、クロの舞踏は負けてはいない。
むしろ、負けるどころか、魔物任せの楽曲までもがクロのものとなり、相乗効果を起こして、夢のような世界を醸し出している。
見つめ合い、くるくると着物の裾を靡かせて舞いながら、
「もうすぐ曲が終わる。
オレが止まったら、着物の腿辺りをちょっと摘まんで、膝折って、お辞儀しろ」
曲に合わせ、姫の耳元に顔を寄せ、早口だが、姫が緊張しないよう優しく囁いた。
「終わるぞ。
摘まんで~、膝折って~、お辞儀っ」
なんとか凌いだ……か?
【ふむ……最初にしては上出来だ】
【次は、誰ぞ】
舞台の端に階段が現れた。
クロは姫を引きずるように、大急ぎで舞台から下りた。
紫苑と珊瑚が上がる。
二人が位置を定めると、階段が消えた。
安定の美しい舞が始まる。
魔物も喜んでいるのか、舞に合った曲が流れ始めた。
♯♯♯
「ったく! 上がるなって言ったろ!」
「聞こえなかったのじゃ……
クロ……怒っておるのか?」
「しゃ~ねぇなぁ、もう上がるなよ」
姫が素直にコクンと頷き、そのまま俯いた。
なんか……調子狂うなぁ……
「あっ! こんな事しちゃいられねぇっ!
次を何とか……そうだっ! 慎玄どこ行った?」
おそらく、紫苑と珊瑚は、舞い続ける気だ。
あの舞は、元々、術を放つための舞だ。
回復の術が必要なハズだ。
クロは森へ入り、竜になって慎玄の気を探した。
♯♯♯
アオと蛟は、蛟の作業小屋に来ていた。
蛟は、クロから返してもらった革袋に入っている物を卓に出した。
その中から、青い石の首飾りと、数本ある笛のうちの一本を取り、アオに渡した。
そして、アカが持って来た剣と、宝剣をアオに翳した。
首飾りの青い石が光り、紋様が浮かび上がる。
「その石は、アオ様の力を増幅します。
僅かでも戻った今なら、使える筈でございます」
蛟は、翳した剣から手を離した。
二剣は宙に浮き、青い石と共に呼応するように輝き始め、その輝きは、アオの体を包み込んだ。
「その笛は、アオ様の笛でございます。
ただ……それは、魔笛でございますので、相応の力がなければ、音が出ないのでございます。
今は、剣の力を借りて吹いて下さいませ」
アオが剣の力を吸収している間に、蛟は、別の袋から三色の結晶石を取り出し、それぞれを砕いた。
小さな巾着袋に、その欠片を少しずつ入れ、今、この島に居る人数分の『御守』を作った。
魔笛に魅入られ、魂を奪われないように――
剣の光を、これでもか、というほど吸収し、アオは笛を口に当ててみた。
美しい音が流れ出す。
指が覚えている!
蛟は、薄衣を差し出した。
「最も魔笛の近くで、その音を聞く事になりますのは、アオ様でございます。
この薄衣を被り、耳をお護り下さいませ」
アオは薄衣を羽織り、外に出た。
♯♯♯
舞台では、紫苑と珊瑚が舞い続けている。
舞い始めて、もう一刻を越えている筈だ。
踊り子が小屋から出て来た。
隣の小屋から、十左も出て来た。
「これは……何事なのですか?」
蛟は二人に説明し、『御守』を渡した。
「魔物に見せるための舞いですか……
私が怪我をしていなければ……」
アオは、また右手を見詰めていた。
剣の力を吸収している今なら……
そして、踊り子の挫いた足首に翳した。
アオの右手が光を帯びる。
「あ……痛みが……消えました!」
踊り子は笑顔を咲かせ、小屋へと走り出した。
振り返って、
「着替えて参ります!」
走り去った踊り子を見て、十左は目を丸くし、
「アオ、凄いなっ♪
銀の髪の兄さんだけじゃないんだなっ!
アオもソレ、出来るのか~」
「出来ているのかどうなのか……
実は、まだ記憶が、ちゃんと戻っていないから、自分でも何が起こっているのか、よく分からないんだ……」
「そうか、まだなのか……でも、凄いぞ!」
アオの肩をバシバシ叩く。
そして、十左は少し考え、
「それはそうと……
剣舞や槍舞でもいいのかなぁ」呟いた。
【構わぬぞ。極上であればな】
「なら、皆で、あの二人を休ませられるなっ♪
槍を作って来るから待ってろよっ!」
十左も小屋に向かって走って行った。
紫苑と珊瑚の舞が、ひと区切りついた。
【素晴らしい舞だ】
【褒美として、暫しの休息を与える】
【次は、御主。その笛、奏でてみよ】
『御主』と指名されると、ごく弱い雷撃のような感覚が走る。
これは一種の呪縛なんだろうか……
そう思いながら、アオは舞台へと向かった。
そして、舞台から下りた紫苑と珊瑚に、
「皆で時間を稼ぎます。
しっかり休んでください」微笑んだ。
アオは舞台の欄干に腰掛け、薄衣を被り、笛を構えた。
呼吸を整え、魔笛に剣の力を吹き込んだ。
♯♯ 上空 ♯♯
私の天性とは、一体……
アカの言葉からすると、
私にも神眼が有るようだな。
『有る』と信ずれば、開く筈だ。
開く為の土台は出来ているとサクラは言った。
あとは見つけるだけだと――
キンは目を閉じ、気を高め、澄ませた。
聞こえていた波の音が遠ざかる――
光? これか!?
キンは、己が内に見つけた光を掴み、引き出した。
内なる光が、連なり続き、次々と引き出される。
そして、続けざまに炸裂した。
見えた!!
確かに島が在る!!
やはり、神眼であったか……
見つけて、開くことが出来たのだな……
しかし、まだ明瞭ではない。
次は、伸ばさねばならぬ、という事か……
桜(ヒスイ、力、使ってるよね? 大丈夫?)
翡【大丈夫だよ。
アオの中も、サクラの中と同じだから】
桜(無理しないでね)
翡【ほんの少し力を足しているだけだから……
私が、そうしたいのだから、大丈夫だよ】
桜(でも、ずっとは無理なんだから、
時々、アオ兄から出ないと駄目だよ)
翡【アオが眠っている間は出ているよ】
桜(起きてる方が長いでしょ?)
翡【そうだけど……心配しないで、ね?】
桜(……うん。ヒスイだもんね)
翡【ありがとう、サクラ】




