霧の島7-霧の魔物
あ……土日祝の3話投稿は無理でした……m(__)m
次の日になっても、霧は晴れていなかった。
夜明け前の厨では、クロが食材を刻む軽快な音が響いていた。
姫は小屋の裏手の窓から、その様子を見詰めていた。
扉が開いたので、姫は頭を引っ込めた。
「おはようございます。クロ様」
くノ一の長である睦月の落ち着いた声がした。
「おはよう♪
睦月、漬物の具合、見てくれるか?
三の樽が、そろそろイケると思うんだ」
「畏まりました」
窓の外の姫が、再び、そっと覗く――
睦月、近いぞっ! もっと離れよ!
睦月は気配を感じ、それとなく窓に視線を走らせる。
姫が、無意識かつ反射的に身を隠した時、再び、扉が開く音がした。
「おはようございます、クロ様」
「んと……氷月、おはよう♪
そうだな……煮物、見てくれるか?」
「はい♪」
睦月は、氷月の傍を通りすがりに、
「姫様が見ておる。気をつけよ」囁いた。
クロは大量の米を研ぎながら、
もう一人、来るはずだよな……
順番だと、如月か?
『女の名を間違えるのは、男失格だ』
ハク兄、そう言ってたよな……
実は、昨日した事も、ハクが酒を飲みながら話していた事を寄せ集め、自分なりに想像してみたものの、正解など知らないし、サッパリ解らないまま、そして、全く自信のないままやってみた。
――ただ、それだけであった。
「遅くなり、申し訳ございません!
クロ様、おはようございます!」
「おはよう♪
あれ? 弥生、如月じゃねぇのか?」
「如月は臥せっておりまして……」
「病気か?」
「ある意味……でも、大丈夫です」にっこり
「如月の分、粥にするからな」
研いでいた米を 小さな土鍋に ひと掬い入れ、
「青菜の塩漬けと人参と……卵も有ったよな……」
野菜を素早く、細かく刻み始める。
ワラワが病気になっても作ってくれるかのぅ……
昨日、逃げたから駄目かのぅ……
「弥生、焦げ付かないように、あと頼む」
土鍋を指す。
「それと大鍋、水は張ってあるからな」
「はい♪」
そして、クロは味噌汁の具材を刻み、節を削り――
樽の蓋を開けて、味噌が少ない事に気付いた。
予定外に人数が増えたからなぁ……
今日は大丈夫だが、
後で、洞窟に取りに戻るか。
姫は、樽を覗いているクロの横顔を見詰め、昨日、間近で見下ろされた光景を思い出していた。
その、頬を染めている姫を、くノ一達は、巧く視線を交えないようにして温かく見守っていた。
♯♯♯♯♯♯
アオと蛟は、クロから、霧に妖しい気が潜んでいると聞いていたので、森を偵察していた。
「初日に、微かでしたが、人の気配も感じたのでございますよ。
ですが……
この霧の気は、人ではございませんね」
確かに、この気は人ではなく、
どちらかと言うと魔物のようだね。
でも、魔物だと断言できる気でもない……
アオにも蛟にも、その正体は判らず、しかも、いくら探ろうとしても、するりするりと逃げてしまって、掴みようがない状態だった。
アオが、小屋に戻り、感覚が鋭いサクラを連れて来よう、と言おうとした時、
不意に陰陽師達の気を捉えた。
しかも近い! 右後方! ぶつかる!
――と、躱したつもりだったが、
次の瞬間、正面に狐の顔が見え、紫苑が後ろへと宙返りして避けてくれた。
「すみません!」紫苑とアオ。
「俺が、まだまだだから……
右後方から来ると思ってしまって……」
「いえ、私の方こそ……
もっと距離があると思っておりました」
「紫苑殿が!?」
「アオ様……この霧、もしかして……
感覚を狂わせるのでは、ございませんか?」
蛟も、紫苑が来る方向を見誤ったようで、当惑を含んで、そう言った。
「きゃあっ!」
珊瑚が紫苑に、ぶつかりそうになったらしく、身を翻し、横に跳ぶのが、一瞬だけ見えた。
この二人が、ぶつかるなんて有り得ない!
「蛟が言うように、この霧は――」言いかけた時、
【我が島で、騒ぐ者達よ……】
女の声が、低く霧に響いた。
【おとなしく、生気を全て我に与えるか……】
【我が満足するまで、極上の歌舞を行うか……】
【いずれか選ぶがよい……】
【我が満足すれば、この霧を晴らそうぞ】
また二択!?
昨日の光景が、まざまざと蘇ってしまったアオと蛟だったが、そんな事を考えている場合ではない。
生気を全て渡せば、もちろん死ぬ。
しかし、歌い舞い続けるのも『死ぬまで』なのかもしれない。
そして、極上でないと判断されれば、問答無用に生気を奪われるのだろう。
声の主を倒す事ができれば、何の問題も無いが、如何せん、気を捕らえる事すら出来なかった相手である。
少なくとも時間稼ぎは必要だろう。
そこまで考えた時、
「何処で舞えば、よろしいのですか?」
珊瑚の凛とした声が響いた。
【舞うか……ならば……】
【御主らが居る地に、舞台を置いた】
【そこで、休むことなく歌え、舞え……】
「交替してもよろしいですか?」
【構わぬ。極上の歌舞であればな……】
【御主らが、彼の地に着いた時が、開始の時ぞ】
【楽しみに待っておるぞ……】
草地に戻れば、舞い始めなければならない。
まずは、確かめてもらおう。
(サクラ、外に出てみてくれないか)
(うん♪)
…………
(アオ兄、これ……なんだろ? 舞台?
すっごく大きいよ~♪
それとぉ、舞台の周りだけ、霧が無いよ♪)
(近寄るな! 誰も近付けるな!)
(わかった~ 人が来たら止めるねっ)
(頼んだよ、サクラ)
(うん♪ あ♪ クロ兄が来た~)
「舞台が現れているらしい」
「では、まず私共が舞います」
珊瑚が人に戻り、人に戻っていた紫苑と共に歩き出す。
アオと蛟も続いた。
♯♯♯♯♯♯
舞台の前では――
「いつの間に……?」クロが立ち尽くしていた。
(アオ兄が、近付いちゃダメだって~)
(何か有ったんだな?)
(よくわかんないけど、まだダメなんだって)
(そうか……
オレ、船大工の棟梁に伝えてくるから、サクラは見張っててくれ)
(うん♪)
クロが歩き始めた時、クロで死角になっていた箇所を見たサクラが、
「ダメ~! 上っちゃダメ~!!」
慌てて駆け出す。
クロが振り返ると、姫が舞台に、よじ登ろうとしていた。
「あのバカッ」
クロも駆け出した。
「姫!! 上がるんじゃねぇっ!!!」
しかし、その声は届いておらず、姫は舞台に上がってしまった。
丁度その時――
アオ達が、草地に一歩、踏み込んだ。
【御主が、最初に舞う者か……】
【さあ、休むことなく、極上の舞を見せよ】
【我が満足すれば、この霧を晴らそう】
【極上でなければ、生気で満足させよ】
「何じゃっ!? 今の声は!?」
「そういう事かっ!
クソッ、最悪じゃねぇかっ!!」
桜(ヒスイ、この島に居ない兄貴達と
話せないんだけど、どうなってるんだろ?)
翡【この島……隔絶されてる。
何か強い闇の力で覆われているよ】
桜(ヒスイは大丈夫なの? 闇の中で……)
翡【今のところは大丈夫だよ】
桜(闇の本体、どこ?)
翡【私には分からない……ここではないのかも】
桜(俺も見失った……地下に潜ったんだ)
翡【島の真ん中?】
桜(うん。たぶん真ん中)
裏サクラとヒスイは、当面、後書きで登場します。




