霧の島4-霧の朝①
前回まで:島は霧で覆われました。
「こりゃあ、外で食べるのは無理だな……」
クロは厨の外に出てみたが、霧は、ますます濃くなっており、もはや自分の足元すら見えなくなっていた。
「蛟、飯、どこで食う?」
「それぞれの小屋しかございませんねぇ」
くノ一達の方を向き、
「運びましょう」
「足元、気をつけろよ。何も見えねぇ」
「ありがとうございます。クロ様♪」
蛟とくノ一達が出ようとした時、
「ふう~ 、やっと着いた」
棟梁が現れた。
「あ、棟梁さん。
今から朝食をお持ちしようと――」
「ほおぉ。これは、旨そうですなぁ♪
弟さんは料理人だったんですかぃ?」
「ええ、まぁ」
蛟が、くノ一達に頷くと、彼女らは、積み上げた膳を船大工の小屋へと運び始めた。
「ところで、船主さんは、どの小屋にいらっしゃるんで?」
「隣の小屋ですが、足元も危のうございますので、お話は私共が伺ってもよろしいでしょうか?」
蛟が申し出、棟梁が応えようとした時、
「ミズチ、ワラワも運んでしんぜよぅぞ♪」
姫が くノ一達を伴って現れた。
くノ一達が、一斉に礼をする。
「これを、如何に よそえばよいのじゃ?」
早速、鍋の味噌汁をジャブジャブかき混ぜている。
「あっ! 姫!」
棟梁が来ているので、
『触んじゃねぇっ!』を飲み込んだクロは、
「人数、多いん――です。
向こうで配膳し――て下さい」
運び易そうな鍋に、味噌汁を移し始めた。
くノ一達が、それを引き継ぎ、クロは棟梁の側に戻る。
「今、『姫』と――」棟梁が驚き固まっている。
「ええ、声を大には出来ませんが……
外交の為、速やかに渡航したいのでございます」
蛟が声を潜める。
その必要は、当然、無いのだが――
「そうでございやしたか……お急ぎと……」
棟梁も声を潜める。
なんだか、口調が急に丁寧になった。
「ですが、この霧でございやす。
晴れるまで、外での作業は出来やせん。
三つ、充てがって貰ってる小屋のうち、ひとつを、作業場にしても構いやせんですかぃ?」
「皆さんが休む場所が狭くなりますよ」
「ひとつ有りゃあ十分でさぁ」豪快に笑う。
「それならば、ご自由にお使いくださいませ」
「では早速、作業場にさせて貰いやす」
棟梁は、くノ一達の後に付いて出て行った。
「意外と真面目な方のようでございますね♪
さて、私も皆さんに配って参りますぅ」
蛟は、膳を積もうとして思案し、
「小屋ひとつひとつ回りましょ♪」
二段で止め、出て行った。
♯♯♯
棟梁は、微かに見えている、前を歩く背中に訊ねた。
「私とお話ししていた方は、何方なんですかぃ?」
「家老じゃが、如何した?」
前を歩いていたのは、姫だった。
「ひ、姫様でございやしたかっ!?
とんだ失礼を致しやした!!」
「構わぬ。もしや、アレか?
報酬の事ならば、心配無用じゃ。
存分に働くがよい」
「はは~っ! 有り難き御言葉!」
こうして――
棟梁にも、『蛟=家老』が公認となった。
♯♯♯
一方、ひとり厨に残されたクロは――
厨の裏手で佇んでいた。
「この霧……何か妖しい気を含んでるよな」
正体を探ろうと試みてはいるが、
探りの手を巧く躱されているようだった。
真っ白な霧のクセに、気は闇なんだよな……
あーっ! クソッ! 掴めねぇっ!
何なんだよっ! 今度は鰻の魔物か!?
暇にまかせて昼の仕込みもしてしまったし……
「森に入ってみるか……」
一歩踏み出した、その時――
「クロ~、何処に行ったのじゃ~?」
チッ、戻って来ちまったのか。
「クロ様~、どちらでございますかぁ?」
蛟も戻って来たのか……
クロが厨の窓を叩くと、蛟が開けた。
「蛟、ちょっと――」手招きした。
森の方を睨んでいると、蛟の気が近付いて来た。
「なぁ、何か気を感じねぇか?」
聞きつつ振り返ると、蛟ではなく、姫の顔が間近に有った。
「うわっ!」尻餅をつく。
「酷いのぅ」
霧で顔は見えないが、たぶん膨れっ面だろう。
「なんでだよ!?」
「霧で見えぬのじゃ。仕方ないであろ?」
「じゃなくて! なんで付いて来てるんだ!?」
立ち上がる。
「いかんのか?」
「……いや……そんなことは……」
「ならば、よいではないか。
また、内緒にするつもりであったのか?」
「『また』って何だよ~
人聞きの悪ぃ」ムッ
シメタッ♪ キラ~ン
「ならば、何故、サクラが二人おったのじゃ?」
「何でございますか? それは?」
蛟が加わった。
「それは――」
クロは、至近距離で自分を見上げる四つの瞳に、たじろぐ。
「う…………」後退る。
「それだけは言えねぇっ!!」
クロは、くるりと向きを変え、森の奥へと 走り去った。
せっかく忘れてたのにぃ~っ!!!
「行ってしもぅた……」
「姫様、一体 何があったのでございますか?」
「昨日、竜のサクラに、サクラが乗っておったのじゃ」
「は???
……見間違いではございませんか?」
「いいやっ!
あれは間違いのぅサクラじゃった!
姿だけではなく、話し方も、笑い方も、全てがサクラじゃったのじゃ!
竜もシカリじゃ!
あの淡くて美しい色合いと、絹の如き輝きは、正真正銘サクラの鱗じゃ。
塗ったものなどでは有り得ぬのじゃ!」
「はぁ……」
相槌を打ってから、蛟は気付いた。
あ……
クロ様が乗っていたのでございますね♪
お疲れの原因、解りました~♪
私も拝見したかったですぅ♪
「何か心当たりが有るのか?」
蛟が黙っているので、姫が訝しげに聞いた。
「あ、いえ、考えておったのです」
霧で表情が見えなくて助かりましたぁ。
「ミズチでも分からぬのか~
仕方ないのぅ、サクラに聞いてみよぅかの♪」
あ~っっ!
それは、おやめ下さいませ~っ!
蛟は大慌てで、弾んで行く姫を追いかけた。
♯♯ 竜ヶ峰 洞窟 ♯♯
『キン、居るかのぅ?』
「はい。シロお爺様、どうかしましたか?」
『アオの姿が見えんよぅになったんじゃが、
渡した竜宝を回収したのか?』
「いえ、回収など――
もしや、海に落としたのか?
確かめますので、一旦、切ります」
『無事ならば、急ぎはせんからの』
「サクラも一緒ですので、直ぐに確かめます」
キンは千里眼を切った。
(サクラ)
まだ寝ているのか?
(サクラ……サクラ!)
キンは島へと飛んだ。
クロが森に逃げ込んだ頃――
青「それで、昨日は何で、クロがサクラを
していたんだい?」
桜「んとね~
俺が桜竜の『竜使い』なの♪」
青「ああ、踊り子さんが言っていた……
あの言葉を真実にしようとしたんだね?」
桜「そ♪」
青「姫は、どうして乗らなかったんだろう……?」
桜「乗ってくると思ったんだけどねぇ」
青「…………絶対、突き止めようとする筈だな。
サクラ、姫には、話してはいけないよ」
桜「うん……なんか、怖い……」
青「姫も怖いだろうけど、クロも、たぶん
物凄く怒るだろうからね」
桜「クロ兄が、やったことなのにぃ」
青「秘密にしないといけないんだよ」
桜「うん……」




