霧の島3-クロ
この先、もっと寒くなるのに海中戦とか……
それは、できれば避けたいです。――はい。
十左の大笑いに出迎えられて、アオと踊り子は、綺桜の竜から降りた。
「姫、どぉしたの?」
走り去る姫の後ろ姿を目で追いながら、綺桜の竜に乗ったままのサクラ――ではなく、サクラの格好をしたクロが言う。
「いや、何でもない、何でもない♪」
十左は笑い続けながら言った。
「ふぅん……
じゃ、俺、遅くなったら、またクロ兄に怒られるから、行くねっ♪」
(竜になった場所に戻れ)
(わかった~♪)
「また後でね~♪」
綺桜の竜に乗ったサクラは、手を振りながら去って行った。
♯♯♯
疲れた……
どっぷり、たっぷり、おもいっきり疲れた……
着物と髪を戻したクロは、座り込み項垂れた。
(クロ兄、だいじょぶ?)
(ああ……大丈夫だ。疲れただけだ……)
(なんで?)
(なんで? って……お前……)
(なぁに?)
(いや……何でもねぇよ。行くぞ……
人数、多いんだからな。飯、作らねぇと……)
ふらりと立ち上り、草地に向かう。
(あっ! 待ってよぉ~)
サクラは慌ててクロを追いかけた。
♯♯♯
草地に戻ると、ありったけの家賽が建ち並んでいた。
しかし、蛟の姿は無く――
「蛟……どこ行ったんだ?」
クロは、またか、と砂漠での事を思い出し、ヒヤリとしたが、
(ん~と、浜に居るみたい~)
サクラの『声』で安堵し、
「厨は、あの小屋だな」
唯一、煙突がある小屋に向かった。
足取りの重いクロに、軽やかに弾みながら、サクラが付いて行く。
厨に入り、
「そっか……鍋も何も……そうだよな。
船に、取りに行ったんだな」
「あ♪ クロ様、サクラ様、お帰りなさいませ~」
蛟が、くノ一達を連れて戻って来た。
皆、手に手に調理道具や食器や食材を持っている。
「クロ様? なんだか……やつれました?」
「いや……そんなこと――」
「今日は、くノ一さん達にお任せして、クロ様はお休み下さいませ」
「オレ、そんなに酷い顔してるのか?」
「先程とは大違いに、ハッキリお疲れでございます!」
クロは、蛟に背中を押されて厨から出、そのまま隣の小屋に押し込まれた。
「誠に申し訳ございませんが……
人数が多く、小屋が足りませんので、アオ様、サクラ様と同じ小屋で――」
「その方が有難い。
アオと ゆっくり話したいんだ。
蛟、ありがとう」
「勿体無い御言葉でございますぅ」うるうる
感動していた蛟はハッとして、
「暗くなる前に荷物を運ばないと!」
大慌てで、「失礼いたします!」と言いながら出て行った。
蛟が厨を覗くと、サクラは、くノ一達と一緒に、楽しそうに芋の皮を剥いていた。
慌てて止めようとしたが、
「クロ様に静かにお休み頂くには、この方が良さそうでございますね」
そっと厨から離れ、浜に向かった。
♯♯♯
クロは、急激に膨れ上がる睡魔に、その身を委ね、深い眠りに落ちていった――
二度とサクラの真似なんてしねぇ……
♯♯♯
クロが目を覚ますと、辺りは真っ暗で、微かにアオとサクラの寝息が聞こえていた。
二人が寝てるって事は、もう夜中なのか?
それにしても、喉が渇いたな……
音をたてないように、そっと起き上がり、扉に向かう。
(あ……クロ兄……起きたの?)
(すまん。起こしたな)
(厨に、おにぎり置いてるよ……)
(ありがとな。 なぁ、サクラ……)
返事は無く、規則的な寝息が聞こえる。
寝たのか……
昼間は怒ってばっかで、すまなかったな……
「気にしな~いのぉ……」むにゃ
クロは微笑み、外に出た。
草地から船に向かって、点々と仄かな灯りが見える。
影となっている木々の間から見える船は、篝火に煌々と照らされている。
「まだ作業してるのか……」
明日は、船大工達に とびきり旨い飯を
食わせてやろう!
そう決めて、厨に入った。
スッキリ目覚めたし……とりあえず――
「朝飯、仕込むか♪」
袖を捲り、紐を襷掛け結んだ。
暫くして、男達が落ち葉を踏む足音と、微かな話し声が聞こえてきた。
「作業が終わったかな?」
船大工の人数を確かめる為に外に出ると、宵闇に霧が出ていて、声や音は聞こえるが、姿までは見えなかった。
仕込みが終わり――
霧は、どうなっただろうな。
外に出ると、濃くなったらしく、薄ぼんやりと見えていた灯りさえも見えなくなっていた。
「静か過ぎるな……鳥や動物の気配も無ぇな」
島が小さいからか?
それとも、真夜中だからか?
などと思いつつ、食材の確認や、器具の手入れなどをして、夜明けを待った。
窓の外が白み始めた頃、
「あ……おはようございます。クロ様」
くノ一が厨に来て、クロに一礼する。
「おはよう。え~っと……如月?」
「はいっ♪」如月が頬を染める。
「味噌汁、頼んでもいいか? 具は、それな」
沸き始めた大鍋と、刻んだ野菜を指す。
「あ、ダシ。これな」
削ったばかりの節が入った大椀と、干した魚の骨の粉が入った椀を渡す。
「はい♪」
「クロ様、おはようございます」
別の くノ一が入って来た。
砂漠で見知った顔だ。
「あ、弥生、おはよう。
あとどのくらいで皆が起きるんだ?」
「早い方なら四半刻程かと」
「じゃ、いい感じに炊けるな♪ 竈の番、頼む」
「はい♪」
「おはようございます、クロ様」
また別の くノ一。
「おはよう……卯月?」
「はい♪」にっこり
「窯の火、大きくしてくれるか?
焼き物は最後だから、慌てなくていいぞ」
「はい♪」
「皆さん、おはようございますぅ♪
いや~、物凄い霧でございますねぇ」
蛟が扉を開けた。
霧で湿ったらしく、頭や肩を手拭いでポンポンと拭いている。
「御家老様、おはようございます」
くノ一達が手を止め、きちんと礼をする。
蛟が扉を閉めようと、背を向けた時、
「本当に、家老になったのか?」
干物を保冷箱から出そうと、屈んでいたクロが立ち上がる。
「ク、クロ様っ、いらっしゃったんですか!?
いやいやまさか、ご冗談を~」焦る蛟。
「現御家老様が決定だと――」弥生。
「えっ、お待ち下さいっ!」更に焦る蛟。
蛟は、爆笑するクロに、すがりつく。
「クロ様ぁ、お助け下さいませよぉ」
「くノ一達の挨拶、受け入れてたじゃねぇか」
「もしや先程の……
違いますよぉ。聞き逃したのでございますよぉ」
厨の愉しげな笑い声は、立ち込める深い霧に吸い込まれていった。
凜「クロ、『保冷箱』って竜宝なの?」
黒「ただの凍鉱石の箱だよ」
凜「木箱にしか見えないんだけど」
黒「木箱の中に、石の箱が入ってるんだよ。
ほら」
凜「へぇ~ ホント、ひんやりだわ」
黒「だろ♪」
凜「で、凍鉱石って?」
黒「名前のまんま、氷みたいな石だ。
んで、火みたいな石が炎鉱石。
調理じゃ、火種だな」
青「薬にもなるんだよ」
黒「アオ……お前……思い出したのか?」
青「凍えた時には炎鉱石、解熱には凍鉱石を
粉にして、ほんの少し……
って、なんで……こんな事を……」
桜「アオ兄なら、知っててトーゼンだから~♪」




