西航行4-魔鯨
舞台が海になったとたん、なんだか寒くなってしまいました。
これから暫く寒々しくて、すみません。
「こんな感じでしょうかねぇ……」
蛟は、十左の義足の細かい金具を、締めたり、緩めたり、付け替えたり、暫く卓上でカチャカチャとしていたが、
「あとは、着けて調整いたしますね」
立ち上がった。
卓の縁からキラキラした瞳で、その作業を見ていた姫とサクラが、蛟の後を追う。
十左に義足を取り付け、数ヶ所、ほんの少し触って、
「歩いてみて下さいませ」顔を上げた。
十左は立ち上がり――
「おっ♪」
ゆっくり数歩……
「凄いなっ! これは♪」
その場で二度三度、跳ねると、軽やかに走るような足踏みを始めた。
「走るなんて何年ぶりだぁ?」
十左は笑い声を残して、甲板に出て行き、付いて行った姫とサクラと一緒に、ぐるぐる駆け回った。
「よかったですぅ~♪
義足を触るのは初めてでしたが、上手くいったようでございますね♪」
蛟は楽しそうな笑い声を聞きながら、微笑んだ。
作業卓の下に置いてあった、サクラが運んで来た背高の提桶を引き出し、三つの提桶のうち二つに、とろっとした半透明の液体を流し込んだ。
そして、卓上を片付け、木を削り始めた。
「いや~、こりゃぁいい! ありがとなっ♪」
十左が上機嫌で戻って来た。
手には、何故か箒を持っている。
「お礼はアカ様に仰ってくださ――」
「十左殿っ♪ 手合わせ願おう!」
姫が弾んで現れた。
姫も箒を持っている。
「よぉし! 手加減はせぬぞ!♪」
再び、笑いながら甲板に出て行った。
蛟は、木を削るのを再開したが、
「あ……昼食の支度をしなければ――」
言いながら立ち上がった時、
ドッ! グググッ――ゴガッ!!
船が突き上げられたように軋み、激しく揺れた!
蛟は壁に叩きつけられたが、なんとか立ち上がり、廊下に出た。
「今のは!?」
アオの部屋から、クロが飛び出て来た。
「わかりません!」
言いながら、蛟は甲板に向かった。
クロとアオも続く。
三人が甲板に出ると――
くノ一達が飛び込もうとしているところだった。
「何があった!?」クロが呼び止める。
「姫様達が飛ばされました!」
ガッ!! ギギギ……
その時、再び船が突き上げられた。
「鯨じゃ!! 船を壊そうとしておる!!」
海から姫の声が聞こえた。
(クロ兄、俺、竜になってもいい?)
(十左は!?)
(一緒に落ちた……と思う……けど……)
クロとアオは、ハッとして顔を見合わせた。
十左は義足の重さで泳げない!
船が傾き始める。
「私が行きますっ!」
蛟が聖獣に戻り、飛び込む。
アオも続いて飛び込んだ。
(サクラ! 船底を見てくれ!)
(うん!)
クロは、巨大な魔鯨の影を目で追いながら、サクラの声を待った。
(大きな穴があるっ! すぐ沈んじゃうよ!)
(船を持ち上げるぞ! 竜になれ!)飛び込む。
(うんっ!)
クロとサクラが光を纏い、竜になった。
二竜は船の下に回り、背で支え、宙に浮かせた。
船底の穴から勢いよく海水が溢れ出す。
(このままじゃ、なんにもできないよぉ~)
クロは辺りを見回した。
遠くに島が見えた。
(あの島に置くぞ)
♯♯♯
アオと蛟が、海底に沈んでいた十左を連れて浮上すると、遠くに、船を運ぶ黒輝の竜と綺桜の竜が見えた。
「十左さんを船に連れて――アオ様!?」
蛟が、己が背で、意識の無い十左を支えている筈のアオの方を振り返った時、アオは、仄かに光る己が右手を見詰めていた。
アオは、恐る恐る十左の心臓辺りに、光る右手を当てた。
十左が薄く目を開ける。
「……ア……オ……」
アオは、十左に向かって微笑み、蛟に、もう大丈夫だと頷いた。
蛟は船に向かって飛んだ。
♯♯♯
紫苑、珊瑚、慎玄は、島ほどもある魔鯨と対峙していた。
「大きな鯨じゃのぅ~」姫が合流する。
「くノ一さん達は?」
「竜が戻るのを待てと、水面に置いて来た」
姫は魔鯨を目で追いながら、珊瑚に答えた。
魔鯨は巨大なのに素早い。
遠ざかっていたが、反転し、向かって来た!
浄化の光を確実に当てるには、旗魚の時のように念網で捕らえ、動きを止めたいのだが――
紫苑と珊瑚は頷き合い、向かい合って、互いの掌を合わせ、目を閉じた。
二人の体が光を帯びる。
強い輝きを放った後、二人は半妖狐――狐の耳と尾が有る人になっていた。
念網の端を持ち、二人は、ぐんぐん離れて行く。
念網が、大きく、大きく、拡がる。
慎玄は、気を高め始め――
「オトリは任せておけ♪」姫は水を蹴った。
魔鯨は、突然、見えなくなった船を探しているようで、突進しては、ぐるぐるうろうろと泳いでいる。
姫は、魔鯨の進行方向に先回りし、その眼前で剣を構えた。
「ワラワが相手じゃ!」
魔鯨に向かって突進し、切りつける!
――振りをして、ヒラリと魔鯨の頭に乗った。
魔鯨は振り落とそうと、速度を増す。
姫は剣でツンツンと突っつく。
魔鯨が鬱陶しそうに頭を振り、身を捩る。
そして、徐々に魔鯨の進行方向が変わり――
「今じゃ!!」
姫が魔鯨の頭を蹴り、一気に浮上する。
紫苑と珊瑚は、光の矢となり、魔鯨の尾鰭に向かって念網を引いた。
浄化の光が魔鯨を包む。
光が去り、静寂が訪れる。
鯨が元に戻った事を確かめ、念網を解除した紫苑と珊瑚は、安堵して気を失い、人の姿に戻った。
そこに黒輝の竜が現れ、四人を乗せて浮上する。
宙には、くノ一達を乗せた綺桜の竜が浮いていた。
アオと十左を乗せた蛟も、船に向かうのを止め、竜達を追って飛んで来た。
「終わったぞ♪」姫。
「紫苑さん!? 珊瑚さん!?」蛟。
「十左!!」クロとサクラ。
――全員、顔を見合わす。
「こちらは大丈夫でございます」蛟と慎玄。
「とにかく、みんな無事って事だなっ♪」
クロの言葉で、皆、安堵し、笑った。
桜「凜♪ 見て見て~♪
海の底で、生きてる星さん、見つけた~♪」
凜「いや、それ、ヒトデだから」
桜「ヒトデ? って、魚?」なでなで♪
凜「魚じゃないけど、海洋生物よ」
桜「ふぅん」
凜「海に帰してあげないと、死んじゃうから」
桜「えっ!? そぉなのっ!?」慌てて海へ。
凜「天界には、海って無いの?」
桜「あるけど~
こゆ水じゃなくて、あんなの♪」空を差す。
凜「雲?」
桜「そ♪」
凜「しょっぱい?」
桜「食べたことないから知らな~い」
凜「『飲む』じゃなくて『食べる』なんだ……」
桜「人界の海、しょっぱいの?」
凜「飲んでみれば?」
桜「うん♪」顔ごと「んけっ!?」けほっ!
凜「海に入ってたのに、口には入らなかったの?」
桜「だってぇ、息できるもん」
凜「へ?」ぱちくり「じゃ、なんでアオは気絶?」
桜「俺とおんなじ。力、使ったから~」
凜「そっち!?」
桜「うんっ」




