天亀湖1-翁亀
第一章おまけです。少し遡ります。
アオ達は大陸を目指し、海へと乗り出したが――
時は少し戻り――
アオ達が砂漠で馬頭鬼と戦っていた頃。
天界では、ハクが、天亀の爺様・巍岩亀に会う為、天竜王国の果てに在る、天亀の湖に向かっていた。
眼下に広がる草原を見て、ハクは、
そういえば…
クロは、砂漠のヌシは馬頭鬼だと
言っていたな。
と、思い出した。
眼下の草は、天界なら、どこにでも生えている雑草だが、天界でしか育たず、人界や魔界に移すと枯れてしまうらしい。
馬頭鬼族は、この草が大好物で、
猫に木天蓼の如しだと爺様達が言ってたよな。
馬頭鬼のような魔物にとっては、
黒幕の思惑なんか、どうでもよくって、
この草を腹一杯食いたいだけなんだろうな……
そんなことを思いながら、広大な草原を抜けた。
森を抜け、山を越え、また森を抜け――
ハクは飛び続け、やっと遠くに水面の煌めきを見た。
湖の向こうには、木々が緑の海の如く広がり、更に、その向こうには高い山が見える。
あの山は、地下魔界に在るんだよな~
ハザマの森って、不思議な所だよな……
ハクは、湖の畔へと降下した。
陽射しに煌めく美しい湖の中程には、島が有り、その島には、満開の桜の巨木が立っていた。
湖の岸辺の木々からは、しきりに小鳥の囀ずりが聞こえている。
小鳥の姿を探して、木々を見上げながら歩いていると、大木の枝に、大きな板が、ぶら下げられていた。
その大木の根元の虚には、これまた大きな槌が差し込まれている。
「これで呼ぶのか?」
ハクが板を叩こうとした時、
「いい匂いがするのぉ~」
湖の方、遠くから声がした。
振り返ると――
島……そんな近くだったか?
え? 沈んだ?
桜の巨木が、水を切って迫って来ている!?
ハクは目を閉じ、三つ数えて目を開けた。
島は岸際に来ていた。
「うわっ!」
「何を驚いとるんじゃ。儂に用があるんじゃろ?」
ざぶわぁっと、大きな亀の首が上がった。
「あ……巍岩亀様ですか?」
「あ~、そんな名じゃったかのぉ……
翁亀で、ええわい」
そう言って、クンクンと辺りを嗅ぐと、
「ほれほれ、その箱を開けよ」
鼻先で箱を差した。
ハクは慌てて箱を開ける。
「たまらんのぉ♪ ささ、こっちへ――
いや、お前さんじゃないわい。その箱じゃ」
箱を翁亀の鼻先に置く。
「やはり、モモさんの団子♪
久方ぶりじゃのぉ」
ひとつパクリ。
旨そうに喉を鳴らして飲み込むと、
「モモさんの……孫か?」
「はい」
「そうかそうか。モモさんは、お元気か?」
「はい」
「そうかそうか~
いやいや、御使いご苦労じゃったのぉ」
背を向け、湖に沈もうとする。
「っとぉ! お待ちください、翁亀様!」
「あ?」
振り返った翁亀は、クンクンと、また風を確かめ、
「酒があるな……」クンクンクン
ゆっくりと、体ごとハクの方を向くと、
「亀福じゃな? その樽か?」
「はい」
ハクが樽を団子の箱の横に置くと、翁亀は何処から出したのか、大きな杯をその横に置いた。
「ほれほれ♪」「あっ」慌てて注ぐ。
翁亀は味見すると、
「こりゃ素晴らしい出来じゃ♪」
上機嫌で、大きな虚が有る大木を鼻で差す。
「あっちの木の虚に有る樽と入れ換えよ。
その酒は竜喜じゃ。土産に持ってけ」
ハクが樽を入れ換えていると、翁亀は、また沈もうとする。
「あーっ! まっ――お待ちくださいっ!」
「まだ何か持って来とるのか?」
「あ……いえ、そうではなく……」
「儂の話が聞きたいのか?」
「はい」
「そうかそうか♪
長いこと、小鳥しか話相手がおらなんだから、嬉しいのぉ♪
……さて、何から話そうかの♪」
暫し思案――
もう少し思案――
「あ~~~、そうじゃ♪
さっきの酒、亀福と竜喜じゃがの。
これは、昔……
まだ三界が平和に交流していた頃じゃから……
あ~~、遥か遥か昔じゃ。
竜と亀がのぉ――」
こうして、長い長い翁亀の話が始まった。
ハクもまた、長老の山で沢山の事を学んで育ったので、お年寄りが機嫌良く話すのを邪魔してはいけない事は、よく知っている。
それに、巍岩亀はヘンクツだと長老達が言っていたので、尚更、遮るのはマズいだろうとも思った。
だから、翁亀が満足するまで、とにかく聞いて、自分が聞きたいことは、それからだ、と覚悟を決めたのだった。
♯♯♯♯♯♯
そして――
「――と、まぁ、竜と亀の友情の証として、互いの嗜好の極みの酒を作ったんじゃ」
翁亀の長い話が、ひとつ終わった。
「そんな事があったのですか……初耳でした。
良いお話を、ありがとうございました」
ハクはペコリと頭を下げる。
「まだまだ有るぞ♪ そうじゃな~
もっと最近の話がよいかの」
「はい」
「じゃ、お前さんらが生まれる少し前の話を――
あ、いや、お前さんらの話の方が良いかの」
「え? 私達の?
翁亀様は、竜の国にいらっしゃっる事があるのですか?」
はっはっはっ……
「儂は、もう何万年だか、ここから動いとらんよ。
小鳥達が何でも教えてくれるわい」
翁亀が笑うと、桜の巨木が揺れ、小鳥達が一斉に羽ばたき、また枝に止まる。
「小鳥達は天界だけでのうて、人界の事も、時には、魔界の話も聞かせてくれるんじゃよ。
さて……どこから話そうかの」
翁亀は考えながら団子を食べ――
「そういや、お前さんらの出立の儀とやら、あの祝列は、近年稀に見る煌びやかなモンじゃったそうじゃな」
ああ……あの派手派手な祝列……
あんなの思い出したくもない……
母上が、それでないと納得しないから
渋々やったが……もう二度と祝列なんぞ――
「まぁ、そう嫌そうな顔をするな。
民を喜ばせるのも王族の務めじゃよ」
翁亀は愉快そうに笑い、話を続けた。
「出立の儀そのものは、お決まりの堅っ苦しいモンじゃっから、お前さんら、門に向かう時には、ホッとしたじゃろ?」
確かに、そうだったな……
あれから五年か……
天界の門から降下した兄弟は、人界上空に差し掛かった所で、魔物の大群に襲われ、アオが自ら囮となって落ち、行方知れずとなってしまったのだった。
「お前さんらは、人界の地に降りて、竜ヶ峰の洞窟に向こうたのじゃったな」
「はい。アオを探したかったのですが……」
「慣れる迄はのぉ、仕方のない事じゃよ」
♯♯♯♯♯♯
洞窟に身を隠して数日後、
クロ、アカ、フジは、どうにか飛べるようになり、
その数日、アオを探していたキン、ハクと交代し、外に出た。
「アオ兄が……俺のせいで……アオ兄が……」
ハクが、眠り続けていたサクラの様子を見に行くと、目を覚ましたサクラが泣いていた。
「アオが死ぬワケねぇだろ。
怪我ぐらいはしてるかもだがな。
だから泣くな、サクラ」
「だって……返事が……
アオ兄から返事が無いんだよ!」
サクラだけは、遠く離れていても、兄達と心で話せる特技を持つ。
その特技を使って、アオを探そうとしたらしい。
「お前みたいに、眠ってるだけだろうよ」
ハクは、そう慰めたが、急激に膨れ上がる不安を、サクラに悟られまいと必死だった。
♯♯♯♯♯♯
「おい、聞いとるか?
ほれ、あの時、青いのが落ちたじゃろ?」
ハクが翁亀の話を聞きながら、当時の事を思い出していると、翁亀に話しかけられた。
「翁亀様、それも御存知なのですか!?」
「勿論じゃよ。聞きたいか?」
「はいっ!」
「ふむ、よしよし」にこにこ
桜「アオ兄、だいじょぶ?」
青「もう大丈夫だよ」にっこり
桜「でも……」笑顔が恐いよぉ……
青「次は負けないからね」ボッ! メラメラッ!
桜「封印されてるんだからぁ
ムリしちゃダメなんだよぉ」
青「封印も解くからね」メラメラメラ……
桜「アオ兄、燃えすぎだよぉ」気が炎だよぉ
青「うん。大丈夫だからね」青い炎は高温だよ
桜「ムリしないで、竜宝の力、使ってね」
青「そうするよ」にこっ
桜「それって……」ムリしか考えてないよね?
心配が止まらないサクラだった。




