双青輝伝説8
ブルーが扉を叩いた。そして――
『入れ』
第一応接室――賓客の来訪時にしか使われない部屋から、威厳の有る声が聞こえた。
ため息とも深呼吸ともつかぬ息をつき、ブルーが扉を開けた。
「失礼致します」
二人揃って最敬礼する。
「座りなさい。楽にしていいからな。
今日は、最高司令長官として来たのではないのだから」
「では、どういう御立場ですか?」
さっさと正面に座り、目の前の威厳と風格の塊を見据え、不機嫌を露にブルーが言った。
「それより、どうぞ、こちらへ」
ラピスに微笑んだ。
「ラピス、硬くならなくていいからね」
え? 似ている? その微笑み――
「ラピス、大丈夫だよ」
いつの間にかブルーが寄って来ていて、ラピスの肩に触れた。
「あ……」「うん」にこっ。
「しっ、失礼致しますっ!」
二人は『最高司令長官』の前に並んで腰掛けた。
「それで?」ブルーが睨む。
「いつもブルーがお世話になっております」
『最高司令長官』が頭を下げた。
「えっ!? あっ、あのっ!」
「ブルーの父です」
こんな時に現れやがって!
『父』だけなんだろうなっ!
「それで、如何用ですか?」むすっ。
「顔が見たくなってな。
活躍しているそうじゃないか。
『双青輝』という名は轟いているぞ」
「では、もうよろしいですね?
顔は見せましたから」立とうとする。
「それに、二人は、結婚を前提に――」
「どこからそんなっ!」
「騒ぐな。別に反対などしない。
ただ、ブルーが選んだ女性を見たかった。
それだけだ」
「それで、冷やかしにでも?」
「そう思って貰ってもよいが、そんなつもりも無いぞ。
ああ、そうだ。これを渡しにも来たのだ」
豪華な宝石箱のような箱を二つ取り出した。
紋章入り!? いい加減にしてくれっ!!
バレたら、どうしてくれるんだよ!!
ブルーにとっては幸いな事に、緊張の度を遥かに越えていたラピスには、その紋章すらも目に入らないうちに、蓋が開かれた。
そこには、まず一般兵がお目にかかる事の無い勲章が光っていた。
「大勢の命を救った功績を讃えるものだ。
今後の為にも、有り難く受け取れ」
「今後の為?」
「修練生には恋愛は御法度だからな。
堂々と付き合うには、こういう物も必要だ」
確かに……一理有るな。
「……ありがとうございます」
「ふむ。素直でよろしい」ニヤリ。
『最高司令長官』は、二つの箱をそれぞれの前に置いた。
「あっ、有り難く、お受け致しますっ!」
ラピスが、やっと言葉を発した。
「ふむ。やはり、ブルーの目は確かだな。
それで、ラピス殿は、こんな愚息でよろしいのですかな?」
「はい!
素晴らしい方だと存じておりますのでっ」
「そうですか。
これからも、どうかよろしくお願いします」
もう一度、深く頭を下げた。
「そのようなっ! あのっ、最高司令長官閣下!」
「いい加減にしてくださいよ。
ラピスを困らせないでください」
「それもそうだな。
では、この不機嫌丸出しのバカ息子と、少し話させて頂けますか?」
「呼び出しておいて、失礼な――」
「全く、その通りだが、お前の躾をするのも親の役目だからな。
わざわざ呼び立てて、申し訳なかったと思っている」
前半はブルーに、後半はラピスに言った。
「いえ、お目にかかれまして、光栄至極でございます。
お越しくださり、ありがとうございました。
では、失礼致します」
ラピスはサッと立ち、深々と頭を下げ、更に扉の前で最敬礼して退室した。
「良いお嬢さんだな」
「当然です」
「そう怒るな。
全く気付いてはいなかったではないか」
「ラピスの性格だと、バレたら絶対、逃げてしまいますからっ!」
「そんなに王族は嫌われているのか?」
「嫁ぎ先としては、最悪だと思いますよ」
「ふむ。確かにな……だが、いずれは話さねばならぬだろう?」
「まだ先です!
俺がラピスに相応しい男にならなければ話せません」
「成人の儀を前倒しにするか?」
「そんな事が出来るんですか?」
「出来なくもないが、実績が必要だ。
だから、軍人学校を卒業したら、公務と執務に加われ。
最初はゴルディの補佐としてな」
「兄上の補佐ですか……解りました。
研究論文と並行してもよろしいですか?」
「構わない。それも実績だからな」
「では、そのように、お願い致します」
「ふむ。では、決まりだな。
それにしても、可愛いお嬢さんだったな」
「父上っ!」
「怒るなってぇ」
「笑い事じゃなくっ!」
「おっ、更に気が研ぎ澄まされたな。
彼女のおかげなのかな?」
「もう行っていいですか?
あ……勲章、忘れて行ってる……」
「ならば、皆にも示さねばな。
授与式をしよう」
「父上からではなく、校長からにしてください。
ラピスは気付かなかったけど、誰が気付くか分かりませんからね」
「解った。そうするよ。
代わりに、そこで模擬修練して見せろよ」
「それで済むのなら。それでは、失礼します」
―・―*―・―
建物を出た所で、ラピスは待っていた。
駆けて出たブルーに、動揺の眼差しを向ける。
「ブルー……」
「驚かせて、すまない」
「だから、医学博士が軍人学校に居るのだな……」
「あ……そうなんだよ」本当に気付いてない?
「ずっと不思議だったが、納得した」
「そう……」天竜王直属軍の最高司令長官は――
「凄い家なのだな……」
「まぁ、ね」――国王だって事に。
「あっ! 勲章!」
「うん。授与式で渡すって」
「そうか……なぁ、ブルー……」
「ん?」
「私で……よいのだろうか……」
「すこぶる気に入ったみたいだったよ」
「私を!? 私の何処を!?」
「可愛いって、大喜びだったよ」
「かゎ……」
「可愛いよ。ラピスは確かにね」
「ブルー……あのなぁ……」
「気持ち、落ち着いた?」
「まぁ、大丈夫だ」
「なら、これから、父が双青輝の模擬修練を見たいそうなんだ。出来る?」
「それで認めて頂けるなら!」
「いや、もうとっくに認めてくれてるから。
模擬は、ただ、可愛いラピスを見たいだけだよ」
「だからっ! 可愛いなどと言うなっ!」
「だって、可愛いから、可愛いんだよ」
「そんな子供みたいな事……」
「子供だからね~♪ 行こう♪」
ブルーはラピスの手を取って駆け出した。
―・―*―・―
応接室が有る建物の前には、来客に見せる為だけの修練場が有る。
その中央で、向かい合って揃いの剣を構えた。
「第六と七の型を、俺達の速さで、どう?」
「ふむ。異存ない。では、始めっ!」
タンッ! と地を蹴り、剣を合わせ、離れ、また、跳び――
息の合った二人が、舞うが如く、煌めきの軌跡を描いていた。
「国王陛下、お呼びでございますか?」
「やめてくださいよ、先生。
親子でお世話になっておりますのに」
「私なんぞに、その呼称は、全く、お恥ずかしい事でございます。
それで、如何でございますか?」外を見る。
「この上無い伴侶を見つけたものだと感心しておりました」
「では、お認め頂けるのでございますね?」
「元より、結婚は本人の自由だと思っておりましたので、反対など考えてはおりませんでしたが、それにしても期待を遥かに凌駕したお嬢さんで、驚きましたよ」
「然様でございますか」
「それで……これを、と思いましてね」
二つの箱を手渡す。
「この勲章を……では、皆に認めさせるおつもりなのでございますね?」
「卒業までは一般人ですのでね。
それに、相応の活躍をしておりますので、未来ある若者達への励みにもなるでしょう」
「畏まりました。
では、総会にて授与させて頂きます」
青「俺達が校長に呼び出されたり、
父に呼び出された話は、スオウが
作ったんだよね?」
蘇「そうだけど……何かマズかったか?」
青「いや、そうじゃないけど、よくここまで
父の言いそうな事が書けたものだと思ってね。
感心しているんだよ」
瑠「そうだな。ギン王様とアオの会話だな。
まるで、実際に有った事のようだ」
蘇「そう……なのか?」
青「親子として話していると、本当に
こんな感じだよ。ルリの事も大好きだし」
蘇「国王陛下の事なんて全く知らないよ。
知り合いが高等学校でハク殿下と一緒で、
ハク殿下の話を聞いて想像したんだ」
青「ああ、それで。納得したよ。
父と兄は、よく似ているんだ」
蘇「いいのか? この場で言ってしまって」
青「何も明らかにしていないだろ?
『似ている』と言っただけだよ」
瑠「そうか。微妙な違和感はハク様だからか。
ふむ。納得した」
青「『結婚は本人の自由』だと父が考えていた
事も、兄から?」
蘇「そう、ハク殿下が仰ってたって聞いたんだよ。
斬新で良い王様だな、って思ったし、
だからこそ王族会を解体したんだな、って
納得していたよ」
青「第三王子なら無難だから名前を出して、
その実、王が解体したと思ったんだね?」
蘇「当然だろ? 当時のアオ王子は
子供だったんだからな」
青「確かにね」
蘇「でも今は、アオなら出来ただろうな
って思ってるよ」




