双青輝伝説1
オマケその②は、スオウ=バクテル作、
人界語訳フジ=メル=シャルディドラグーナ
の『双青輝伝説』です。
訳すに当たってフジが省いた箇所は、ちょうど
R指定に引っ掛かりそうなので、かなり短く
なっていますが、フジ訳のままでお届けします。
天竜王直属軍の軍人学校。
その上級士官を養成する為の特級修練場に、よく通る号令が響き、陽光を照り返す瑠璃色の鱗が、美しく煌めいていた。
「ラピス=カムルス第一班長殿、失礼致します」
区切りのよい所で、号令が止む。
呼び掛けた、事務係の蛟が、瑠璃の竜に近付いた。
「本日よりの修練生を案内して参りました。
よろしくお願い致します」
「はい。了解致しました」
「彼が、ブルー=メルングです」
蛟の背後、修練場入口で待っている少年を示した。
ラピスと同じ色の鱗がキラリと光った。
ラピスは頷き、蛟に敬礼すると、少年に近付いた。
「班長決めだ。全員と手合わせ願おう」
ブルーは、一瞬、驚きの表情を見せたが、
「はいっ」
嬉しそうに、敬礼を返した。
軍人学校では、兵士としての能力が高い者ほど数字の小さい班に属する事になる。
つまり、特級第一班長とは、最強の修練生なのである。
号令が女性の声だと思ったら、
まさか、班長だったなんて!
幼いという理由だけで嫌な思いをする事が多かったブルーは、同じように女性だという理由で苦しんできたであろう筈なのに、凛とした光を放つラピスに瞬間的に魅了され、敬意と共に恋慕のような憧れが湧き上がり、時を共に出来る事への嬉しさが溢れたのだった。
ラピスは、その少年の瞳に捕らえられていた。
何とも言えない既視感と、それ以上に表現し難い感情が芽吹き、一気に成長した――そんな気がしたのだった。
生意気そうな子供ではないか。
なのに、この感情は一体……何だというのだ?
ああ、そうか。己と重ねているのだな。
きっと、そうだ。
それ以外の何ものでもない!
ブルーが班員達の方へと進んで行く。
ラピスは、呪縛から解かれたように、その後を追った。
班員達の前に、ラピスとブルーが並んだ。
体格も鱗も、そっくりな二人に、班員達は戸惑いの色を隠せずにいた。
「新入りだ。班長決めを行う。
各自、武器を用意せよ」
「ブルー=メルングです。
よろしくお願いします!」
慣れた仕草で敬礼した。
班員達が敬礼を返した後、散った。
ラピスはブルーに向かい、説明を始めた。
「班員とは、各自の得意武器にて。
副長と私とは、剣、槍、戟、弓、弩の五武器にて勝負を行い、班内における位置を決める。
よろしいか?」
「はい」
そんなに嬉しそうに……
何だというのだ? 真剣勝負なのだぞ!
「ブルーは何を使うのだ?」
「この剣で。よろしいですか?」
「剣だけなのか? 長物には不利ではないか」
「構いません」笑みで答えた。
笑うなどと……余裕なのか?
その自信、へし折られなければよいが……。
班員達が集まる。
「では、始める!」
ブルーは人姿になり、軽い足取りで駆けて行った。
「お願いします!」
ブルーは次々と、難無く勝っていく。
相手の武器が何であろうが、お構い無しだ。
相手は竜体のままなのに、人姿なんぞで……
ただ者ではない……侮れぬ奴だ……。
ラピスにも嬉しさが湧き上がった。
「次、スオウ=バクテル副長」
二人、剣を構えた。
「始め!」
!! 消えた!?
ブルーは、スオウの背後で剣を収めた。
スオウが膝を突く。
「……参りました」
「何があったのだ!?」
「分かりません」横腹を押さえている。
「……次、槍!」
結局、残りの武器での勝負も、瞬きする間に終わってしまった。
ブルーには、息の乱れも、汗の一滴すらも無かった。
「女だからとて、手加減無用ぞ!」
ラピスも人姿になり、剣を手に立ち上がった。
「始め!」
スオウの声で、二人は動き始めた。
素早い!
副長までとは、桁違いに強い!
剣の扱いも凄い!
手加減なんて出来そうにない!
こんなにも強いなんて……嬉しい!
剣を持ち直したブルーの眼差しが変わる。
ラピスが嬉しそうに目を細めた。
激しく長い勝負の末、剣はブルーが勝った。
槍も互角に戦ったが、接戦の末、槍を得意とするラピスが勝つ。
そして今、長かった前二戦の疲れなど、微塵も感じさせぬ戟戦が続いている。
「っ!」
ラピスが僅かに体勢を崩した。
ブルーは戟から右手を放し、差し伸べ、ラピスを支えた。
その隙をラピスが突く。
「女だと思うな!」鋭く睨む。
「すまない。つい……」はにかむ。
「っ……」
ラピスは、染まった頬を見せまいと顔を背けた。
弓は、ブルーが圧勝した。
と言うより、ラピスが全く当てられなかったのだ。
おかしい……もしや、戟の時に怪我を……?
ブルーの視線に、ラピスが気付いた。
「これは勝負だ。情けなど無用!」
「いや。
今、要請が掛かれば、共に戦う仲間だ。
主戦力の貴女が万全でなくて、どうする?」
「そうなれば、その時、医者に診せる。
今は如何な状態であろうが、考慮に値せぬ。
さっさと勝負せよ!」
「俺は医者だ。放っては置けん。
そのような意地で悪化させたら、皆にも迷惑だとは思わないか?
すぐに終わる。診させろ」
睨み合う二人に、審判をしていたスオウが割って入った。
「ここは、ブルーの言う事が正しいと思う。
双方、一時中断だ!」
ブルーは微笑むと、サッとラピスを抱え、観覧席に跳んだ。
「治るまで再開する気はない。診させろ!」
ラピスの足に、ブルーは手を翳した。
「こっちか。
中指、骨折――が、治りかけている?
怪我を治さずに鍛練などして、後遺症が残ったら、どうする気だ?
手を出せ。さっきのは、こっちか……無意識に足を庇い、無理な体勢となったから捻ったんだな」
ブルーは治癒の光を当て、どちらも完治させた。
「ありがとう……だが、後悔するぞ」ニヤリ。
「勝ち負けよりも、治療しない方が後悔するさ。
では、再開だ」にこっ。
手持ち型の小弩での試合が進み、この試合での五本の矢のうち、それぞれ四本の矢が、的の中央の円内に刺さっている。
ラピスが小弩を構える。
緊張の中、放たれた矢は、的の中央の円周上に刺さった。
ラピスが不満気に顔をしかめる。
続いて、ブルーが小弩を構える。
放った矢は、既に刺さっていた矢に弾かれ、地面に落ちた。
「俺の負けだ」爽やかな笑みが輝く。
一瞬だけ不服そうに顔を歪めたラピスが、ブルーの的に向かって飛び、中央に刺さっていた矢を抜き取った。
「この矢に当たって落ちたのだから、最後の矢は、中央に当たっている。
他の矢も、中央に集まっているのだから、私の負けだ」
ラピスはスオウに、その矢を見せた。
「確かに、当たって割れている……しかし、当の矢は、刺さっていない……」
慌てて規則本を捲る。
「私の方がバラけている。一目瞭然だ。
私の負けだ」
「刺さらなければ意味がない。俺の負けだ」
また、二人は睨み合う。
立ち会っていた教官が、とうとう声を発した。
「得点は同じだ。この試合、引き分けだ!
班長は、引き続きラピス、副長がブルーだ」
「よろしくお願いします」
ブルーが手を差し出した。
「よろしく頼む、ブルー」しっかり握手。
爽やかな笑みを浮かべる二人に、班員達の賞賛の拍手が湧いた。
「では、鍛練を再開する!」
ラピスの、よく通る号令が修練場に響いた。
―・―*―・―
午後は、自由時間となっている。
勉学や個人修練の時間だ。
ラピスは自室で壁を見詰めていた。
午前の鍛練が、あまりに楽しく、つい、口元が緩んでしまうのだった。
ブルーは何をしているのだろう?
手合わせに応じてくれるだろうか……。
窓の外に目を移し、向かいの兵舎の窓を数えた。
ブルーの部屋は……あそこか。
ラピスは、己が心に軍人には相応しくない感情を見つけ、慌てて蓋をした。
しかし、会いたい想いに負け、立ち上がった。
本気の勝負が楽しかっただけだ!
初めて本気になれたのだからな!
だから、もう一度、手合わせしたい。
ただ、それだけだ!
もう一度…………だけでは……嫌だ…………
いや、そうではない! あ――。
ブルーの部屋の扉に手を掛けていた。
よいのか? いや……何故、疑問に思う?
ただの手合わせではないか。
扉を叩く。
『はい』
確かにブルーの声だ。
「ブルー、手合わせ願いたいのだが――」
扉を少し開け、喜びが漏れないよう心掛け、声を掛けた。
「どうぞ。ラピス殿」
扉を開けると、ブルーは机に向かっていた。
「本当に医者を目指しているのか?
軍人ではなく?」
思わず、そんな言葉が口を突いた。
「あれだけの腕がありながら、勿体無いぞ」
「誉めて貰えるのは嬉しいんだが、俺は既に医者だ」
「嘘だろ!? まだ学校も出てない歳だろ?」
「年齢だけなら、そうかもしれないが、本当だ」
医師章を見せる。
「医学博士……しかも金章って……では、何故こんな所に!?」
「我が家の習わし、といった所かな。
それより、手合わせ願いたいんだけど」
「私が願いに来たのだが……よいのか?」
「もちろん。今まで、本気になれるのは、二人の兄だけだった。
ラピス殿との手合わせは楽しい」にこっ。
「私は、初めて本気になれた」にこっ。
二人は槍を手に、修練場に向かった。
「『殿』など付けるな」
「いや、しかし……」
「年上だから、とでも言うのか?」
「それは……」
「失礼ではないか」
「こんな時だけ、女性を盾に?」
「女だからなっ♪」あはははっ♪
「では……ラピス」少し照れる。
「…………」頬染まる。
「――って!
なんで、そこで照れるんですかっ!?」
「……さぁ、何故だか分からぬ」
二人の笑い声が、無機質な廊下を華やかせた。
出版社の記者達は、応接室内の配置を変え、
司会が進行させる形での対談に、対面する
記者達からの質問も交える形も加えての会見を
すると決まった。
司「それでは、会見を始めさせて頂きます。
先に、記録の為に紹介をさせて頂きます。
私の左、こちらが『双青輝伝説』の作者、
スオウ=バクテル先生です。
私の右側にいらっしゃいます方が、
本作品の主人公と噂されておりますお二方、
アオ天竜王子殿下と、お隣に、アオ殿下の
ご婚約者のルリ様です。
以上の方々にお越し頂きました」
蘇「最初に、ひと言よろしいでしょうか?」
司「はい。スオウ先生」
蘇「『双青輝伝説』は実録ではありません。
きっかけは確かに、この友人二人なのです
が、私の想像で、かなり膨らませた小説。
物語なんです。
それだけは最初にお伝えしたかったんです」
青「ありがとう、スオウ」
記「では、アオ殿下とルリ様は、実際には?」
蘇「特級修練――それも第一班は、
恋愛なんてする余裕はありませんよ。
生きて卒業する、それだけを目指して
鍛練に励む日々でしたからね。
二人は、その班長と副長ですから、
班員の命をも預かる立場です。
当然そんな余裕は……どうだったんだ?」
青「おいっ、そこで振るなよ。誤解を生むだろ。
周り皆が、俺達を『姉弟』としか見て
いなかったくらいに何も無かったよ」
瑠「しかし、よくもここまで正確に会話を
覚えていられたものだな」
青「それは俺も驚いたよ」
瑠「アオの部屋の中までとは」
青「それは、聞いていたんだろ?」
蘇「気付いてたのか……」
青「初日、ルリが来る前に、スオウが来ただろ。
あの後、本棚に壁耳を見つけたよ」
蘇「どうして、そのままに?」
青「あの頃は生意気盛りだったからね。
ヘマなんてしない、って変な自信が
タップリ有ったんだよ」
蘇「やっぱ敵わないよなぁ」




