執事長11-取り戻す
爽蛇は、琉蛇には自分の事も、屋敷の事も
殆ど話していません。
蓮蛇にも隠し続けるよう頼んでいます。
「蓮蛇、これ」箱を差し出す。
「アカ様、この玩具は、どこから……?」
「作った」くるり、スタスタスタ。
「アカ様! ありがとうございます!」
振り向かず、片手を軽く上げて去って行った。
「あの……執事長様? アカ様って……」
このお屋敷のご子息様かしら?
「あ……お気になさらず」にっこり。
早速、風蛇が玩具箱に入り、ご満悦だ。
午後の庭で穏やかな陽射しを浴びながら、楽しそうに選んでいる。
琉蛇と風蛇が、この屋敷に来てから、三十年近くが経ち、琉蛇は高等学校に通うようになっていたが、風蛇は幼いままだった。
「蓮蛇、爽蛇から」また、箱が差し出される。
「アオ様!?」
「爽蛇、今日は来れないから、代わりに持って来ただけなんだけど。
そんなに驚く事かい?」
「いや、あの、執事のお使いなどとっ」
「忙しくしているのも、俺の為だからね。
風蛇、ご機嫌だね♪」なでなで。
「アカ様……アオ様……」ぶつぶつ……。
「まさかっ!! 天竜王子様!?!?!」
「どうしたんだい? 琉蛇さん?」
「いやっ! あのっ! 私なんぞにっ!
それより、どうして教えてくださらなかったんですかっ!?!」
「今頃? 蓮蛇、言っていなかったの?」
「忘れておりました♪」ははは……。
♯♯♯♯♯♯
そして、高等学校を卒業した琉蛇は、アカの屋敷の女中となった。
琉蛇は清掃係に就いたが、それでも、風蛇の世話は続けていた。
蓮蛇は、他の使用人の為にも、アオの屋敷と同様に託児所を設け、琉蛇をそこに配した。
「あの、爽蛇様。風ちゃん、なかなか育たないのは何故でしょう?」
「さぁ……私には……。
ご迷惑でしたら、引き取りますよ」
「迷惑なんて、そんなっ!
可愛いので、このままでも……」なでなで。
「ただ、心配なだけです」
琉蛇の胸で目を覚ました風蛇が、琉蛇の慈しむ眼差しに微笑み返す。
「あ~ちゃ♪」ぴとっ♪
「え? 風蛇、琉蛇さんに失礼な」つんっ。
突っついた爽蛇の指に掴まり、
「お~ちゃ♪」
爽蛇の胸に飛び込んだ。
「あ……風蛇、私は、それで構いませんが、琉蛇さんには失礼ですよ」つんつん。
「お~ちゃ♪ あ~ちゃ♪ う~ちゃ♪」
きゃっきゃ♪ はしゃいでいる。
爽蛇と琉蛇は顔を見合せ、苦笑し、風蛇を撫でた。
「あの……爽蛇様は、どのようなお仕事をなさっていらっしゃるのですか?
お外でのお仕事って、どんな?」
「ああ、なかなか来れなくて、風蛇を任せっきりで、すみません」
「それは、全然。
むしろ、幸せでございます。
ただ……爽蛇様に、もう少し……その……お会いしたくて……」
「そうですね、風蛇もそろそろ覚える頃でしょうから、もっと来ないといけませんね」
「あの……そうではなく……」
「はい?」
「いえ、あの、そうですよねっ!
風ちゃんと、もっとお会いになられた方が、よろしいと存じますよ」
「そうですねぇ……考えておきます」にこっ。
♯♯♯♯♯♯
「琉ちゃん♪ お昼一緒に、どう?」
「あ、愛ちゃん♪」
同じ日にアカの屋敷に採用された琉蛇と愛蛇は、すぐに親友になっていた。
「風ちゃん、今日もご機嫌ね~♪」ぷにぷに♪
「あぃちゃ♪ あそぶ~♪」
「ごはん食べてからよ♪」つん♪
「たぶぶ~♪」あ~ん♪
食べて満足すると、子供達はお昼寝した。
「それで、どうなの?」
「どう、って?」
「琉ちゃんの意中の方よ♪
そろそろ教えてよぉ、どなたなの?♪」
「愛ちゃんこそ~」
「ん~~、じゃあ、同時に♪」「えっ!?」
「せ~――」「ちょっ! いや、あのっ!」
「じゃあ、深呼吸一回だけ待ってあげる♪」
「いい? せ~のっ、執事長♪」「爽蛇様……」
「ええっ!?」こっちの方が揃った。
かなり歳上……。 内心の、これも揃った。
「えっと……じゃあ、どうして、琉ちゃんは、このお屋敷に?」
「えっ? どうして、って……?」
「どうして、アオ様のお屋敷の試験を受けなかったの? まさか、落ちたの?」
「えっと……どういう事?」
「だって、爽蛇様は、アオ様の執事長でしょ?」
「え??? ええーーーっっ!!!」
「え? まさか、知らなかったの?」
アカ様とアオ様は別のお屋敷に!?
――あ……だから他の王子様を見ないの?
このお屋敷ってアカ様だけのお屋敷!?
それより! 爽蛇様も執事長なの!?
アオ様のお屋敷の……執事長様……。
「あ……だから、なかなか、こちらには……」
唖然……愕然……呆然……。
「ホントに!? 知らずに、ここに!?
もうっ、行くわよっ!」
愛蛇は、呆けている琉蛇の手を引いて、執事長室に向かった。
「執事長、ご相談がございます!」
「愛蛇さん、それと、琉蛇さん。
どうしたのですか?」
「琉蛇さんをアオ様のお屋敷に異動させてあげてくださいませっ!!」
「落ち着いてください、愛蛇さん」
「落ち着いてなどいられませんよ!
どうして、爽蛇様の事、隠されていたのでございますかっ!!」
「あ……爽蛇様からのご指示ですので……理由は、私にも……。
ですが、異動でしたら、出来ますよ」
「琉ちゃん、異動して、射止めるのよっ!」
がっし! ゆさゆさっ!
「ちょうど、アオ様のお屋敷から、こちらに希望を出されていらっしゃいます方が居りますので、その方と入れ替えで……ええと、蛇咲さんの書類は……あ、有りました。来月から、になりますね」
「あ、あのっ! 風ちゃんは!?」
「もちろん、一緒に。
お願い出来ますか?」
「はいっ! ありがとうございます!!」
「良かったね~♪ 琉ちゃん♪」
「ありがとう、愛ちゃん」うるうるうる。
♯♯♯
アオの屋敷では、古参の使用人は、風蛇の変わりように驚愕し、若い使用人達は、爽蛇に隠子が居たと驚愕していた。
しかし、古参の使用人は、風蛇に恐ろしい事が起こったのだろうと、何も言わず、語らなかったし、若い使用人達は、爽蛇の人柄や日頃の恩義から、その事に触れる者は皆無だった。
「爽蛇、どうして、琉蛇さんを避けているの?
琉蛇さんの気持ちは伝わっているよね?」
長老の山に出掛けた折、アオが爽蛇に尋ねた。
「それは……」
「年齢なら、問題にならないよね?
蓮蛇も愛蛇さんと結婚すると決めたんだし」
「その点は……ですが……」
「他に好きな方が居るのかい?
それなら、はっきり言わないと――」
「いえ、居りません」
「風蛇なら、もう三人家族みたいなものだよね?」
「確かに、そうで御座いますが……」
「どうしたの? 爽蛇らしくないよ?
琉蛇さんの事、嫌いなのかい?」
「いえ……」
「俺は、まだ子供だし、恋愛なんてした事は無いけど、それでも、琉蛇さんが爽蛇の事を好きなんだって事くらいは分かるよ。
爽蛇なら、もっと分かっているよね?」
「はい。それは……解っております」
「もしかして、あの呪に何か縛られている?
結婚出来ないような何かが有るのかい?」
爽蛇は目を閉じた。
アオは爽蛇を静かに待った。
「アオ様、その通りでございます。
私が失ったのは、髪だけではないので御座います。
感情の欠落……理解は出来るので御座いますが、感情が湧き上がらないので御座います」
「でも、涙を流したり、笑ったりしているよね?」
「理解は出来ますので……」
「振り……だったのかい?」
「はい。そうで御座います。
記憶に御座います感情は、どうにか表現する事に慣れて参りました。
しかし、恋愛は……経験の無い感情は、どうにもならないので御座います。
ですので、私では……琉蛇さんを不幸にしてしまうだけなので御座います」
「爽蛇……すまない」
「アオ様がお謝りになられる事など何も御座いませんよ」
「俺が必ず解呪するから!
もう少しだけ待っていて!」
「ありがとうございます、アオ様」
――――――
この後、アオは特級修練に行き、そしてルリを失う。
その為、長く、そのままにされてしまっていたが――
「アオ兄♪ 連れて来たよ~♪」
「爽蛇、琉蛇さんも風蛇と一緒に魔法円に入ってね。
長く待たせてしまって、すまない」
やっと、解呪の時が訪れたのだった。
「それでは、大神様方、よろしくお願い致します」
ロサイトが正面に立ち、アオとサクラが背後で正三角形を成す。
大神達が内を囲み、外を大勢の神々が囲んだ。
芳小竜達が魔法円内に飛び込み、犇めく。
【では、解呪を始めます】
ロサイトの美しい声が流れ、アオとサクラが重ね、辺り一面が清々しい気で満ちていった。
十程も異なる解呪を重ね、魔法円内を満たしていた光が、その中心に吸い込まれ、そして弾けた。
中央の三人の姿が、次第に明瞭になる。
【成功です♪】
「ありがとうございました!♪」
アオとサクラの声で、神々が歓喜の声を上げた。
「風蛇、おかえり!♪」
「爽蛇、琉蛇さん、お幸せに~♪」
爽蛇と琉蛇が見詰め合う――
「風蛇、話は後でね」腕を掴む。
「みなさ~ん、せ~のっ♪」一斉に消えた。
もちろん、神々は祝福の光を残して――
青「アカ、連れて来てくれて、ありがとう」
赤「当然だ。礼など要らぬ」
蓮「ありがとうございます……
ありがとうございます……
ありがとうございます……」繰り返し。
愛「蓮さん、皆様お困りだわ」あはっ。
蓮「あ……ありがとうございました!」
青「遅くなって、心配かけて、すまなかった」
蓮「いえいえっ! アオ様っ、そのような!」
赤「そこまでだ。二人を祝福すべきだ。
それに、風蛇殿を放ったらかしだ」
青「あ……風蛇、すまない。俺が判るかい?」
風「はい、アオ様。
声も出せず、身動きも出来ませんでしたが、
見え、聞こえてはおりましたので。
長い間、申し訳御座いませんでした。
これより再びアオ様の御為だけに生き、
私の全てを賭してお仕え致します事、
お誓い申し上げます」
青「ずっと見ていたのなら知っているよね?
もうそんなに堅く考えなくていいんだよ。
風蛇にも幸せを見つけて欲しいし――あ、
琉蛇さんの事――」
風「それはっ! ……確かに、言葉では
言い尽くせない程にお世話になりましたが、
兄を想うの琉蛇さんのお気持ちは、
私が一番存じております。ですので、兄と
お幸せになって頂きたく……」顔を逸らした。
青「風蛇……」
桜「もひとりの保母さん連れて来た~♪」
青「蛇咲さんを? どうして?」
蓮「蛇咲さんがアオ様のお屋敷に出戻ったのは
風蛇くんを追って――」
咲「あ、あのっ! それはっ――」
愛蛇が蛇咲の口を塞いだ。「んんんっ!」
愛「こっちに希望を出して、来たのは、
風蛇兄さんがアカ様のお屋敷に居るって
噂を聞いたからなのよね~♪
それで、すっごく落胆してるから、
私が知ってる限りを話したら、
『アオ様のお屋敷に戻る!』って、
保育士の資格も取ったのよね~♪」
風「本当に……? 俺を追って?」
蛇咲が涙目で頷いた。
風「あんな俺の世話をする為に……?」
咲「……どうしても……そうしたくて……
もう一度、大人になる頃には、私は……
オバチャンになってしまうけど……
それでも……そうしたかったの……」
風「そうか……ずっと、俺の勘違いな願望で
そう見えてしまっているんだと思っていた。
あ、それより先に、これまでのお礼を
言ってなかったな。ひと言では全然言い表せ
ないけど……ありがとう」
愛「爽蛇兄さんも、かなりなものだけど、
風蛇兄さんも、こういう事には馬鹿なの?」
蓮「愛っ!」
風「え?」
愛「蛇咲ちゃん、まだ育てないとダメみたい
だけど、ガンバってねっ♪
風蛇兄さん、蛇咲ちゃんを泣かせたら
承知しないからねっ♪
じゃあ、私達も行くわね♪」
愛蛇は蓮蛇を引っ張って行った。
それを目で追った後で見回すと、周りは木々
ばかりで、誰も居なかった。
風「あ……ええっと……もしかして俺は
二百年も待たせてしまったのか?
それでも、俺でいいのなら、その……
ここから始めよう。出来れば、一緒に」
咲「はい♪」うるっ。
風「あっ! 泣かないでっ!」
咲「大丈夫。愛ちゃんは怒らないわ。
これは涙じゃなくて、幸せだから」
風「幸せなら尚更だ! 落とさないでくれっ」
慌てながら、戸惑いながらも、拭き続ける
風蛇からは優しさが溢れていた。




