執事長9-竜への呪を受けた蛟
妖狐王は、とても不思議な御方です。
この当時は、紫苑と珊瑚どころか、桜華も
生まれていません。
爽蛇に掛けられた記憶の封印が解かれていく。
――――――
身を隠した廃墟に黒い箱が投げ込まれ、風蛇が爽蛇達に覆い被さる。
直後、辺りが闇黒の靄に包まれた。
「闇障大器かっ!? アオ!! 何処だ!?」
爽蛇は、そこで気を失ったが、すぐに薄く目覚めた。
朦朧とした頭に声が響く。
「浄呪滅障!!
忌々しい闇障大器め!!」
碧い稲妻が駆け巡り、闇黒の靄が晴れた。
「アオ! 返事をしろ!」
「だ……れ、だ……」
「生きていたか……ならばよい」「ア、オ……」
「ん? やはり引き合うのか……厄介な奴等だ」
「アオ……」
「誰だ? 俺を呼ぶのは……」
蛟達の下からアオが這い出し、座った。
妖狐の背の青竜が手を差し伸べる。
「青い竜……魔物から助けてくれたのだな?
感謝する。
他の竜達と共に、国に連れて行く」
「流石、幼くてもアオだな。
その状態でも、しっかりした事を言うとはな。
そこは誉めてやる」
「ん? それは……まさか、王族なのか?」
差し伸べている少女の左肩辺りが明滅している。
アオの個紋も呼応する。
「お前はまだ、この娘と接触すべきではない。
案ずるな、儂が家に送る」
「……ルリなのか!?」「そうよ、アオ!」
「儂の封印を破ったのか!?
二人共……此度も忘れていろ!」
光が迸った。
真っ白な眩しい世界から色が戻ると、アオと少女は気を失っていた。
「互いを護る為だ。許せ……」
呟いた妖狐は魔法円を地に出し、アオを浮かせ、その中央へと導いた。
「アオ様に……何を……なさるので、御座いますか……」
「ようやく話せるようになったか。
案ずるな。解呪するだけだ」
そして、妖狐は術を唱えた。
威圧された爽蛇は、ただ見詰めるだけだった。
「アオだけは、解呪出来たが……。
残念ながら、儂には、竜に対する呪を受けた蛟を如何にすれば解呪出来るのかは判らぬ。
いずれ、アオが解くであろうから待っておれ」
「何度もアオ様をお救いくださり、ありがとうございます。
……貴方様は、一体……?」
「アオに世話になった者、ただそれだけだ」
「その……お姫様は……?」
「いずれ判る。では、な」
光が爽蛇に迫る。
「あの…………」再び爽蛇の意識は途絶えた。
――――――
妖狐に依り封じられていた記憶の世界から、爽蛇の意識が現実に引き戻された。
「この危険な場所に放置など出来よう筈も無いのでな、最も近いアカの屋敷まで運んだのだ」
「そうで御座いましたか……。
重ね重ね感謝の他に御座いません」
「儂が封印を解いたのは、そんな言葉を聞く為ではない。
これから先も、お前には、アオを護って貰わねばならぬからな。
それと、最後の卵――サクラも護らねばならぬ。
その為に、お前にだけは話しておく」
「……はい。何なりと……」
「アオは、この三界を脅かす『闇の神』を倒す者だ。
アオとサクラは、対の命。
生死までも連れ合う、強い絆で結ばれた命だ。
だから、何としても二人を護れ」
「はい! 何と引き換えにしましょうが、お護り致します!」
「ふむ……」ニヤリ。「ならば、もうひとつ」
「……はい」
「青身神を知っておるか?」
「天竜伝説の、御身体をお持ちの竜の神様で御座いますよね?」
「そうだ。その青身神の予言が有る。
『二つの闇障と、その間に光が輝いた時、闇の神は、この世から消え去り、平和が訪れます』そう言ったそうだ。
二つの闇障の一方がサクラ。
もう一方が、儂が背に乗せていた娘だ。
そして、光がアオだ。
この予言は、当然ながら闇の神も知り得ている。
だから、アオは狙われる。あの娘もだ。
最後の卵も狙われている。
今のところ、竜の神が成した結界で卵は護られておる。
しかし、結界への攻撃は日増しに激しくなっており、最早いつ破られるとも知れたものではない。
だから、儂が伝える迄、卵をキキョウ殿に託せ。
他の誰にも知られず、すり替えるのだ」
「天竜王族の大婆様と私だけの秘密、という事で御座いますか?」
「そうだ。
キキョウ殿ならば、護る事が出来よう。
城には、偽の卵を置いておけ。
この後、直ぐに万事整える。
キキョウ殿に偽の卵を託しておくのでな、速やかに動け」
「……仰せのままに」
「あの時も言ったが……お前等が受けた呪は、竜に対するものだ。
それを蛟が受けてしまった為に、同じ呪であるのにも拘わらず、三人三様に発現してしまった。
あの闇それ自体が含む要素も影響しておるが、解呪さえ叶えば、全て元に戻る筈だ。
だが……竜の神にも聞いたが、解呪の術は、今のところ判らぬそうだ。
いずれ、アオが解く迄、我慢せよ。
お前が失ったものは髪だけではないが……まあ、命には支障が無さそうだからな」
「妖狐様には、未来が見えておられるのですか?」
「未来は可変だ。
儂が知る未来が来るとは限らぬ。
しかし、儂が今、存在するという事は、まだ、知っている未来への途上なのであろう」
この御方は、もしかすると、未来から
いらっしゃったのでしょうか?
「いや、垣間見ただけだ」ニヤリ。
えっ!? 声に出してはいない筈――
「そのくらい、容易い事だ。
では、アオが目覚める前に、アカの屋敷に戻さねばな」
♯♯♯
爽蛇が部屋に戻されて、間もなくして、アオが部屋に駆け込んで来た。
「爽蛇! 大丈夫か!?」
「アオ様♪ 大丈夫でございますよ♪」
「爽……蛇……?」
「ああ、髪でございますかぁ?
スッキリいたしましたよ♪」ぺちぺち。
「出家……したのか?」
「いえいえ、そうではございませんが……似合いませんか? 失敗でしょうか……」
「そんな事は無い! より精悍になった!
いいと思うよ」にっこり。
「良かった……ありがとうございますぅ」
「風蛇は? 他の部屋か?」
追い掛けて来ていた蓮蛇を見上げる。
「いえ……それは――」
「風蛇の気が……」見回し、一点で止まる。
アオの視線の向こうには、大きな籠が載った卓が有った。
首を傾げたアオが近寄る。
「この子……この気……風蛇なのか?」
アオは籠で眠っている赤子を見詰めていたが、サッと振り返った。
「答えて! 風蛇なのっ!?」
爽蛇と蓮蛇が視線を外し、俯いた。
「風蛇でございます……」
どちらの声かも判らない程に、悔しさが込められた苦しみが聞こえ、アオは床に崩れた。
「どうして……こんな……俺の、せいだ……」
「そのような事は、決して御座いません!」
「俺が、森へ行きたいなどと言わなければ……俺だけで戦っていれば……」
涙の滴が床に増えていく。
爽蛇は、アオの小さな肩を抱いた。
「アオ様、風蛇は生きております。
もう一度、成長する機会を得られただけで御座います。
ですので、悲しむべき事では御座いません。
私が親となり、育てますので、再びお役に立てるまで、どうか、お待ちくださいませ」
「爽蛇……風蛇……すまない……」
「ありがとうございます、アオ様。
私共は、お優しい主に仕える事が出来、本当に幸せで御座います」
恒「あ、アカ様。蓮蛇は、一旦お屋敷に
戻っておりますが――」
赤「知っている。
恒蛇殿、アオからの伝言だ」紙を渡す。
恒「ありがとうございます。失礼致します。
――然様で御座いますか。良かった……」
赤「執事長達に伝えて欲しい」
恒「畏まりまして御座います」
赤「後日、揃って休暇を取ればいい」
恒「ありがとうございます!」
赤「キン兄の婚儀も終わったのだ。
恒蛇殿も自身の事に目を向ければいい」
恒「あ……もしや、ご存知なので――」
赤「当然だ」スタスタスタ。




