受け継ぐ-ルリの祖母達
またオマケです。m(_ _)m
ほんの少しだけ、時を遡ります。
♯♯ 天竜王城 ♯♯
王太子の婚儀と虹紲大臣の就任式との間に、アオはルリを連れて廊下を歩いていた。
(アオ、何処に行くのだ?)
(ムラサキ様の所だよ)
(それは……真魔界に進む準備なのか?)
(ん~、まぁ、心の区切りって所かな?)
(何だ? それは……)
(いいから、気にせず複製を保ってね)
(ふむ。今日はずっと、こんな服なのだな……)
(歩き辛い? でも儀式だし、仕方ないよね)
扉の前で立ち止まる。
(少しだけ、じっとしていてね)
気を高める。「偽装」にっこり。
「うん。短縮でも、ちゃんと出来た♪」
「何故、姿まで――あ……そういう事か……」
♯♯♯
「おお、アオ。今日は、どうしたのじゃ?
就任式まで、もうあまり間が無いじゃろ」
「失礼致します、ムラサキ様。
すみません、急に」
「いやいや。直前に行けばよいだけじゃからな。
気にせずとも――ヒマワリ? いや……違うな。
お嬢さんは、もしや、ヒマワリの孫か?」
「そうです。ヒマワリ様の孫のルリです」
「え……?」
「実は、この姿が本当のルリなんです」
「では、先程までの、あの姿は……?」
「ルリは既に身体を失っていて、あれは俺の複製体なんです」
もう一体出し、蒼月煌を掛けた。
「この姿で婚約してしまったので、今後も公には、こちらになります。
ですが、新たな術技を得まして、本来のルリの姿にも出来るようになりましたので、改めてご挨拶に参りました次第なんです。
ルリがヒマワリ様の孫だという事も、この術技と共に知り得ました」
「そうか……本当にヒマワリそっくりじゃ……。
それで、今、ヒマワリは?」
「祖父母も、両親も……皆、私を護って……亡くなりました」
「そうか……ま、ヒマワリらしいな……」
感慨深気に目を閉じ、薄く笑った。
「ムラサキ様、お若い頃のヒマワリ様のお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「おおそうか、供養にもなりそうじゃな。
ヒマワリは幼い頃から暴れ馬でのぅ、手の着けられん王女じゃった。
ただ、ベニ様を姉と慕い、ベニ様の言葉にだけは素直に従っておったのじゃ――」
――――――
「ベニ姉♪ 今日は狩猟か? 修練か?」
「今日は勉強よ。
知識を蓄える事は、戦には、とても重要なのよ」
「ふぅん……勉強は嫌いだな……でも、ベニ姉がするんならアタシも!」
「なら、一緒に歴史を学びましょう」
「うん♪」
――――――
「いつも、こんな調子でベニ様に くっついておったんじゃよ。
ベニ様の言葉は、女神様の言葉じゃと思うておったんじゃろうのぅ。
じゃから、大暴れしておってものぅ――」
――――――
「王女なんかクソッ喰らえだっ!
こんなトコ、出てってやるよっ!」
「待て! ヒマワリ! 母上に何て事を!」
「うっせーっ! 兄貴さえ居りゃいいんだろ!
アタシなんか要らねぇんだろーがよ!」
「落ち着け!
母上は、そんな事を言ってるんじゃない!
ちゃんと話を聞けっ!」
「どーせバカだよ! アタシなんて――」
「ヒマワリ、一緒にお菓子を焼かない?
私と一緒は嫌かしら?」
「ベニ姉……」
「私はヒマワリと一緒が良いのだけれど、ヒマワリは?」
「あ……うん。行く♪」
――――――
「――とまぁ、大騒ぎしていたのが嘘のように、おとなしく付いて行ったんじゃよ」
「ベニ様は『真紅の戦女神』と呼ばれていたそうですが、穏やかな方だったんですね」
「そうじゃ。戦の時だけは、燃えるような紅の瞳になってのぅ、武勇も抜きん出ておってな、まさしく『戦女神』じゃったが、普段は穏やかで、優しい微笑みを絶やさぬ姉姫様じゃった……」
「確かに、スミレ様と並んでいる肖像画は、穏やかな微笑みが そっくりですよね」
「そうなんじゃよ。あの蒼灰色の瞳が、やわらかく細められたら、もう男は、うっとり見惚れるより他に無しじゃよ」
「ヒマワリ様も、その瞳が大好きだったんでしょうね」
「そうなんじゃよ! よう知っておるな。
ヒマワリは、ベニ様に憧れておった……ベニ様になりたい、と、よう言うておったんじゃよ」
「それなのに、王族を離れてしまったんですね」
「ベニ様が亡うなってしもうたからのぅ」
「それがきっかけだったんですか……」
「諌める者も、宥める者も、全てがベニ様じゃったからのぅ……
あんなヒマワリにも、恋人が居ったんじゃが、その親は王族会に属しておっての、前々から息子をベニ女王の伴侶にと、勝手に話を進めておったんじゃ。
それでベニ様は、生涯結婚なんぞせぬ、と宣言してのぅ。
あれもヒマワリの気持ちを思うての事じゃろのぅ。
それで一旦は静かになっとったんじゃが、ベニ様がお亡くなりになられた直後、ヒマワリと恋仲じゃと知れての。
何しろ評判の悪い王女じゃからのぅ。
当然の如く、大反対じゃよ。
で、その男は、貴族の御令嬢と結婚してしもうたんじゃ。
ヒマワリは、訳だけでも教えろと押し掛けたが……聞き出せんかったようでなぁ。
暫くは鬱ぎ込んでおったが、唐突に大暴れして、出て行ってしもうたんじゃよ。
それっきりじゃ……」
(もしや、負に傾いている時に闇に触れたか?)
(うん……そうかもね)
「ルリさん、お祖父様は、どんな方じゃったんじゃ?」
「母方の祖父は、私が幼い頃に亡くなったので、殆ど覚えていないのですが、とても優しかったと……祖母も優しかったのですが、それ以上に激しいというか、厳しいというか……」
「変わらず粗暴じゃったのじゃろ?」
「まぁ……はい。
ですが、私を何度も助けてくれたのです。
きっと、強くなければならなかった……私の為に、気を張っていたのだと思います」
「そうか……。
ヒマワリは、一度、アオも助けたそうじゃよ。
アオを連れて来た時――その時はシロが会うたのじゃが、孫を護らねばならぬと言うておったそうじゃ」
「俺も……そうですか」
「アオに触れたら、今まで反抗しておったのが急に馬鹿らしくなったと、清々しい気分じゃと言うておったそうじゃ」
「偶然ですよ。そんな――」
【アオ、何? 私達、王都の警護なんだけど?】
「まさか、スミレ……なのか……?」【あ……】
「スミレ様と同腹のヒスイ様、アオイ様です」
【ムラサキ様、ご無沙汰致しまして申し訳ございません】
「竜魂の水晶に込められておったのか?」
「いえ。神様なんです。
ムラサキ様は、ベニ様のお相手が神竜様だとご存知でしたか?」
「ああ。知っておったよ。
結婚せぬと宣言してしもうた事も有って、王族会が孟反対でのぅ、それはもう哀れでのぅ」
「神竜様では、どんな貴族のご子息も太刀打ちできませんからね。
それは必死でしょう」
(そんなものなのか?)
(いや、呪だよ。
天竜と神竜が手を結ぶのは、どうしても阻止しなければならなかったんだよ)
(そうか……)
「その神竜様との御子なのじゃな?」
「はい。それで、アオイ様がルリの父様なんです」
「ええっ!? では、ルリさんはベニ様の孫……」
「アオイ様、こちらはヒマワリ様の兄上様、ムラサキ様です」
【では、前王様が……そうですか……】
アメシスは竜魂の水晶を取り出した。
水晶が光を帯び、女性が現れた。
【ヒマワリ様の娘、ユリです】
【伯父上様、お初にお目にかかります】
「そうか……ヒマワリに、よう似ておるのぅ。
しかし、優しそうな瞳は似ておらぬな」
ムラサキは楽しそうに笑った。
【ヒマワリ様の居場所は存じております。
近いうちに、お連れ出来ると存じます】
「そうか……ヒマワリとも会えるか……。
それで、ベニ様とお父上様は、今は?」
三神、顔を見合せた後、スミレが答えた。
【両親は神界の奥、偉い神様しか行けない所に居ると聞いております。
私達は成ったばかりの神。ですので、これからもっともっと修行して、いつか会えるように励むつもりなのです】
「そうか……いや、今日は良い日じゃ」
ムラサキは訪れた者達に微笑み、大きく頷いた。
♯♯ 魔竜王城 ♯♯
虹紲大臣就任式の真っ最中――
(戦う時のルリの瞳は、ベニ様から受け継いだんだね)
(唐突に、どうしたのだ?)
(うん。感慨深いな、とね。
ルリの燃えるように輝く紅の瞳が、あまりに美しくて、戦っていても、つい見惚れるんだよ。
ベニ様も同じように輝いていたんだね……)
(私の瞳が? 輝いているのか?)
(あ……知らなかったの?)
(全く……)
(そう? とても綺麗なんだよ。
瑠璃色の鱗の煌めきと、輝く紅の瞳がね、とても対照的なんだ。
だからルリも『戦女神』だよ)
(恥ずかしい事をつらつら言うなっ)
(戦っていない時は、とっても可愛いよ)
(だからっ! 言うなっ!)
(うん♪ 可愛い♪)
(煩いっ!!)
(いいじゃないか、本当なんだから)
(知らぬ!)
(俺の自慢の可愛い奥さん♪)
(だから、やめろっ!)
――儀式は粛々と進んでいる。
五人の竜王達の前に立つアオとルリは、眉ひとつ動かさず泰然としているが、こんな事を話していたのだった。
この日の晩餐会で――
紫「就任式の前にアオが控室に来てのぅ」
白「アオが? ワシではなく、ムラサキに
何の用じゃ?」
紫「ヒマワリの孫と会わせてくれたんじゃよ」
白「では、ここに来ておるのか!?」
紫「シロも会ぅておるよ」
白「誰なんじゃ!?」
紫「ヒマワリによぅ似とってのぅ……」
白「勿体振るなっ!」
青「相変わらず仲がお良ろしいですね」
紫「二人で挨拶回りか?」「ええ」
白「アオ、ムラサキの所に誰を連れて
行ったんじゃ?」
青「ああ、それで」くすくす♪
「では後程、控室の方に伺います」
白「アオまで勿体振るのかぁ?」
青「ここでは無理ですので。それだけです」
白「まぁ、あのヒマワリの孫ならば、
それも致し方無しじゃな」ふむ。
青(納得されてしまったね)
瑠(私でも納得する)
青(実の孫にまで、そう言われるなんてね)
瑠(おそらく本人も納得だろう)
青「王族をお離れになられた方ですので。
では後程」
優雅に会釈し、次に向かう二人の背中は
楽し気に小さく揺れていた。




