無翼神竜-幽月とアカ
区切りに余談を挟んでしまいます。m(_ _)m
♯♯ 赤虎工房 ♯♯
長老の山から戻ったアカは、貰って来た苗木を壺以鞠に入れた後、庭に植えた。
苗木は瞬く間に成長した。止まるのを待ち、
「枝を使わせて貰う。
切り口は処置するから許せ」幹を撫でた。
そして、以前サクラから依頼されていた鏡の枠を作り始めた。
「おや、珍しいね。赤虎が木工なんて」
「幽月か……ふむ。
装飾部分を頼んでもいいか?」
「もちろん、喜んで。
図案は、この古文書だね?
それで、これは急ぎ?」
「いや。いつ必要などとは聞いていない」
「ここで彫ってもいいかな?」
「構わぬ。俺は鏡面を作る」
「硝子工房に頼まないのかい?」
「かなり特殊だ」
「そう」
「しかも、あとは磨くだけだ」
「本当に赤虎は器用だね」
「……誉めるな」
二人は背中合わせで各々の作業を始めた。
「まだ笑っているのか」
「少しは誉められることにも慣れておくれよ」
「……無理だ」
「でも、その姿にも慣れたのだろう?」
「いや。しかし皆を護る為だ」
「ワカナさんを護るため、だろう?」
「それは当然だ。しかし、ここには――」
「私の家族も護ってくれているのだね……」
「それも当然だ」
「王子様は大変だね」
「……知っていたのか……」
「気づいていたよ」
「アオとサクラに会ったのか?」
「会ったよ。
でも、気づいたのは、ずっと前……出会ってすぐに」
「……そうか。ならば、これからも変わらぬな?」
「そうだね。私は変わらないよ。
ねぇ、赤虎――もう、アカでもいいかな?」
「どちらでも構わぬ」
「ワカナさんも『赤虎』なのだろう?」
「そうだ。二人での名だ」
「だったら、アカ――」
「む?」
「あの鏡は? これとは違うのかい?」
「試作だ。ただ……」持って来た。
「魂は入った筈だが、目覚めぬ」
「貸して」
幽月は鏡面に掌を翳し、口の中で何かを唱えた。
鏡が光を帯びる。
「目覚めたよ。はい」
「何をした?」
「ここに書いてあるものを唱えただけだよ」
「俺も唱えた。が――」
「うん……アカは天竜だから」
「やはり神竜だったか」
「そう。やっぱり気づいてたのだね。
……その話をしたくてね」
「ふむ」
「天竜として生きようと思っていた。
でもね、銀虎様と話して、少し考えが変わったのかもしれないね……」
「幽月も両方持たずに生まれたのだな?」
「そう。両方無いとね、神界では生き辛くてね。
天界に逃げ出したのさ……」
「では、先代とは――」
「逃げては来たものの、天界の知識も何も無い子供だったからね、途方に暮れていたのだよ。
そんな私を先代は何も言わず連れ帰り、弟子にしてくれてね、いつの間にか養子になっていたのさ。
私の過去については、何も聞かず、ひとりでも生きていけるよう、技術だけでなく、全てを教えてくれたのだよ」
「それで『幺月』を継がなかったのか?」
「それも……確かにあるね。
妻は先代の姪だからね。
先代は、子ができる前に奥さんを亡くしていてね、血縁は妻だけなのだよ。
それに、妻の方が『幺月』らしい美しいものを生み出すからね、継ぐべきだと思ったのさ」
「まさか、その為に結婚を――」
「それはないよ。見ていて判るよね?」くすっ。
「ふむ。すまぬ」
「でもまぁ、結婚して、やっと先代とも親子になれたかな?
義理には違いないけれど、心がね、やっと底の底から安心できたのさ。
ここに居ていいんだ、とね」
「ここにも居ていい」
「ありがとう。
そんなだから、友をつくったことも無くてね、アカと出会えて初めて、友って、どうしたらなれるのだろう、と悩んだよ」
「……そうか」
「また、赤くなって。
本当に、いい奴だよね」ふふっ♪
「笑うな」
「無理だよ。そんな可愛い顔されたら」
「この姿は……仕方がないだろ」
「アカが本来の姿でも、その表情は可愛いよ。
性別ではなく、心が可愛いのさ」
「む……神眼を止めろ」
「仕方がないだろ? 神竜なのだから♪」
「ならば笑うのを止めろ」
「アカではないのだからね、無表情なんて貫けないよ」
「仕方のない奴だ。
……こんな話をするなど……また、旅に出るつもりなのか?」
「だから、気が変わって、隠すのが馬鹿らしくなっただけだよ。
ここには学べることが沢山だからね、今は旅に出る必要を感じないのさ。
ただ……神界にも行って、大爺様には謝ろうと思っているよ」
「何故――いや、話したくなければいい」
「神竜は、人神の血が入ると、翼や光輪が欠落しやすくなると、銀虎様から聞いてね。
私の大爺様――高祖父かな? もう一代上かな?
あまり会った覚えも無いのだけれど、その大爺様が人神なのさ。
きっと、私が家出したのを悲しんでいるだろうからね」
「それならば、早く会いに行け」
「うん。そうするよ。
これを仕上げたら、すぐに行ってみる。
アカに話して、やっと決心できたよ」
アカが立ち上がり、奥に向かい、戻って来ると、箱を差し出し、開けた。
「これを持って行け」
「この鈴は?」
「古の人神器、光臨鐘」
「『竜の星』だね。
もしかして、これもアカが作ったの?」
「アオとサクラからの依頼品だ」
「流石だね。
それに、ちゃんと目覚めているのだね」
「孔雀様が目覚めさせてくださった」
「ああ、そういうこと……じゃあ、ひとつ頂くよ。きっと大爺様が喜ぶね」
「孔雀様も人神だと信じて疑わず育ったのだから、無翼だったのだろう」
「ああ、そうか……きっとそうだね」
「だから、己を卑下するな。
その腕だ。匠神に成ればいい」
「ありがとう、アカ」
「幽月……すまぬ」
「何? 唐突に」
「随分と神界には行けていないのだろ?」
「そうだけど、どうしてアカが謝るの?」
「俺達、天竜王族のせいで天竜全てが忌み嫌われている。
だからこそ幽月は辛い思いを――」
「それは違うよ。
神竜族の多くは、神には成れない。
けっこう愚かでね、人神や魔神の存在も知らず、神竜族だけが三界を統べる神だと信じている者が多いのさ。
それに、一度 真理、定説と信じれば、たとえ誤りがあろうが、その非を認めず、頑として譲らず正そうとしないのさ。
だから、私のような者を無意味に揶揄し、潰そうとまでするのだよ」
「畏れ……なのではないか?」
「ただの弱いもの虐めだよ」
「いや、翼や光輪が無い分、他の力が多い上に突出している。
本能的に察知した、その力に対する畏れが、恐れに変わり、排除行動として現れるのではないかと俺は思う」
「そんな御大層ではないよ」
「神竜の天性に関しては聞いている。
天竜の天性、全てを持って生まれても、使えるものは少ないと。
幽月は、いくつ使っている?
その上、神竜の天性も持っている筈だ。
しかも複数だ」
「見えた?」
「俺の神眼は、それほど強くは無い。
行動からの推測だ。
最初に曲空したのは、俺がした直後だったろ」
「そうだね。あの時は双璧で真似たよ。
それで覚えられた」にこり。
「そうか。風だったな。
蒼月煌も、どうだ?」
「貰ったよ。一応ね。
でも使う気はないよ」
「魔物が現れたなら、掛けておけ」
「そうするよ。一応、神竜だからね」
「どこまで知っている?」
「天性で拾ってしまうからね。
神しか知り得ないことまで、いろいろと知っているよ」
「アオとサクラが同じ天性を持っているだろ?」
「同じだよ。私よりも遥かに大きいよ」
「あの二人は……天竜としては化物だ」
「そうだね。
だから生み出した方は、罪人として封じられた。
同じ術で神竜を生み出したら、どうなると思う?
だから、その術は禁忌なのだよ。
アカは……小さい頃、子供だった?」
「……いや。それも禁忌の成せる技か?」
「そう。性別を変えた副産物だよ。
女性である状態をどうにも嫌ってしまうのもね」
「他の兄弟も嫌がっている」
「それは、単に見られたくない、気恥ずかしいだけだよ。
アカ達のは違うよ」
「まさか……この姿の為に、アオは闇に呑まれたのか?」
「そう、思うよ。
でも、アオ様は奥様のために、サクラ様はアオ様と生きるために、その姿を受け入れたのだよ。
もっと強い想いが、術に因る縛りすらも乗り越えさせてしまったのさ」
「まったく……あの二人は……」
「ところでアカは、もうひとつの天性を開かないのかい?」
「もうひとつ、だと?」
「かなり深層。天竜には珍しい天性だよ。
だから神竜の天性だと思われているね。
しかもアカは神眼を使い熟しているからね、これまでは神眼で代用していたと思うよ」
「まさか、神耳か?」
(そう。気づいたなら、もう開いたよね?)
「む……」
「聞こえた?」
「ああ。
そうか……竜宝の声も聞けるようになるのだな?」
「頑張って探って、伸ばしてみて。
私は神界に行ってくるよ」立ち上がる。
「もう出来たのか?」振り返る。
「木工は得意だからね」にこっ。
「そうだったな……」
「忘れていた?」くすっ♪
「そうかもな」フフッ。
「帰ったら、目覚めさせてあげるね」
そう言って、幽月は曲空した。
♯♯♯♯♯♯
そして――
「この男が、ここの主で、奥さんと一緒に『赤虎』をしている鍛冶師のアカ。
私の唯一無二の親友だよ」
ひと目で幽月の親族だと判る神やら神竜やら、その魂やらの一団が、赤虎工房に入って来た。
「来るなら来ると言え!」逃げた。
「男?」ざわざわざわ……
「今は、あの姿で修行しているのさ。
鍛冶は力仕事だからね」
親族、納得。
「父ちゃん♪ おかえりなさ~い♪」ぱふっ♪
「とぉちゃ~♪ ぉぁ……さ~い♪」ぱふっ♪
「ただいま」なでなで。
「お爺様とお婆様に、ご挨拶なさい」にこっ。
「こんにちわっ♪」「んちわわっ♪」ぺこっ♪
「子供まで……」うるうる……
【お名前は?】にこにこ。
「ツキクサですっ。
おとーとのツキシロです」「れすっ♪」
「タマゴもいっこ、いるの」「れすっ♪」
【しっかりしてるわね♪】いいこいいこ♪
「養父の幻月と、妻の繼月。
二人とも『幺月』だから、呼び名を違えているんだ」
「あ……はじめまして」
「ようこそお出でくださいましたな」
【おや、賑やかじゃと思ぅたら】
【大勢来ておったのだな】
「アカの大師匠の金虎様と、初代幺月様。
他にも匠神様が出入りしているし、隣の工房には神竜が大勢なのだよ」
「天界も変わったのですね……」
【この周りの祠にも神が住んでおるわぃ】
【もう、珍しさの欠片もありませんよね】
他の匠神達も来ていた。
入口扉が開いた。「ただいま~……えっ……」
「アカの奥さんで、ワカナさん。
私の親族がお邪魔しています」
「あ、いらっしゃいませっ!
幽月さんには、いつも助けて頂いてますっ!
あっ、何かお出ししないとっ」
「いいですよ、お気遣いなく」
「えっ、でも、そんなっ」
【ならば甘い物でも出してくれるかの】
「はい! 大師匠様っ」奥へ走った。
【酒好きは居るか?
良い所を知っておる。付いて来い】ニヤリ。
匠神達が消え、親族の半分程も、追ったらしく消えた。
「大爺様――」
幽月は、後ろで静かにしていた老人に向かって歩み寄った。
「私は人神の血を継いで、本当に今、とてもとても幸せなのですよ。
私が神竜だと知った友は、匠神に成ればいい、と言ってくれました。
だから、そう成りたいと、私も思っています。
普通の神竜として生まれていたなら、この幸せも、目標も無かったのです。
血を分けてくださって、ありがとうございました」
「そうか……」涙が頬を伝った。
「きっと近いうちに、もっと良いことが起こりますよ。
天竜は実は凄いのです」にこっ。
幽「アカ、そろそろ出て来ておくれよ」
赤『まだ大勢いらっしゃる』
桜「アカ兄、何してるの?」
赤『何の用だ?』
桜「まだ石が残ってたの~♪」
赤『置いて行け』
桜「工房に結界しよ♪」
赤『ん?』
桜「そしたら元に戻れるでしょ?♪
光してあげるからぁ、ね? 出よ♪」
赤『上空に来い』
桜「うんっ♪」曲空♪
そしてアカが暗室から出て来た。
サクラも戻っている。
幽「やっと紹介できるよ。
サクラ様、ありがとうございます」
桜「なんで?」
幽「え?」
桜「アカ兄には『様』つけてなかったのにぃ。
俺には、つけたぁ」ぶぅ~
草「あ♪ サクラ兄ちゃん♪」「ちゃん♪」
桜「外で遊ぼ♪」「うんっ♪」「ぅんっ♪」
幽「うん。『様』ではなく、『兄ちゃん』を
付けようかな♪」ふふふっ♪
桜「ほえっ!?」
幽「サクラ兄ちゃん♪ 子供達をよろしくね」
桜「な~んか変~」にゃはは~
赤「文句の多い奴だな」
桜「ま、いっか♪ 外に行こっ♪」
ツキクサとツキシロと芳小竜達を連れて
サクラは弾んで行った。
赤「む?」
幽「あ、見えてしまった? 隠していた
のだけれど、やはりアカには無理だね」
赤「片方ずつなのだな」
幽「だからアオ様とサクラ様を仲間だと
思っているのだろうね。
いつかは両方になるのだとも思って
しまっただろうね」
赤「なるさ」
幽「半神竜なのに片方でも有る方が不思議だよ」
赤「それでも、幽月の子だ。なる」
幽「アカが言うのなら信じるよ」
二人、外を見詰める目を優しく細める。
幽「本当に……幸せだよ。
アカ、ありがとう」ふわりと笑う。
赤「む……それならいい」外方向く。
幽「また照れて、可愛いよ」くすっ♪
赤「……言うな」




