砂漠編19-三の姫
前回まで:仲間は心配。でも――
そんな兄弟の夜でした。
紫苑は目を覚ました。
頭が重く、記憶がはっきりしない。
起き上がろうとしたが、うつ伏せのまま手足を拘束されていた。
周りは薄暗く、何処に居るのか判らなかった。
どうにか首を動かして、己が手を見ると、人の手ではないようだった。
犬?
……いや、もしや……
「お目覚めですかな? 御狐殿」
笑いを含んだ低い声がした。
急に記憶の靄が晴れた紫苑は、声を出そうとしたが、出なかった。
「騒ぎ立てられますと響きますからな。
いろいろな輪がございまして、今は、声が出せない輪と、本来の御姿に戻る輪を掛けております」
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべ、魔物が近付いて来る。
「先程のように、従順な僕となって頂いてもよいのですが……
あれは荒ぶってしまって、お話を伺えませんからな」
懐から輪を取り出し、
「先ずは、術封じをさせて頂きますよ」
取り出した輪を、紫苑の右手に嵌め、首の輪を外した。
「こちらには、もうおひと方、お預かりしておることをお忘れなく」
クックと笑いながら、
「まこと、美しい毛並みですな」
紫苑の背を撫でた。
総毛立ちながらも、珊瑚に手出しされないよう必死で耐えていると――
「お話を伺えそうですな」
満足そうな声が聞こえた。
「では、妖狐の皆様は、いつもいつも魔族の和を乱されるが、次は何を企み、竜や人と仲良くされておるのかな?」
「……知らぬ……何のことだか分からぬ」
「素直にお話しくださらねば――」
「人として育ったのだ。妖狐など知らぬ」
「もう少しマシな嘘をおつきくだされ。
あれほどの術が使える人など、人の中で生きていける筈が無い」
魔物は声を上げて笑った。
「幼き頃より、何度も殺されそうになった……
だから術を磨き、己が身を護ってきた……
それだけだ」
「ほぉ……
我々が人に植え付けてきた恐怖心や、猜疑心や、諸々の負の感情は、しっかり根付き、実を結んでおるようですな」
ほくそ笑み、満足そうに頷くと、
「聞き出せる事が無いのでしたら、また、僕となって頂きましょう」
言いながら、赤黒い輪を取り出した。
その時、破壊音がし、その方向から兎達が逃げて来た。
「何事でっ――」壁が吹き飛ぶ!
壁の穴の向こうに、夜明けの光を背に受け、狐を伴った女性が立っている。
珊瑚? いや……
「さっ、三の姫!? 何故、ここに――」
言いかけた魔物は、衝撃波を受け、反対側の壁を破壊し、飛ばされていった。
三の姫は、なんとか上体を起こした魔物の傍に跳び、
「彼の世で悔いよ」強い光を浴びせた。
魔物は塵となって、かき消えた。
「馬頭鬼、妖狐に対して、この仕打ち、死しても償えぬ罪ぞ!」
跡形もなくなった空間に向かって、三の姫は、憎しみを込めて言い放った。
供の狐達が、紫苑の輪や戒めを外していると、珊瑚を背に乗せた、ひと回り大きな白狐が来た。
「二人共……無事で良かった……」
「……母……様?」
珊瑚を抱きしめ、やわらかな暖かい光で包み込んだ三の姫の背に、紫苑は問いかけた。
三の姫は無言で頷いた。
泣いているようだった。
白狐が口を開く。
「姫様は、決して貴殿方を捨てたわけではないのです。
貴殿方が、人として生きられる保証と引き換えに、人界には今後一切、関わらないと約束し、魔界に戻ったのです」
「もう……よい。
私は、この子達を置いて去った。
それが事実……」
三の姫の涙が、珊瑚の頬に落ち、珊瑚が目を開けた。
「この香り……母様なのですね」微笑んだ。
「こんな私を、母と……?」
「母様は、ただ一人です」
珊瑚が母の背に手を回し、抱きついた。
紫苑は母と珊瑚の背に、手を添えた。
この一瞬で、時を越え、すべてが埋まったような気がした。
暫く、そうしていたが、三の姫は、紫苑と珊瑚に並んで座るよう促し、じっと二人の顔を見た。
「二人共……封印が解けたのですね」
二人の手を取って、三の姫は話した。
「私は人界を去る時、あなた達が人として生きられるよう、妖力と記憶を封じました。
人として平穏に生きたいのならば、再び封じますが……」
「記憶が戻りましたから……」
「今なら、その意味も解りますから……」
二人は頷き合い、母に向き直り、
「私達は人として、妖狐として、人を護り、平穏を取り戻す為に、戦っていきたいのです」
揃って言った。
「今回の事で、まだまだ及ばないと痛感しました」
「どうすれば、力を得る事が出来るのですか?」
三の姫は、二人の真剣な眼差しを受け止め、
「今、完全に開く事も、容易い事ですが……
器が小さければ、妖力が溢れ出てしまうだけなのです。
あなた達からは、とても大きな力を感じます。
今の器のままでは、とても収まりきらないでしょう」
二人の目を交互に見、
「妖力は、既に少しずつ溢れ出ています。
すぐに人と狐の姿を、思いのまま変える事が出来るようになるでしょう。
狐になれば、力は強くなりますが、人界では消耗が激しくなります。
それを超え、気を自在に操り、妖力を使い熟せるようになれば、器も整ったと見てよいでしょう」
三の姫は二人の頭や肩を愛おしそうに撫で、そして、立ち上がった。
紫苑と珊瑚も立ち上がる。
三の姫は二人を強く抱きしめた。
「容易くは無い道ですよ……」
「はい」
ゆっくり腕を解き、身体を離し、
「ハザマの森においでなさい。
狐の社で待っています」
紫苑と珊瑚は、母の目を見て頷いた。
三の姫が、供の狐達に目を向けると、皆、揃って薄れ始めた。
ひとり遅れて、母の姿が薄れ始める。
「母様……」
微笑みを残して、母の姿は消えた。
紫苑と珊瑚は、暫く佇んでいたが、どちらからともなく、朝陽が射し込む方に向かって歩いた。
崩れた壁の穴から外を見ると、足早に、こちらに向かって来る仲間達が見えた。
珊瑚は身を乗り出し、大きく手を振った。
すぐに姫が気付き、両手を振り返す。
そして、皆、こちらを見上げ、笑いながら弾むように走り始めた。
凜「三の姫様、ようこそ御出くださいました」
三「桜華よ♪」
凜「え……?」軽い?
三「だって、子供達には、最初からは……ねぇ
でも、ここは普通にしてていいのよねっ」
凜「はい……
そりゃあもう、ゆる~いトコですよ」
三「よかったぁ♪
ね、あの子達、いい子でしょ♪」
凜「ですよね~
妖狐王様も、いつもそう仰ってますよ」
三「父が!?
やっぱり次の王にしたいのかしら……」
凜「次って? 桜華様の代は?」
三「妖狐は普通、何代か後に継ぐのよ。
玄孫とか。だから、孫なんて珍しいのよ」
凜「そうなんですか……
あ、二人の名前は?」
三「紫苑と珊瑚の方が素敵だから、
そのまま改名すればいいと思うの」
凜「ん? よくお分かりになりましたね。
二人は名乗りませんでしたよね?」
三「二人の気を見た時にね、それも見えたの。
あの子達、凄く強いわ。
人との間の子だから心配したのだけれど、
並みの妖狐なんて足元にも及ばないわよ」
凜「桜華様が凄いからでは?」
三「私なんて! すぐに追い越されるわよ~」
凜「そんなに?」
三「そんなによ♪」




