島の夜12-クロとアオ①
またまたまたまたオマケです。
つまり、話が逸れます。
クロは数学の問題を解いている手を止めた。
姫はチラと見たが、考え込んでいるようなので、何も言わず視線を逸らした。
今、アオが地下に居るのかな?
いい加減、約束を果たしてくれねぇかな。
アオが忘れるなんて有り得ねぇから、
オレがまだまだなんだろうなぁ……
あ……現に今更な数学なんか
やってるんだから、まだまだだよなぁ。
また助けられたみてぇだしなぁ……
ちょっとだけ恩返しできたのは、
アオが記憶封じられてる間だけだったな。
そういや、あの島でも
この事、考えてたよなぁ……
アオは、どんどんどんどんスゲー奴に
なってくけど、オレって……
島の頃と、とれだけ変われたんだ?
変わりてぇなぁ……
――――――
初めて兄弟揃って笑い合い、小さな小屋で眠った、島の夜――
夜明け前、クロは体を起こし、見回した。
眠っている兄弟を見て微笑み、静かに小屋を出て、厨に入った。
兄弟皆か……
やっと皆に……よぉし!
気合い入れて作るぜ!
手際よく進め、ひと段落。
ふと、思い出が湧いてきた。
今、調理師してられんの、
全部アオのおかげだよなぁ……
アオだけだったよな。
皆、頭ごなしに反対しやがって!
あの時、アオが来てくれなかったら、
今頃オレ、何してるんだろな……
――――――
「クロ!」
ムシャクシャしてハザマの森で暴れていたクロは、声のした方を殺気タップリで睨んだ。
「なぁんだ、アオか。何の用だ?」
まだまだ不機嫌を溢れさせているクロも、呆れ顔で冷ややかな視線を送るアオも、八人歳前の少年だ。
「こんな所で暴れたりして、何の解決になるんだい?」
「あ……聞いたのか。
アオは長老の山から出て大丈夫なのか?
怒られっぞ」
「それはクロの方だろ。
俺は、とっくに卒業しているから大丈夫だよ」
「長老の山を卒業!?」
「うん。いろいろと調べるのに便利だから、住んでいるけどね。
それより、クロの方だよ。
ここで暴れて何の解決になるんだい?」
「どうしたら解決できるってんだよ!」
「説得出来る理由を考えるとか、熱意を見せるとか、暴れる以外の事だよね」
「アオは反対しねぇのか?」
「長老様方も反対ではないと思うよ。
ただ、これまでのクロの態度だと、楽な方に逃げたんじゃないか、とか、ただの思いつきなんじゃないか、とか思われているんだよ」
「う……ハッキリ言ってくれるなぁ」
「クロは、どうして職能を調理師にしようと思ったんだい?」
「ハク兄に美味いモン食わせてやりてぇ。
だから、料理人になりてぇんだよ」
「ハク兄さん限定?」
「いや……兄弟皆……かなぁ」
「それで、長老様方には具体的に、どう言われたんだい?」
「前例が無い」
「うん、確かに」
「蛟で十分な仕事だ」
「これまでは、そうだね」
「王族として、どう公務に生かすんだ」
「まだ有るのかい?」
「いや……ポンポン言われて、あとは覚えてねぇ。
そんで、飛び出しちまったんだ」
「要は、調理師が王の補佐として重要だと示せばいいんだよ」
「重要……って?」
「前例云々なら、俺達の人数だけで十分に前例外だよ。
それだけに、職能の種類が増えたとしても、何もおかしくはないよね?
だからクロが未来の為の前例になればいい」
「おおっ♪」なんかカッケー♪
「調理だけじゃ弱いって事だから、栄養学で博士になれば問題無いだろ?」
「『だろ?』って……オレなんかが博士になんてなれるワケねぇだろ!!」
「なれるよ」
「いや、アオと同じにすんなよぉ」
「でも、認められる為には必要だと思うよ?」
「う……ん」
「勿論、勉強の面倒は見るよ」
「何で……アオが、そこまで……?」
「王の食事を身内が担うのは、とても重要な事だと思うからだよ。
これほど安心出来る事が他に有るかい?
食事は死ぬまでずっと必要なんだよ?」
「あ……そっか……そうだよなっ!
そこだよ! それで説得すりゃ――」
「誰にも有無を言わせない為には、それに、安心して任せて貰える為には、天界一にならないとね」
「ゲッ……」
「それが『前例になる』って事だよ」
「オレが? んな難しい事――」
「出来るよ。クロだからね」
「オレなんかの どこ見たら、んな言葉が出てくんだよ!」
「『なんか』じゃないよ。
クロの力が凄いのは、よく知っているからね。
俺も協力する。
兄さん達の食事を任せられるのはクロだけだよ。
それは、とても大切な事だからね」
「アオ……」マジかよ……
「落ち着いたよね?」
「あ、まぁな。
なんか驚きすぎてワケわかんねぇけどな」
「今は、それでいいよ。
じゃあ長老の山に戻ろう」
「そうだな。
けど、なんで笛なんか持ってんだ?
殴られるのかと思ったぞ」
アオはクロの手を取って飛び始めた。
「ああ、これかい? 調べていたんだ。
聖霊の笛なんだけど『魔笛』って呼ばれているんだ。
だから、その理由とか、吹いたらどうなるのか、とかをね」
「どうなるんだ?」
「元々は癒しの笛だったらしいけど、その効果の副産物が強くなってしまったらしくてね、魂を魅了して吸い込んでしまうようになったらしいんだ」
「失敗作なのか?」
「それはどうだか……
正しく使えれば本来の効果だけを発揮できると思っているんだけどね。
ああ、これは笛だけの話ではないね。
クロも、その力を発揮できれば凄いんだよ」
「……ふぅん」また、んな事を~。
「着いたよ」
「早っ!!」
♯♯♯
こうして、アオはクロが大学に入れるよう、勉強を見始めた。
この頃のアオは、医学博士になったばかりで、薬学の勉強もしており、王族会解体の後処理も大詰めに入っていて、何かと忙しい筈だったが、頻繁にクロの部屋に通っていた。
クロは、勉強嫌いで、サボりまくっていた事を猛反省していたが、一朝一夕に頭に入る筈も無く悪戦苦闘していた。
「アオ~、どうしたら覚えられるんだぁ?」
「覚えたいと思えば入るよ」
「だからぁ、サラッと言うなってぇ」
「そう?
なら、これを読んでみて。
明日の夜まで、それだけね」
本を一冊だけ置いて、アオが立ち上がった。
「おいっ!? 見捨てるのか!?」
「そんな事ひと言も言っていないだろ?
まぁ、読んでみてよ」
「……おう」
クロは アオが置いて行った本を読み始めた。
最初はアオに見捨てられたくなくて――
だが、読み進めるうちに夢中になっていた。
難しくて解らない言葉も多かったが、何故か楽しくなっていた。
翌日、アオがクロの部屋に行くと、既にクロは机に向かっていた。
アオはクロに声を掛けず、寝台に座って薬学書を読み始めた。
深夜、アオが静かに部屋を出ようとした時――
「え!? あ……アオ……来たのか?」
「そろそろクロも寝た方がいいよ」
「んあ? これからだろ?」
「もう夜中だよ」
「ウソだろ……うわっ! マジかよぉ」
時告器を見て大騒ぎだ。
「それ、面白いかい?」
「あ? ああ。なんでだか面白ぇ♪
解んねぇ言葉だらけで読めてねぇんだけどな」
「天性にも合っているんだ……」呟いた。
「ん? 何か言ったか?
なぁ、この本、何なんだ?」
「大学の栄養学の教科書だよ」
「そうなのかっ!?」
「大学に行きたいだろ?」
「行きたい!!」
「だったら、明日から少し方向を変えるよ。
クロは、その方向だけなら覚えられるみたいだからね」
その翌日も、アオが行くと、クロは没頭していた。
「よっぽど気に入ったんだね。
でも、先ずは大学に入らないとね」
「なぁ、アオ。
オレは、まだ高等にも行ってねぇぞ。
先に大学なのか?」
「職能の為には、その方がいいと思うよ。
高等までの全般的な勉強とは違って、専門的な勉強をするんだからね」
「だが、入るには高等の勉強しなきゃなんねぇだろ?」
「クロは今、中等の途中だよね?
そこまでで試験の時、考えて答えを書いていたかい?」
「なんか失礼だなっ」むっ。
「どう?」
「う……いや……」目が泳ぐ。
「勘で埋めていただろ?」
「…………そうだよっ!」
「やっぱりね」
「悪ぃかよっ!!」
「いや、悪いなんて言っていないだろ?
それを利用して、とにかく入学するんだよ。
大学に入りさえすれば、クロは優等生になれるよ」
「はあっ!?」
「大学の勉強だけ、真剣にやればいいんだよ。
クロは料理したいんだからね。
大学入学は認められる為の手段なんだから」
「ん……???」
――――――
大学の勉強は真剣に、で、
大学入試は手段、って……
アオの言う事はイチイチ難しいよな。
でも、大学の勉強は楽しかったな~♪
ずっと行ってたいくらい――「うわっ!」
慌てて立ち上がり、鍋の中を確かめ、下の炎鉱石を掻き出して壺に落とした。
「弱火で煮込むつもりが地獄鍋化させるトコだった……ん。これでヨシッ♪」
再び座る。今度は立ち昇る湯気を確かめながら。
アオは……オレ達の事、どう思って――
いや、それ以前に、だ。
オレ達をちゃんと思い出したのかなぁ。
あの約束を思い出してくれるのは
いつなんだろうな……
でも、昨日は楽しそうに笑ってたし、
これでいいんだよなっ♪
もっとアオが元気に笑えるように
美味いモン作ってやっからなっ!
――――――
オレって……
ホンット何にも解ってなかったよなぁ。
ま、今も解っちゃいねぇけどな。
どうしたらアオが認めて
話してくれるんだろな……
数学やってていいのかなぁ……
「わかんねぇなぁ……」
「何がじゃ? 此度は何処じゃ?」
「あ……もうちょい考える!」
「然様か? ふむ」
桜「じゃあ、アオ兄が、クロ兄の天性
ちょこっと開いたの!?」
青「うん。俺も まだまだだったから、
気づいていないクロの天性を開くのは
大変だったよ」
桜「そっか~♪
ずっと不思議だったんだよぉ。
どぉやったら無自覚なのに
ちゃんと開くんだろ? って~」
青「ちゃんとではないと思うんだけど……」
桜「ううん! やっぱりアオ兄すごぉい♪」
青「いや、そんな事――」
桜「だって! フツー、他人が開いたら
狭くなっちゃうのに、なってないもん!
もし狭まってたら、俺だって
ちゃんと判るもん!」
青「うん……ありがとう、サクラ」
桜「うんっ♪」
どうやら『じゃんけん』に勝ったのは、
サクラのようです。




