砂漠編16-雅剣と玉
いつまでも若いって羨ま――あ、いやいや……
闇が晴れ、高く昇った陽の光に照らされた黒輝の竜が姿を見せた。
「おぉ♪ クロ♪」弾むように駆け寄る。
「クロ様ぁ~♪」背に慎玄を乗せて飛んで来る。
黒輝の竜は、ゆっくり降下して人姿になると、
「遅くなって、すまなかった」
アオが立ち上がるのを支えながら、頭を下げた。
「クロも戦ぅてくれるのか?」
姫の問いに頷くクロ。
「ならば千人力じゃ♪
すぐに紫苑と珊瑚を迎えに行こぅぞ♪」
「そういえば……二人は……?」キョロキョロ
「さっきの狐じゃ……」
「まさか……」
皆、無言で視線を落とす。
「いや……言われてみれば、微かな魔人の気が有ったな……しかし……」
「何をブツブツ申しておるのじゃ。
魔物に姿を変えられただけであろぅ?」
「あ、いや……
妖狐は、魔族の中でも人と親密だったから、もしやと思って――」
「二人が人で有ろぅが無かろぅが、どぅでもよい。友じゃ!」
「……そうだな」
皆、頷く。
「いざ、参ろぅぞ!」
「姫様、お待ち下さい」
数歩 踏み出した姫を蛟が止める。
「アオ様の回復が先でございます」
言われて、アオを見ると、暫く動けそうにない様子。
「洞窟に連れて行くか――」
クロが言いかけた時、
「何か来よるぞ!」
姫が空の一点を指す。
皆、身構えたが、すぐに緊張は解けた。
「フジ様とサクラ様でございますね」
「フジは解るが……
サクラん坊は何しに来たんだ?」
美しい竜達は、降下し、人姿になると、フジは優雅に、サクラは砂地を軽やかに弾みながら近付いて来た。
「薬か?」クロがフジに聞く。
「ええ、それと――」
「ハク兄から、いろいろ頼まれたのっ♪
ソレ持って来たんだっ♪」
「ハク兄が、お前を外に出すって珍しいな」
「ハク兄、天界に行ったから~」
「それでは何の事だか解りませんよ」
フジが笑いながら繋ぐ。
「薬の事で確認したくて、サクラにハク兄様と話をしてもらったのですが――」
「フジ兄からの話をする前に、こんだけ持ってけってバババババッて言われちゃった~」
ガチャっと大きな革袋を背から降ろす。
「届けたら『長老の山に行け』だって~♪」
「フジも行くのか?」
「はい。
キン兄様に、ついて行くよう言われましたので」
「なら安心だ」
「なんで、みんな、そんなふうに言うのぉ?」
サクラがむくれ、クロとフジが笑う。
「天界に行くなら、爺様から仙竜丸を貰って来てくれないか」
「わかりました。アオ兄様にですね」
「ああ、頼む」
「のぅ、また誰ぞ来ておるぞ」
姫が額に手を当て、空を見ながら割って入った。
「珍しい事が続くな……」
「でも、目的地は、ここではないようですね……」
深紅の竜が通り過ぎた。
(アカ兄、どこ行くの?)
深紅の竜が止まる。
(ここだよ~)サクラが大きく手を振る。
深紅の竜が戻って来て、降下した。
が、着地はせず、持っていた何かを落とした。
ずざっ!
大振りの剣が砂に突き刺さる。
「鍛え直しておいた……」去って行った。
「私達を追いかけていらしてくださったのでしょうか?」
「たぶんな。アカらしいわ」苦笑。
クロとフジが、剣に向かって歩く。
サクラは軽やかに弾み付いて行く。
「この剣は、以前、キン兄様が使っていらした――」
「ああ……
でも、力を感じないって、仕舞い込んでたヤツだな」
「何故、アカ兄様は、そのような剣を?」
「並みの剣よりは、ずっと強いさ」
「そういう事ですか……
アカ兄様が鍛え直したのでしたら、尚更、強くなっているのでしょうね」
「あの~」
話し込む兄弟の後ろから、蛟がおずおずと声をかけた。
「あ! すまなかった!
フジ、大至急 頼む!」
「はい。行って参ります」「じゃ~ね~♪」
二人は飛んで行った。
二人を見送った後、蛟は剣を見詰め、剣の至る所に有る半球状の窪みを指でなぞっていた。
「もしかして……」
そう呟くと、袋から岩山の壁に嵌め込まれていた玉を取り出し、窪みの上をなぞり始めた。
「玉の方が随分と大きいよぅじゃが……」
「まぁ、見てようぜ」
窪みが残り少なくなり、蛟が諦めかけた時、窪みの ひとつに、玉が吸い込まれるように収まった。
そして、剣が淡く光る。
蛟は、次々と色とりどりの玉を剣に収めたが、まだ半分も埋まらなかった。
「まだまだ先は長い、といぅ事じゃな」
「そうですね……岩山だけでは足りませんね」
残り少なくなった岩山を目で追って――
「あ……」蛟は、慌てて小屋と池を出した。
♯♯♯♯♯♯
昼食の支度を始めた蛟に、姫が近付いた。
「のぅ、ミズチ――」
「はい?」トントントン……
「退屈じゃ」
「は?」止まる。
「フジは、どのくらい待てば、戻って来るのじゃ?」
「昼過ぎには、なりましょうか――」
ああ、退屈ではなく、落ち着かないので
ございますね……
「むぅ~ 何か話せ」
「何か…とは、何でございましょう?」
「そうじゃな~
アオの兄弟は、皆そっくりじゃが、竜は、人の姿になると、皆あの顔になるのか?」
「ご兄弟だから、でございますよ」
「それにしても、似過ぎておるぞ」
顔だけじゃと区別がつかぬぞ。
「それは――
姫様は双子を御覧になったことは、お有りでございますか?」
人の一卵性の、でございますよ。
「あるぞ」
「同じようなものでございます。
ただ――竜は卵から生まれるのでございます。
母竜が卵を産んでから、孵化する迄の期間が、まちまちでございますので、年齢の差が生じるのでございます」
大きな笊を抱え、水際に移動。
「竜の御子の場合、成長の度合いを人に換算致しますと……
およそ十年で、人の一歳分程の成長を致します。
人姿につきましては、百歳を越えますと、成長が緩やかになるのでごさいます。
百五十歳程から二千歳程までは、ほぼ加齢が起こりません。
竜体は、命あられます限り、少しずつ大きくなられるのでございます」
「あのまま二千年も……」
「はい。
キン様を基準と致しますと、
ハク様は、人で申すなら一歳下。
アオ様、クロ様、アカ様は四歳下。
フジ様は六歳下で、
サクラ様は、十三歳下の弟君という事になるのでございますが、
それ故、キン様もサクラ様も、人姿では然程の違いもないのでございます」
「そんなに間が空くのか!?
そこに十年を乗じるのであろ!?」
「はい。
幼い頃のご兄弟様方が、追うように御成長されるのが、本当に愛らしく――」
「およ?」
「如何なさいましたか?」
「なにやら、ミズチは見ていたかのよぅに話しておるが――」
「見ておりましたので。
蛟族は卵から、全てのお世話を仰せ付かっておるのでございます」
「ミズチは、その頃には大人じゃったと?」
「はい。そうでございますが……」
小屋にアオと慎玄を寝かせ、クロが出て来た。
「クロにも蛟が付いておるのか?」
「ああ。天界で留守番してるけどな」
「さよぅか。どちらの蛟が年上なのじゃ?」
「オレんトコの方がオッサンだよなっ」
「いえ、私の方が少しばかり年上で――」
「マジかよ」「はい」
「そんなに年寄りには見えぬがのぅ」
まじまじ蛟を見る。
「人とは時間の尺が違いますので」
「どのくらい生きるのじゃ?」
「蛟は二、三千年程、
竜は数千年から万年くらいかと――」
「ならば、ワラワの治世くらい、ここに居っても何とも無いな♪」
ニコニコニコ♪
シマッタ~な顔の蛟と、爆笑のクロ。
「クロは婿に来てくれるのじゃろ?」
固まるクロ。
「いや、待て!
コイツは、アオの蛟だから――」
「では、アオを貰ぅてもよいのじゃな♪」
アオ様ぁ、早く起きないと、
大変な事になってしまいますよぉ~
凜「アカ、アオの様子、見たかったのね?」
赤「…………」黙々と作業中。
凜「アカってばぁ」
赤「……感謝する」
凜「へ?」
赤「サクラの事……」
凜「もしかして、倉庫に来てた?」
赤「…………」ごく小さく頷く。
凜「それで、サクラに渡せず……
ごめんなさい!」
赤「謝らなくていい。
……フジにも預けられたのだから」
凜「それじゃ、やっぱり……」
赤「…………」徐々に頬染まる。




