砂漠編13-狐
前回まで:ハクは暫く天界に行ったっきりです。
アオは付き纏う輪を斬り、弾き、防ぎ続けるうちに、皆から はぐれてしまっていた。
姫は?……あそこか。
その近くにいるのは、蛟か……
魔獣に雷が……
なら、紫苑殿と珊瑚殿が戦っているんだな。
慎玄殿は何処に?
とにかく、魔獣の方に向かわなければ!
♯♯♯♯♯♯
魔獣と戦う紫苑と珊瑚も、聖獣を召喚しようとしたが、珊瑚の術力が不足していた。
慎玄が、急ぎ、術力回復の術を唱えたが、その一瞬の隙に、輪が慎玄の右手を捕らえた。
その輪に、じわりと血赤の染みが浮かぶ。
動きが鈍った慎玄に、次々と輪が襲いかかる。
その輪を、飛来した鉄扇が砕く。
慎玄を助ける為、鉄扇を放った珊瑚に向かい、魔獣が跳び、一撃を放つ。
珊瑚は直撃こそ避けたが、叩きつけられ、砂柱が立ち昇り、砂塵が舞い上がった。
砂塵に飛び込もうとする輪に向かって、紫苑が鉄扇を投げ粉砕する。
しかし、輪はすぐに元に戻り、再び放たれた鉄扇を掻い潜った幾つかが、砂塵に突っ込んだ。
慎玄が、動きを封じられた身で、渾身の術力回復を紫苑に放った刹那、珊瑚の悲鳴が響き渡った。
反射的に紫苑が砂塵に向かう。
その瞬間の隙を魔獣は逃さなかった。
紫苑は直撃を受け、砂に叩きつけられ、二本目の砂柱が立ち昇り、砂塵が舞った。
こちらの砂塵にも、次々と輪が飛び込んだ。
「待て」
砂塵の中にいる者を踏み潰そうと、近付いた魔獣に、魔物が命じた。
立ち昇り舞っていた砂塵が消え、現れたのは、輪に戒められ、身動きがとれない三人――
いや、輪に戒められてはいるが、珊瑚が成した念の盾で護られている慎玄と――
二匹の妖狐であった。
「ほぉ…… こちらは御狐殿でしたか」
魔物は笑いながら近付き、妖狐の首に赤黒い輪を嵌めた。
「何故、人や竜に味方しておるのか、聞かせてもらおうかの」
そう言うと、弱々しく足掻く妖狐達をふわりと浮かせ、背後の宙に吊るすように置いた。
「次は向こうだ。
潰すでないぞ。生け捕りにするのだ」
念を押し、アオの方に魔獣を向かわせた。
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砂上の様子を、遥か上空から見詰める目が有った。
何れも、まだまだ力が足りぬようだな。
あの程度の魔物如きに苦戦するとは……
孫達の封印は緩んでしまったな。
いっそ、解くか?
それとも、手助けするか?
ん? あれは……天兎か……
ならば、もう暫し様子を見るとするか……
♯♯♯♯♯♯
「さて、御狐殿、お話を伺えますかな?」
「……狐……とは、誰の事だ?」
「この期に及んで、まだ そのように……
ああ、今は、己が姿も、何も見えぬのですな。
では、それは後程。
さて、残りの誰が、竜なのですかな?
殺さず捕らえたいのでな。
お答え頂けますかな?」クックッ……
「知らぬ……竜など……知らぬ!」雷が迸る。
「危ない、危ない」クックック
魔物は、もうひとつ輪を取り出し、紫苑の手に嵌めた。
「美しいですな……」紫苑の背を撫でる。
「触るなっ!」
「では、もう おひと方を撫でると致しま――」
「赦さぬぞ!!」
「怖い、怖い」クフフフ……
再び、紫苑の背を撫でる。
「しかし、どう抗う おつもりですかな?
正直にお話し頂きましょうかの」クックッ
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アカは、工房の暗室にサクラを横たえた。
「ヒスイ様、サクラをお願い致します」礼。
そして、壁の鏡に掌を当て、術を唱え、暗室を出た。
工房の入口扉が開く。
「アカ、サクラは?」
「砂漠上空で漂っていた。力を使ったらしい」
「そうか……」
「何故、サクラが無理に力を使ったのか、見当が付いているのか?」
「おそらく、ハクが持っている輪であろうな。
長老様方は、あの輪を『竜殺し』と呼んでいた。
それがハクを襲わなかったのは、サクラが封じた為であろう」
「力を使いきっただけならば――」
「何処に行くのだ?」
「アオの所だ。魔物と戦っている」
「では、フジに行かせる」
「フジは、ハク兄の所だ」
「行かせたのか?」
「ああ、ハク兄の剣を預かっていたからな。
代わりの剣を渡しに行って貰った」
「ふむ……そうか」
(キン兄……アカ兄……)
(寝ていろ、サクラ)
(無理をさせたな。休んでいろ)
(ううん……俺がダメダメなだけだから……
おとなしくするから、聞いて)
(ふむ)
(クロ兄が、アオ兄トコ向かってる。
長老様方から、武器もらってるから……
だから、だいじょぶ……)
(武器とは?)
(あの輪、壊すヤツ。竜宝……)
(そうか)
(フジ兄も人界に向かって来てる。
アオ兄トコ行ってもらう?)
(いや、薬を頼みたい)
(ん……そぉ伝えるね)
「アカ、サクラに何か有れば、アオが同調してしまうのだ。
だから、サクラを頼む」
「ふむ」
「では、私は部屋でフジを待つ」
アカは、工房を出るキンを見送り、サクラから頼まれた剣を鍛え始めた。
♯♯ 天界 ♯♯
天界の門近くを、紫を帯びた光が通り過ぎた。
「おお~い、フジ坊~」
「また、行ってしもぅたのぅ……」
「慌てて何処に行っとったのじゃろうのぉ」
「何ぞ、長老の山に取りに行っとったのやも知れんな」
「ふむ。戻って、千里眼を覗くとするかのぅ」
「じゃが、もう暫し休まぬか?」
「そうじゃのぅ~」「うむうむ」
「戻っても、今は安らげんからのぉ」
「そうじゃったな……」
「アレは、どうすれば静かになるじゃろのぅ」
う~む……
揃って目を閉じ、顎に手を当て考え始める。
ここだけは、ゆったりと時が流れていた。
凜「それで、竜の一生って?」
老「儂らを見て判る通り、竜は大きくなり
続けるからのぅ。若いうちに
よく学び、よく鍛えるのじゃよ」
老「孵化して百五十年程で、まずまず成熟。
子も成せる」
老「孵化から二千年程が活動期じゃ」
凜「人姿も、その辺りまでは変化しない
んですよね?」
老「そうじゃよ。以降、人姿も老化が進む」
老「五千を越えたならば、最早、動けぬわぃ」
凜「では、以降は竜体のみですか?」
老「選択肢は無いからのぅ」
老「邪魔じゃろぅがの」笑う。
凜「竜にとって、人姿って……」
老「まぁ、若いうちは普通の姿じゃな」
老「動き易いからのぅ」
凜「じゃあ、人界に紛れ込むためじゃなくて
あれが普通なんですか?」
老「そうじゃよ。天界でも普通の姿じゃ」
老「赤子でも人姿には、なれるからの」
凜「竜体になるのは飛ぶ時くらいですか?」
老「あとは、術や技なんぞで大きな力が
必要な時、くらいじゃな」
老「それと、境界を越える時じゃ」
凜「天界と人界の行来とかですか?」
老「そうじゃ」
老「ま、その境界は、人姿じゃと落ちるわな」
凜「ですね」




