砂漠編9-大岩山へ
実は、人は強いんです。
翌朝――
「お客様方は、これから どちらへ?
北に向かうのでしたら、通路にご案内致しますよ」
蛟が支払いをしていると、宿屋の主人が にこにこと話してきた。
「いえ、西に――」
「でしたら、途中までなら港町への通路ができておりますよ。
東にも南にも途中までなんですけどね」
「いえ、地上を行かねばなりませんので、昨日の階段から出ます」
「地上!?」
昨日も地上から来たんだけど……。
「……魔物に襲われてしまいますよ……」
「魔物を退治する旅ですから」
「へ!? 皆様が!?」見回す。
「はい。そうですが……」何か?
「あ……失礼致しましたっ!
いえね、容姿端麗なお連れ様とご一緒の、眉目秀麗な旦那様方でございましょ?
それと、お坊様方ですので、まさか魔物退治などとは思いも寄りませんでございますよぉ」
ああ、紫苑殿と珊瑚殿を夫婦と見たのか。
お坊様方?
そうか、蛟も『お坊様』なんだね。
笑いを堪えていると、背を突っつかれた。
「アオ♪ ワラワと夫婦じゃと♪」
アオに腕を絡める。
「いや、それは無いだろっ!
紫苑殿と珊瑚殿の事に決まってるだろ!」
振り解く。
「仲の およろしい事で」にこにこ♪
「違っ! あっ、やめろ! 姫っ! うわっ!」
姫は、アオの腕を掴んで弾みながら、引っ張って出て行った。
「お気をつけて、行ってらっしゃいませ~」
皆の明るい笑い声が、二人を追う。
♯♯♯
地下の街から出、一際 高く聳える岩山に向かって歩く。
「いい加減、放してくれないかい?」ぐったり。
「何か問題でも有ると申すか?」睨む。
「いや……歩き難いから……」正直には言えない。
「そのくらい我慢せよ♪」
「あ、クロ――」
「何処じゃっ!?」手を離し、見回す。
嘘だけどね。
「まことじゃ……岩山の上に居るのぅ」
え!?
「何をしておるのじゃろ……」
まさか……ここから見えているのか?
「巡視でございましょう」蛟が答えた。
「さよぅか。竜は忙しぃのじゃなぁ」
アオは、そぉ~っと紫苑と珊瑚の後ろに逃げた。
目の前を、砂兎がピョコピョコと横切っていく。
「普通の兎を見ると、ホッとするのぅ」
姫が後ろを向かなくて、ホッとしたよ。
「助ける事が出来て良かったですよねぇ」
「そぅじゃな。
しかし……ミズチは、本物の魔物と、操られておる動物を如何に見分けておるのじゃ?」
姫は座って砂兎を招く。
「それは……勘……ですかねぇ……」
返事に困りながらも、律儀に立ち止まる蛟。
「魔物の姫様から、一夜で あれほどの話を聞き出せたのも、もはや技じゃと思ぅとるのじゃが、くノ一らに指南してくれるかのぅ」
砂兎達が寄って来た。
「そ、それは……人には難しいかと……そう、人でございますから……はい……」
「さよぅか。残念じゃが、仕方ないのぅ」
兎を撫でながら、
「して、如何に聞き出したのじゃ?」
何故か更に困り顔の蛟。
「……口では説明が難しゅうございます故……」
「まだまだ 歩くだけじゃ。
長くても構わぬぞ」
「いやぁ……それは……その~」
歯切れ悪く、視線が定まらない蛟と、その様子を面白がっている姫の会話は続く――
♯♯♯
列の後方では――
「紫苑殿と珊瑚殿は、アオ殿とは古くからのお知り合いなのですか?」
「いえ、慎玄様と然程の違いもございませんよ」
「然様ですか。
お二人で修行の旅をされていたのですね?」
「はい」
「お話を伺っても よろしいですか?」
二人、視線を交える。「ええ、構いませんよ」
「ご存知の通り、東の国は戦をしておりますので、私共は何度も家を焼かれ、居を移して参りました」
「ひと月程前にも庵を焼かれ……もう、祖父母に護られねば生きられぬ程に幼くもございませんので、祖父母を父の元に送り、旅に出たのでございます」
「私共も国境の山に住んでおりましたが、都に近い北部でしたので、まずは、山脈沿いに南下したのです」
「それで、俺が住んでいた村に?」
「そうですね。
出会えて良かったです」にっこり。
「あ……そうだ。
あの時、家くらいに大きな白い狐が横切ったんだけど、あれも式神なんですか?」
「ああ、ご覧になられましたか……」
「あの狐様は……式神ではございません。
幼き頃より、時折、姿をお見せくださっていたのです」
「庵を焼かれた時も、助け出してくださいましたし、祖父母を送った時も……。
私共は、父の事を知らないのに、狐殿は、よくご存知のようで、祖父母が案内する事も無く、乗せて行ってくださったのです」
「南に向かうよう示してくださったのも、その狐様なのです」
「途中、魔物に襲われた時は、複数で現れ、私共を各々乗せて、逃がしてくださったのです。
それで、はぐれていたのですが……」
「まさか、魔物退治の旅にお誘い頂けるとも、その方と紫苑が共に旅をしているなどとも思いもよらず、紫苑の姿を見て、本当に驚きましたよ」
くすくす♪
「あの時は、必死で声を掛けたんですけど……」
「それが伝わって参りましたので、お受け致しましたのです。
アオ様の後ろで、紫苑も『この方は大丈夫』と申しておりましたし」
にこっ。
「あの時は、私も驚きました。
まさか、アオ殿が珊瑚に声を掛けるなどと……」
アオは赤面して視線を逸らせ、二人は、ころころと愉しげに笑った。
慎玄は微笑ましく三人を眺めていた。
「狐殿は、私共をアオ殿に会わせようとしていたのかも知れません」
「私も……あの町に降ろされた理由が解らず、あの時は困っていたのですが、今は、アオ様と出会う為……そうとしか思えないのです」
「また、現れてくれるかな……」
「現れてくださると信じております」
「俺も話せるかな……お礼、言わないと」
「お知らせ致しますね」
「三人で、お礼を申したいですね」
三人は頷き、微笑み合った。
「善き友は、真の宝でございます」
「はいっ」三人、満面の笑み。
凜「妖狐王様、アオが会いたがってますよ」
孤「時、満ちておらぬ」
凜「消えちゃった~」




