砂漠編7-紫苑と珊瑚
蛟族は、体の大きさが可変です。
崩れてゆく岩山から少し離れて、皆を降ろした蛟は、小屋と池を持って戻ると言って、飛んで行った。
「大丈夫かのぅ……かなり疲れておるよぅじゃが……」
小さくなっていく蛟を見送りながら、姫が呟く。
「夕食の支度は、私が致します。
蛟殿には、ゆるりとお休み頂きましょう」
陰陽姫が微笑む。
「そぅじゃな♪ ワラワも腕をふるうぞ♪
のぅ――うむぅ、やはり不便じゃ」
「どうか致しましたか?」
陰陽師が首を傾げる。
「名は名乗れぬとか申しておったが、呼び名も駄目なのか?」
「呼び名ですか?」二人、顔を見合わす。
「構いませんよ」揃って、にっこり。
「ならば……」う~む……。
姫は、じーっと陰陽師達の瞳を見詰め――
「ならば……紫苑と珊瑚で如何じゃ?」
「姫様、綺麗な呼び名を」
「ありがとうございます」二人、にっこり。
「では、紫苑♪ 珊瑚♪
兎達を助けに参ろぅぞ♪」
上機嫌で兎集めに向かう姫に、皆 続いた。
♯♯♯♯♯♯
その頃、蛟は自分の作業小屋で、二つの見慣れぬ包みを開けていた。
ひとつは、くノ一の弥生からで、万能の軟膏。
もうひとつは、フジからの丸薬だった。
ひとまず丸薬で、魔物の毒気を抜こうと、いくつか口に含んで池に入った。
蛟は水蛇なので、水底で、じっとしているだけでも回復できる。
ましてや、この水は、アオの力が込められた水だ。
回復できない筈が無い。
そういえば、身体のあちこちが痛いですね……。
暫くそうして、少し回復してから野営地を片付け、皆の所へ飛んだ。
♯♯♯♯♯♯
「皆様ぁ~」
「お♪ ミズチ、大丈夫なのか?
今日は休むがよいぞ」
「いえ、私が足止めするなど――」
「問答無用じゃ! 休むのじゃっ!」
「はぁ……では、もう少し北西に、野営地を整え致します」
「どの瓦礫の山にも、兎が居らぬのじゃ。
夜のうちに元気になって、何処ぞ行ってしもぅたよぅじゃから安心せよ」
「そうなのですか?」アオを見る。
「うん。玉の回収だけだからね。
食事の用意も、皆でするから、ゆっくり休んでね」
「アオ様、ありがとうございますぅ」うるっ。
「ミズチ、ワラワも同じよぅな事を言ぅたのじゃが~」睨む。
「あっ……ひ、姫様っ! ありがとうございますっ!」
「ふむ。早ぅ行って休むのじゃ」ふんっ。
「はいっ!」あわあわ飛んで行った。
(アオ兄♪)
(サクラ、兎達は?)
(みんな元気~♪ ぴょんぴょんしてった~♪)
(そう。良かった……)
(うん♪
でね、玉は、この辺りだけ残してるからねっ。
みんなで回収してね~)
(ありがとう。
それなら、皆も手持無沙汰にならないし、蛟も気兼ね無く休めるね)
(うん♪)
♯♯♯♯♯♯
蛟は、再び水底に身体を横たえた。
辺りが暗くなってきたのを感じていると――
「ミ~ズチ~! 夕餉じゃぞ~!」
そろりと水から上がると、姫が水際で仁王立ちしていた。
「ミズチ、いつまで そのナリで おるのじゃ?」
そう言われて、人姿になろうとしたが、なれなかった。
「ま、あまり違わぬから、ワラワは、どちらでも構わぬがな」
よくないですよぉ~。
蛟が困っていると、足首に輪が掛けられている事に気付いた。
表面はツルンとしていて回る余裕すらない。
「これは……?」
その声で、姫も輪に気付く。
「それは……たぶんアレじゃ!
引っ張ったら絞まるぞ!」
姫は、蛟の手を払いのけ、爪で輪の表面をカリカリと掻き始めた。
「ここじゃ! ちとキツいが、我慢せよ」
見えない目印に向かって、両側から輪を縮めるように押し込むと、あっけなく輪は外れた。
一瞬、皆 呆気にとられたが、蛟が慌てて姫に礼を言う。
でも、何故 知っているんだ……?
「アオ達と初めて森で会ぅた時、似たよぅな輪を外して、逃げておったのじゃ」
魔物に捕まっていたんだね?
「引っ張ると絞まるのでな、押し込んでみただけなのじゃ」ぷいっ。
横を向いた姫の視線の先には、人姿になった蛟が居た。
「ひ……っ!!!」バッと立ち、後退る。
姫は両手で顔を覆って、逃げて行った。
「早よぅ、着物を着よ!!」姫の声が響いた。
「軟膏を塗っていただけなのですが……」
苦笑し、作務衣の上衣を着ると、そう言いながら蛟は座り、食べ始めた。
そして、心配を掛けたことを詫びたり、成仏の礼を言ったりしていた。
「魔物が昇天した時、小さな光が追いかけたように見えましたが……?」
珊瑚が慎玄に尋ね、紫苑が頷く。
「鈴から猫らしき魂が出で、女性の魂を追いかけましたな」
蛟は、暫く黙っていたが、
「……あれは……姫と愛猫なのでございます。
ずっと昔に、魔物に攻め滅ぼされた国の……不憫な姫なのでございます。
猫が先に妖魔となり、姫の魂を取り込み、あのような姿に――」
「それは、あまりに憐れな事じゃ。
無念よのぉ……」うっく……わぁぁぁ~ん!
いつの間に戻ったのか、姫が泣いていた。
姫が、ひとしきり泣いた後、蛟は、ぽつりぽつりと話を続けた。
古の姫の国の事。
愛猫ユキの事――
いつしか、誰からともなく掌を合わせ、慎玄の読経とともに夜が更けていった。
♯♯♯♯♯♯
深夜、蛟がまた、池に入っていると、水際に紫を帯びた光が降り立った。
慌てて水から上がり「フジ様っ」控える。
「お静かにお願いします」口の前に指を立てる。
「あ、はい。
お薬、ありがとうございました」
「追加の薬です」袋を渡す。
「私の為に……申し訳ございません」
「当然ですよ」にっこり。
「ですが、私は、お仕え致します身でございます。
それなのに――」
「理由が必要ですか?
……では、アオ兄様をお護りくださっている方ですので。
で、如何でしょうか?」
「それこそ、私の当然の役目でございますので――」
「それでも、有り難くて、嬉しいのです。
それに致しましても……本当に『蛟』殿とお呼びしてよろしいのですか?
兄様方も、そのように徹すようですが……」
「元々は、私の名乗り方が悪かったのでございますが……アオ様のご記憶が戻られます迄は、そのままでお願い致します」
「そうですか……見極めの為なのですね……大丈夫ですよ。アオ兄様の事です。
きっと、早くに思い出されるでしょう」
凜「紫苑、珊瑚、呼び名は気に入ったの?」
二「はい♪」
凜「本当に、陰陽師って名乗れないの?」
苑「それなのですが……」
珊「あまり本名を名乗るべきでないのは」
二「本当なのですが……」
凜「うん……」
苑「実のところ……」
珊「名で呼ばれたことが無いのです」
凜「どう呼ばれてたの?」
苑「御家での、長男、長女を表す」
珊「呼び名で、呼ばれておりました」
苑「御家を離れましたので」
珊「それすら名乗れず」
苑「皆様には、御不便を」
珊「お掛けしてしまいました」
凜「あと、みんなに話してない事は?」
苑「そうですね……特には思い当たりませんが」
珊「笛を奏でるのは好きですよ」
苑「ああ、そうですね」
凜「聴きた~い」
二「あまり期待なさらないでくださいね」
いや……上手いですよ。とっても!
 




