砂漠編6-ユキ
【】は、口で喋っていない台詞です。
神とか魂とかの身体が無い方々とか、物とか……
そんな方々も、たくさん登場します。
アオは咄嗟に防御の構えをとったが、剣を持つ右手を、蛟にガシッと掴まれた。
(アオ様、私は正気でございます。
戦う振りをお願い致します)
蛟の声が頭に響いた。
そして、蛟の記憶が流れ込んでくる――
――――――
夕食の支度をしていると、唐突に声が聞こえ、黒い靄に覆われ視界を奪われる。
浮遊感――
息苦しく、次第に意識が遠退く……――
不意に呼吸が楽になる。
宙を切るような風の感じから、飛んでいるらしい事が判った。
何処に向かっているのでしょうか……?
朦朧としながらも薄目を開けると、視界が明瞭では無いが、夕闇の中に黒い大きな何かが、ぼやけて見えた。
魔物……でしょうか?
黒い者が何か言っているが、聞き取れない。
口に何かが注がれ――
徐々に意識が明瞭になる。
「……クロ様……」
「戻ったな、蛟。すぐ助けるから待ってろ!」
「ありがとうございます。
しかし……いずれ倒さねばならぬ魔物の元に向かっている筈でございます。
このまま……向かわせてください……」
「無茶だろ。改めて挑めばいい」
「いえ……」
押し問答の末、クロが折れる。
「じゃあ、こっちも飲んどけ」蛟の口に注ぐ。
「無理すんなよ。いつでも すぐ行くからなっ」
そう言って 離れた。
蛟は再び黒い靄に沈む――
♯♯♯
蛟は頬に当たる冷たく硬い感触で目を醒ました。
石牢でしょうか……?
ああ、岩山の内側の一室ですね。
戒めがキツく、痺れもあって身動きがとれない。
何度か女が来て、その度に甘ったるく、ヌルリとした何かを飲まされた。
何を飲まされているのかは判りませんが、
クロ様から頂いた薬が効いているようですね。
痺れが薄れてきたので、戒めの具合を見ようとして、やっと自分が人姿でないことに気付いた。
あれを解くとは……
かなり強い魔物のようですね。
飲まされているものは何でしょう?
毒ではなさそうですが、
効果も判りませんね……。
懐いた振りでもしてみましょうか――
次に女が来た時、蛟は眠った振りをした。
女は膝に蛟の頭を乗せ、ゆっくりと優しく蛟の頭や背を撫でた。
蛟は目を開け、潤んだ瞳で女を見上げ、
「きゅ~」と甘えた声で鳴いてみた。
女は、たいそう喜び、戒めを解き始めた。
そして、まだ身体の自由が利かない蛟を抱き上げ、女は居室に向かった――
――――――
ここで蛟が離れ、体勢を整え、再度 咆哮を上げ、向かって来た!
再び、アオの手首を掴む。
(アオ様、陰陽師様方の方に飛ばして下さい)
アオに飛ばしてもらった蛟は、飛び交う御札を掻い潜り、今度は、陰陽師達の腕を掴んだ。
(女の前には、見えない盾が有ります。
攻撃する時には開きますので、髪の鈴に雷を撃って下さい。
では、慎玄様の方に弾き飛ばしてください)
次は、岩陰に隠れている慎玄に尾を当て、体勢を立て直す振りをする。
(魔物の後ろに回り込み、陰陽師様方の雷で、魔物が体勢を崩したならば、魂の浄化をお願い致します)
そして、もう一度、アオに襲いかかった。
アオと組んだまま動けない蛟に、魔物は、
【まだ、力が足りぬかえ? 待ちやれい】
蛟に向かい、赤黒い塊を放った。
赤黒い塊は、蛟の背に吸い込まれ、蛟は咆哮を上げ、一回り大きくなる。
魔物は、陰陽師や姫に、炎で攻撃しながら、塊を次々と蛟に放つ。
「ワラワのミズチに何をするっ!!」
姫が、炎を掻い潜って、斬りかかった。
【妾のユキじゃ】
ギロリと睨み、更に強大な炎を放つ。
キンッ! 【ああっ!】
炎を避けた姫の刃が、偶然 鈴に当たり、魔物が後退った、その時、陰陽師達の雷が鈴を割った!
よろけた魔物の背後に、慎玄が立ち上がった。
「悉皆成仏!!」
魔物は白炎に包まれ、その姿が薄れていった。
凶悪な表皮が剥がれ、白炎に焼かれ消える。
その内から、古の装束を纏った、儚げな女性が現れた。
【悪うはない気分じゃ……ユキ……】
穏やかな表情で、蛟に向かって手を伸ばす。
蛟が近くに寄ると、その頬を撫でながら、
【束の間……ほんに幸せじゃったぞよ。
ユキ、幸せを――――】
言葉は続いているようだったが、あとは聞こえなかった。
微笑み、蛟を抱きしめると、かすかな影は光の粒となり、天に昇った――
……静寂……――
舞うように昇る光の粒を追い、天を仰ぐ――
――ん? 天!?
「崩壊が始まっております!
皆様! お乗りください!」
身体を大きくした蛟は、皆を乗せ、岩壁に空いた穴から外へと飛び出た。
蛟の手には、岩壁の玉が、しっかりと握られていた。
岩山は、崩れながら砂に還っていった。
飛び去る蛟を見送っていたクロは、
「やるなぁ、アイツら。
んじゃ、ハク兄に頼まねぇとな」
洞窟へと飛んだ。
その、更に上空から見ていたサクラは、蛟を追って飛んだ。
♯♯ 竜ヶ峰 洞窟 ♯♯
「ふむ……では、蛟殿は無事なのだな?」
「ああ、皆を乗せて飛んで行ったよ。
それでも、妙なモン飲まされたり、込められたりしてたから、ハク兄が戻ったら診てほしいんだよ」
「解った。伝えておく。
無事ならば、これを蛟殿に渡して欲しい」
「何だ? これ……」
「それが有れば、天界の千里眼から、アオ達の様子を見る事が出来る。
長老様方が心配しているのでな」
「ん。解った」
「クロ、アオ達は、今、この辺りなのだな?」
キンは地図を広げ、一点を突いた。
「そうだな……その辺りだ。
そこから、北の方に飛んだよ」
「そうか。この砂漠の中央付近、ここに宿場街が有ったのだが、今は廃墟だ。
その、すぐ西に最も高く、大きな岩山が有る。
そこを偵察して欲しい」
「解った。廃墟の西だな?」
「行けば判る」
「ん。じゃ、行ってくる!」
「ひとりでは突っ込まぬ事、それだけは守るように」
「解ってるって~ 行ってきます!」
クロは元気よく、キンの部屋を出て行った。
「では、キン兄様、追加の薬を作ります。
回復と解毒で、よろしいでしょうか?」
「フジに任せる。
私より、ずっと詳しいのだからな」微笑む。
凜「ユキとして、あの妖魔に何したの?」
蛟「えっ!?」
凜「すっごく仲良くなってたよね~」
蛟「いや……それはですねぇ……」
凜「それは?」
蛟「申せません!」
凜「どうして?」
蛟「そ、それは……」
凜「R15じゃ足りないから?」
蛟「いやっ、そのっ! あのっ!」
凜「うん。蛟は大人だもんね~」
蛟「あの……勝手に……そのような……」
凜「じゃあ、言ってみよ~♪」
蛟「無理でございますからっ!」




