仁佳城4-姫の軟膏
仁佳城奪還、本番です。
仁佳城内へと進んだアオ達は、敵を欺く為、複雑な構造になっている通路には沿わず、隠し部屋を突っ切りながら、文字通り、真っ直ぐ奥の玉座の間へと向かっていた。
途中の広間で、姿が見えない筈の紫苑と珊瑚の前を塞ぐように、偽皇太子が立ちはだかった。
姫とクロは、皇太子を押し留め、物陰に隠れ、様子を窺った。
「おのれ妖怪! この城を汚そうというのか!
成敗してくれようぞ!」
槍を構え、紫苑と珊瑚に向かって突進した。
――が、
はっきりとは見えていないらしく、空振り。
構え直した槍に雷が落ち、失神した。
珊瑚が念網で包む。
(クロ兄、持ってってよ。
姿消してる俺達が持つの変でしょ)
(しゃーねぇなぁ……)
「何奴!」
今度は後ろから、第三皇子・智徳――の偽者。
その視線は、前方にいる本物の皇太子を捉えた。
「先程の御声は、如何したのですか?」
アオとサクラの間を、皇太子へと駆け寄って行こうと――
(俺達、見えてないんだ~)(それなら)
二人、両側から、(帯を掴んで~)ぽいっ♪
「うわわわわっ!!」
すぽっ!
紫苑と珊瑚が広げた念網に入った。
「やれやれ……」クロは、これも背負った。
途中で現れる兵達を、念網や相殺で包みながら、ずんずん進んで、中庭。
建物は周りを囲んでいて、広い中庭は八角形になっていた。
中庭の向こう、真正面が、奥の玉座の間だ。
紫苑と珊瑚が中庭を駆けているのが、揺れる木々の枝や草花で分かる。
中央の噴水が有る池を跳び越えた時、上から大きな網が降ってきて、紫苑と珊瑚は捕らえられてしまった。
「お兄様、曲者を捕らえましたわ!」
皇女・真蓮――の、これまた偽者が、嬉しそうに駆け寄って来る。
「魔網ですので、逃げられませんわ♪」
「どうやら、本物じゃとは分かっておらぬよぅじゃな」
「そうらしいな」
「少し話してみては如何か?」
「賛成だ」「はい」
姫とクロは、皇太子の左右後方に下がった。
「お客様ですの?」にこにこ♪
「ああ、中の国の姫様だ」
「まぁ♪
中の国は、仁佳のお味方をしてくださるのねっ♪
ようこそ、お越しくださいました」
可愛くお辞儀した。
「真蓮、まだ、これから交渉するのだ。
自室で話したいから、後でな」
「はい、お兄様♪
姫様、どうぞ宜しくお願い致します」
頭を下げたまま見送る皇女の前を通り抜け――
クロが、高~く投げ上げていた二つの塊を受け止めた時、
皇女が姫に襲いかかった!
が、クロの動きの方が速かった。
姫と皇女の間に入り、皇女の正面から懐刀を風の刃で粉微塵にしたところに、姫が皇女の後ろに回り込み、手刀を打った。
(姫、か~っこい~♪)(更に速くなったね)
その向こうで、護札の文字が紅く浮かび、魔網が消え去り、紫苑と珊瑚が立ち上がった。
「何やら騒がしいようですが――」
第二皇子・優徳――の、シツコイけど偽者が、背後から現れた。
(これで、御子様役は揃ったね)(だね~♪)
偽者がアオとサクラの間に達した時、二人は、襟首を掴んで、紫苑と珊瑚の方に投げた。
「ああぁぁあっ!!」
すぽっ!
玉座の間、入口扉前に達した。
(もう、姿消しとく意味ねぇだろ)
(いや、もう少し、このまま)
(じゃあ、この塊、何とかしてくれよ)
(自分で曲空して、外の誰かに頼んでくれ)
(あ、そっか。行ってくる!)
消えたと思ったら、身軽になって現れた。
(フジに預けたっ♪)
(行こう!)
「皇太子、如何した?」
「皇帝陛下に、お目通り願いたい!」
「病ゆえ、それは叶わぬ」
「直接 話さねばならぬ事なのだ!」
「お前……まさか……
出合え! 曲者じゃ!
皇太子の名を騙る曲者じゃっ!!」
しかし、皇后直属の護衛しか現れなかった。
皇后は舌打ちすると、闇の穴を穿った。
溢れ出た魔物は、アオとサクラが引き受け、空へと誘導し、
護衛兵達は、紫苑と珊瑚が念網で捕獲した。
「皇后の名を騙る曲者よ!!
皇帝をどこに隠した!!」
偽皇后はフンッと鼻で笑い、闇の穴へ入ろうとした。
もちろん、素早いクロと姫に両腕を掴まれ――
ならば反撃、と術を唱え始めた所を、姫の召喚竜に襲われ、炎を浴び、闇黒竜の姿を露にした。
護衛兵達を忍頭に預け、ちょうど戻った紫苑と珊瑚が、闇黒竜に念網を掛けた。
「皇帝はどこだ?」
「聞いても無駄なのじゃろ? ならばじゃ」
姫がニヤリと笑って、懐から何かを取り出した。
「何だよ、それ」
「人には、ただの軟膏なのじゃが――」
指先に、ほんの少し付けて、クロを触る。
「痒っ!! 何だ!? うわっ! 痒いっ!!」
「見て解ったじゃろ?
竜には とんでもなく痒いよぅなのじゃ」
闇黒竜に向かって言い、その足の裏を撫でる。
とたんに闇黒竜が悶絶し始めた。
「話せば洗ぅてしんぜよぅぞ♪」
「姫っ! これを洗ってくれっ!!」
「あ……そぅじゃったな」ふふんふんふん♪
「あ~~、死ぬかと思った……」ぐったり
「十数えるうちに話さねば、他の箇所を撫でるぞ。
ひと~つ、ふた~つ――――と~お」
姫は軟膏を掬い、網の目から適当に指を入れ――
あ! そこは――
闇黒竜は激しく悶絶し、泡を吹いて気絶した。
「あれ、鱗じゃ防げないんだよ~」
「知っているのかい?」
「切傷にね。で、大騒ぎ!」
「それじゃ……御愁傷様だな……」
「皇后やってたのも、男だったんだね~」
「女性も大変だと思うけど……」
「そぉなの?」
「知らないけどね」
「でも、あれは……敵だろうが同情するよ」
「だね~ あはは……」
天竜王子達が合掌していた。
「なぜ合掌しているのですか?」フジが来た。
「フジ兄、姫の軟膏、何が入ってるの?」
フジが軟膏に手を翳した。
「ああ、これは、竜にとっては――」笑いだした。
「その拷問で気絶してしまったのですね?」
「洗浄してあげて~」続きは耳打ち。
フジは苦笑しながら洗浄した。
「姫様、竜にとりましては、命にも関わります。
鱗など、ものともせず通しますので、悪戯は、決して、なさらないでくださいね」
「そんな凄い毒になるのか?」
竜達、真剣に頷く。
「クロ、すまなかったのぅ」
「大丈夫だよ。あのくらい」
「しかし、知らぬとは申せ――」
「いいからっ、もう何ともねぇから」
クロは、姫の手を取って、皆から離れた。
アオは、闇黒竜に軽く光を当て、気付かせると――
「悪かったね。
場所に関しては、悪気など無かったんだ」
「もう、洗浄しましたので、大丈夫ですよね?」
闇黒竜が、おずおずと頷いた。
「こちらの皇帝陛下は、どちらに?」
闇黒竜は、暫く押し黙っていたが、ひとつ頷くと、網の中でもそもそ動いた。
小さな闇の穴が開きかけて止まった。
皆が身構え、待っていたが、何も現れる様子は無かった。
サクラが覗き込んだ。
「人が いるよ~」穴を拡げた。
「父上っ!」皇太子が穴に駆け込んだ。
アオも入り、父子を連れ出した。
サクラが仁佳城の中庭で池を覗き込んでいた。
桜「姫~♪ 見て見て~♪」
姫「サクラ、池で何をしておるのじゃ?」
桜「ほら~♪ 亀さん♪」
姫「それが如何したのじゃ?
ただの亀じゃろ?」
桜「小さくて、かわいいよ~♪」
姫「普通じゃが……」
桜「そぉなの?
天亀は、この池より大きいよ♪」
姫「ならば此は小さいのぅ」
桜「でしょ♪
それに、こ~んなに いっぱ~い♪」
姫「確かにのぅ。沢山おるのぅ」
桜「天亀、ひとりしか知らないんだ。
翁亀様って、とっても物知りなんだよ♪」
姫「然様か。それは寂しいのぅ。
ん? 話せるのか!?」
桜「うん♪ 今度、会わせてあげるねっ♪」
姫「うむ♪ 楽しみにしておるぞ♪」
桜「うんっ♪」
 




