仁佳北1-東の軍
さて、馬車は――
その前に、合流直前の紫苑と珊瑚のお話です。
♯♯ 仁佳 北部 ♯♯
紫苑と珊瑚は、ハザマの森に在る狐の社から、馬車に戻る途中であった。
上空を伽虞禰の国から、仁佳の国へと、妖狐の姿で宙を蹴り、跳んでいると――
「紫苑、あの軍旗……」
「東の国ですね。様子を窺いましょう」
式神を飛ばした。
上空で、式神達が見ている光景を確かめる。
「まさか……父様が……」
「軍師……でしょうか……」顔を見合わせる。
二人は、東の国の都で陰陽師頭をしている筈の父の姿を、軍の大将の傍に見た。
式神を近付けると、父は、それと気付き、大将から離れ、物陰に身を隠した。
父を追って、紫苑と珊瑚が降り立ち、人姿になると――
「桜華……いや、ひと乃なのか?
ならば、壱彌か?
二人共、無事であったか……良かった……
しかし、何故ここに……?」
「それは、こちらが聞きたき事」
「父様こそ、何故このような場所に?」
「軍師として遣わされた……それだけの事」
「陰陽師頭ともあろう方が」
「直々に、ですか?」
「進言がお気に召さなかったのであろう。
お前達は、妖狐の血が目覚めたのだね?」
「私共は魔物と戦っております」
「その戦の中、母の血が目覚めました」
「今は、母の元より」
「仲間の元への移動の途上でした」
「そうか……
母とも会い、仲間とも出会うたか……」
「はい。ですので、御家におかれましては」
「私共の事は、元より無き者とし」
「弐彌を正式な後継となさってください」
「壱彌……」
「その呼名は、弐彌にお与えください。
今は、紫苑と呼んで頂いております」にっこり
「ひと乃は……?」
「珊瑚でございます、父様」にっこり
「この、仁佳との戦は、魔物により誑かされ、起こったもの」
「戦場より人を拐い、魔物兵と化し、人の世を襲う。
既に、そのように利用されております」
「ですので、私共は仲間と共に、この戦を終わらせるべく、帝都に向かっているのです」
「この軍も、お退き頂きますよう」
「お願い申し上げます」
近付く足音に、紫苑と珊瑚は姿を消した。
「軍師殿、こちらでしたか」
「補給頭殿、何用にございますか?」
「主軍よりの支給の品が届きましたので、お確かめ頂きたく、お探し致しておりました」
「そうですか……では、参りましょう」
紫苑と珊瑚は姿を消したまま、二人に付いて行った。
荷馬車の列の中に禍々しい気を感じた紫苑と珊瑚が、発している木箱を積んだ荷馬車に近寄った時、大将が来るのが見えた。
「わざわざ、このような場所に、如何なさいましたか?」
「勅命を受けたのだ。六の荷は、どれだ?」
補給兵達が慌てて探す。
「六の荷、こちらでございます!」
禍々しい気を放つ木箱が、次々と荷馬車から下ろされる。
大将が蓋を開けさせた。
やはり、あの環か!!
「勅命とは大仰な……」大将が唖然としている。
「如何な命にございますか?」
「これを、皆、身に着けよ、と……
この環は何か特別な物なのか?」
「私も初めて拝見致す物にございます。
しかし……何やら不穏な……」
いや……本当に見た事は無いのか?
この感じ……
私は、この環を知っているのか?
大将が環を手に取ろうとした。
「触れてはなりません!」
紫苑と珊瑚は思わず叫び、御札を放った。
御札が環に触れ、暗紫色に変わる。
数が多過ぎて、消す事が出来ませんか……
「お前達……」
「何奴だ!?」
「失礼を致しました。私の子にございます」
「という事は陰陽師か?」
「はい。
私より遥かに強い力を持っておりますので、密かに同行させて頂いておりました」
「ふむ……」訝しげな視線を向けながら、
「軍師殿の供よ、これは何だ?」環を指す。
「その環には、呪が掛けられております」
紫苑は言葉を選んだ。
「帝よりの賜り物であるぞ!」
「それ故、何者かが妬み、呪をかけたのではないでしょうか」
父は軍師として解釈を添えた。
「それならば……有り得るか……
では、如何にすればよいのだ?
勅命に従わぬ訳には参らぬぞ」
「呪を祓うまで、お待ち頂きとうございます」
「私共にお預けくださいませ」
「祓うのに、どのくらいかかるのだ?」
「まずは、気を高められる場所にて、詳しく見なければなりません」
「その後の返答で、よろしいでしょうか?」
「この二人が、このように強く申すなど、滅多な事ではございません。
おそらく、触れれば、この軍が全滅する程の呪でございましょう。
お待ち頂く事、叶いませんでしょうか?」
「全滅など、させられる筈がなかろう!
存分に! 速やかに! 完璧に祓え!!」
「畏まりました」三人、礼をして大将を見送る。
「誰も近寄らせるな!」
大将は補給頭に怒鳴って去った。
珊瑚は木箱を見張る為に残り、紫苑は光の矢となり、馬車へと急いだ。
「この環は、本当は何なのだ?」
「これは竜血環。人が触れると、魔物にされ、操られてしまいます」
「そのような恐ろしい物が……」
「既に、仁佳では多くの人々が被害に遭っております」
珊瑚は父に、天界や魔界の話をした。
「竜を見たという噂は耳にしていたが……
まさか本当に――」
目の前に、色とりどりの竜と紫苑が唐突に現れた。
竜達は人姿になると、手袋を着け、木箱を軽々と担ぎ、環を壺へと移し始めた。
「共に戦っております仲間でございます」
「竜と共に……妖狐ではなく……」
「はい♪
もちろん、妖狐の皆様も、ご協力くださっておりますよ」
「全部、入りおった……消えおった……」
紫苑が近付いて来た。
「一刻程、お待ちくださいとの事です」
待つ間、紫苑と珊瑚が、母の事などを話していると、天に闇の穴が穿たれ、魔物が噴出した。
二人は妖狐になり、中空に念網を張り、上空へと駆け昇り、御札を放った。
御札に当たった魔物が、人に戻り、落ちる。
はたまた消え去る。
瑠璃と綺桜の竜が現れ、空が輝きに満ち――
沢山の人々が、念網に受け止められた。
妖狐が念網を地に降ろし、竜が人々を光で包んだ。
現れた者達が、その光の半球に入り、水を配り始めた。
東の国の兵士達は、その一部始終を見た。
そして、一人 二人と、恐る恐る半球に近寄り、光の中に入り、水配りを手伝い始めた。
妖狐が跳んで来て、人姿になる。
「あの環に触れると、あのようになるのです」
「あの人々は……?」
「すぐに元気になられます」にこっ
「しお~ん! さんご~! 手伝ぅてくれ~!」
「呼ばれておりますので♪」
二人は嬉しそうに駆けて行った。
大将が慌てた様子で駆けて行く。
元に戻った者の中に、大将に似た男が居た。
大将は駆け寄り、背を支え起こした。
「兄上っ! お気を確かにっ!」
「これを飲ませれば治るぞ♪」
大将は、目の前に差し出された瓶から、その手を辿り、顔を見て――
「貴女様は、もしやっ!!」
「苦しゅうない♪ 早よ飲ませよ♪」
そう言って、少し弾みながら去って行った。
凜「『壱彌』と『ひと乃』が、御家での
呼び名だったのね?」
二「はい♪」
凜「意味とか、あるの?」
紫「主家の長男、長女という意味です」
凜「じゃあ、弐彌は弟さん?」
珊「母が違いますが、弟です」
紫「祖父母を送った時に、姿は見ました」
凜「そっか。離れて暮らしてたんだよね」
紫「接する事は生涯無いと思っておりましたが」
珊「この旅が終わったら会ってみるのも」
紫「よいか、とも思うようになりました」
凜「うんうん。きっと、いい人だよ。
お父さんに似て」
二「はい♪」




