婚約へ2-フジの求婚②
リリスの涙の意味は……?
リリスは無言のまま、フジを見詰め、ただ涙だけが流れ続ける。
(……すみません)
フジは絶望感で目を閉じ、唇を噛んだ。
「そうですよね……当然です。
騙して……すみませんでした」
フジは深々と頭を下げたまま動けなくなった。
後悔が怒涛のように押し寄せ、呑み込まれる。
涙が溢れる前に出て行かないと……
目を閉じたまま、体を起こしつつ背を向けた。
その時、空龍と雪希が、リリスの背を優しく押した。
リリスがハッとする。
「……違ぅ、違うのっ! 待って!」
背を向けたままのフジに駆け寄る。
「私……時々、悲しそうな……辛そうな目をしているの、気づいてたの。
それ……私が苦しめてたのね……」
フジが首を横に振る。
「いえ、全て私が悪いのです。
貴女は何も悪くない。
勝手に御自分を責めないでください」
「責めて当然でしょ!?
確かに、私……ずっと逃げてたもの!
あの目にも……
気づいていながら、聞くのが怖くて……
いなくなってしまいそうな気がして……
気づかない振りをして逃げてたの!
だから……もう逃げない!
それなら……
これからは何でも話してくれる?」
「えっ? 今……何と……?」
「もう、逃げたりなんかしませんから、これからは、隠さず、お話しください!
二度と、苦しめたくなんかないから……」
「……これからが……あるのですか?」
「私なんかで……本当に……いいの?」
外套が翻り、ふわりと二人を包む。
「リリスでなければならないんです」
(ずっと一緒に居てください)
(はい。ずっと一緒に居させてください)
(離しませんからねっ)
(離れませんからねっ)
(リリス……)(フジ……)
やわらかく、心地よい、静かな時が流れる。
ゆっくりと少しだけ顔を離し、見詰め合い、微笑み合う――
あっ!!
二人は慌てて体を離し、見回した。
いつの間にか、空龍と雪希は居間から出ていた。
♯♯♯
隣の部屋で空龍と雪希は、慣れない服に袖を通しながら、二人の幸せそうな笑い声を聞いていた。
「今後、ご同席頂きます儀式には、このような御召物を御着用頂きます。
都度、お手伝いには参りますので、御心配なく」
魁蛇が衝立の向こうで、女中に手伝ってもらっている雪希にも聞こえるよう説明していた。
空龍と雪希が着替え終わり、居間に戻ると、リリスとフジが並んで座り、微笑んでいた。
「お父さん、お母さん、背中押してくれて、ありがとう。
その服とっても似合ってるわよ♪」にこっ♪
「あの……まだ、お話があるのですが……」
「どうぞ」三人、にっこり。
「こちらは後日また改めて、と思っていたのですが、
たった今、隠し事はしないと誓いましたので、簡単に。
先程、リリスさんから私の年齢を尋ねられました。
竜と人とは、生きる長さが違います。
天界と人界では、時間の流れが少し異なりますし、
成長の仕方も異なりますので、ご理解頂き易い説明は難しいのですが……
私は、人界の時間で二百年と少し生きています。
身体的年齢を人に換算すると二十歳くらいらしいです」
「……想像が追いつかないわ……」
「そうですよね。
竜は、天界の時間で数千年から一万年ほど生きます。
人界ですと七、八千年ほどでしょうか。
人に、どのような術や薬を使っても、三百年が限界です。
ただ、竜人となれば、竜と同じように生きる事が出来ます。
もちろん加齢の仕方も竜と同じです。
ただし……
竜人は人界には行く事が出来ません」
「竜人って……見た目は変わるの?」
「いえ、竜の人姿と同じ、人のままです。
あ、見た目は変わりませんが……
あの……子供が……
人と竜の間の、半分半分では――
その……赤子ではなく……」恥ずかしさ全開~
お、落ち着いて、きちんと説明しなければ!
ひと呼吸。
「人のような赤子ではなく、完全な竜として、卵から生まれます」
「私……卵を産むの!?」言ってから赤面。
「竜人になれば、です」つられて、また赤面。
四人とも暫し沈黙……
コホン。
「でも、この件は急ぎませんから、
ゆっくり考えてください」にっこり、が固い。
「それと――」
「まだあるの?」笑う。
「ええ。
婚約から婚儀の間に妃修行があります」
「えっ!?」リリスが固まる。
「あっ!
でも、そんなに大変ではありません。
王妃ではありませんのでっ!」焦る、焦るっ!
リリスの顔を覗き込みながら、また泣いてしまうのではないかと、恐る恐る続ける。
「あの……
難しい事では無く、この国の文字や、歴史や文化を勉強したり、それと、お茶の作法とか……」
「うん……」
「あっ、舞踏も!
舞踏なら得意ですよねっ♪」
「舞踏なら……」フジと踊るためなら……
「ちゃんと教えてくださいますから大丈夫です。
ひとりで頑張らなくていいですから。
私がいますから」にっこり
「はい。
フジと一緒にいるためなら……私、頑張ります!」
そして、フジは改めて婚約申し込みの口上を全て述べ、誓いを立てた。
空龍と雪希に異存など有る筈も無く、すんなり終わった。
ただ、
「フジ♪ もう一度お願い♪」にっこにこ♪
「えっ!?」真っ赤。
「だって~、今日しか聞けないんでしょ?」
「『今日』って……」
普通、一度きりの言葉ですけど……
「ね?」にこにこ♪
フジは空龍に助けを求める視線を送ったが、空龍は微笑んでいるだけで、雪希も同じで――
恥ずかしさが爆発しそうになりながら、フジは、もう二回、誓いを立てたのだった。
そんなこんなあったが、フジの心は充たされ、安堵から少し余裕も出てきた。
「早速なのですが、真っ先に行きたい場所があるんです。
ご一緒にお願い出来ますか?」
居間を出ると魁蛇が待ち構えていた。
「リリス様、御召し替えを……」恭しく礼。
「では、私は外でお待ちします」フジも礼。
リリスの着替えを待ち、親娘が庭に出ると、藤紫の竜が待っていた。
「先ずは、お墓参りに。
その後で屋敷に向かいます」
フジは三人を乗せ、ゆっくり浮き上がると、慎重に竜骨の祠へと向かった。
「やっと竜に乗れたわ♪」
「お母さんっ、恥ずかしいから、はしゃがないでっ」
「だって、この前は車椅子だったでしょ?
やっと直接なのよ♪」ぺたぺた♪
「喜んで頂けて嬉しいです♪」「もうっ」
「雪希、そんなに覗き込んだら、落ちてしまうよ」
空龍が優しく笑いながら言う。
「お父さん、止める気ないでしょ」笑う。
背で楽しんでいる親娘の笑い声に包まれ、幸せいっぱい抱きしめて藤竜は飛んだ。
(護竜甲殿、展開お願いします)【はい♪】
♯♯♯♯♯♯
(アオ、サクラ、眠っていたのか?)
(あ、いえ、起きています)
(書面 読んでた~)
(そうか。そちらの進み具合は、どうだ?)
(順調ですよ、キン兄さん)
(フジ兄も、いい感じ~♪)
(そうか。ならば、昼前にフジの屋敷に向かう。
母上の代わりに署名すればよいのだな?)
(はい。王太子も可でしたので、お願いします)
(解った。では、また後でな)
(はい)(は~い♪)
「アオ兄?」覗き込む。
「うん、大丈夫だよ」にこっ
「もしかして……」
「うん。何か開いたみたいだね」
「ん♪ あとで確かめよ~♪
そろそろ、コレ運んどこ~♪」書面の束~♪
「そうだね。
前王の署名を待つ間、竜宝達の話を聞こうか?」
「うん♪」
凜「アオ、大丈夫?」
青「大丈夫だよ。少し驚いただけだから」
凜「そう。じゃ質問~♪
どうして天界と人界の時の流れが違うの?」
青「異空間との接点が絡んでいるらしいんだ。
まだ解明されてはいないんだけどね」
桜「今の人界には、異空間との大きな接点が
無いんだよ~」
青「異空間には『時空の間』が有って、
三界は、その流れに乗っているらしいんだ」
桜「だから、大接点が無い人界は、
時の流れが、ちょっとだけ ゆる~いの」
青「でも、普段は全く気にならないよ」
桜「あとは、ハザマの森が、時々
進めちゃうの~」
青「うん。戻るより、進める事が多い
らしいんだ。しかも天界だけをね」
凜「不思議だね~」
桜「まだまだ わかんないコトだらけ~」




