仁佳東10-黒猫の呪
馬車は……進んでいませんね……
翌朝、アオとサクラが馬車に戻ると、眠っている姫を、クロが心配全開で抱きしめ、供与していた。
(サクラ……大丈夫なのか?
無理させちまってスマン)供与続行中!
(クロ兄、俺 だいじょぶ~)姫に掌を翳す。
(アオ兄、確かに何かあるし、何か変だよ。
コレは……)
翳していた掌をアオの鳩尾に向ける。
似てる……けど……姫の どこだろ……
(ハク兄、そろそろフジ兄と交替する?)
(ああ、森に来たところだ)
(うん)(アオ兄、ハク兄に、せ~のっ)
――タツの家の裏。
ハクと交替したフジに駆け寄った。
(フジ兄、アメシス様 呼んで欲しいんだ。
姫を見て欲しいんだよ)
(分かりました)
アメシスが現れた。
(アメシス様、アオ兄の『傷』見えますか?)
【はい。鳩尾に有る傷ですね?】
(そうです。姫にも同じような感じが有るので、見て頂きたいんです)
【解りました。参りましょう】
馬車へ――
【確かに……掌に小さな傷が有りますが……
少し異なりますね……
この傷は、私も初めてです】
(塞ぐ事は出来ますか?)
【先に、中に潜む闇の欠片を滅しましょう】
(これは、闇の欠片というのですか?)
【初めて見るのですね?】
(はい。これは何ですか?)
【魔王の配下にとっては『闇の加護』。
魔王の闇の力を強め、闇の術の源となります】
(ということは、この欠片が成長すると、魔王の闇に囚われてしまうのですね?)
【そうです。
ですから、浄化を急がねばなりませんが……
その前に――
サクラ、魔王の闇に触れましたね?
その影響で、悪しき闇が拭いきれない程に強く纏わり着いています。
無理せず、アオの力を借りて、確実に打ち消しなさい】
(はい。ありがとうございます)
(どう浄化すればよろしいのですか?)
【この方の浄化の為にも、二人の光の力を出来得る限り開きます】
アメシスはアオとサクラを、紫を帯びた光で包み、術を唱えた。
この光……ヒスイに似てる……
すっごく安心できる……
神様の光って、みんな こうなのかな……
【続けて、浄化の術を流します】
術の文言が、つらつらと流れ込む。
流れが止み、アメシスが微笑んだ。
【始めましょう】
(はい! よろしくお願い致します!)
【闇の瘴気を取り去る方法は、間違ってはおりません。
ただ、その後の浄化をしっかりと行ってください。
闇の欠片は、闇に堕ちぬよう、光で滅します。
決して闇を使ってはなりません。
瘴気の除去はサクラにしか出来ません。
ですので、ここからはアオが行ってください】
二人、頷く。
【闇の力で瘴気を吸着し、取り除いた後、光の力が必要となりますから、二人が揃っていなければ滅する事は出来ません。
この事を決して忘れぬよう、よろしいですね?】
(はい!)
【そして、決して無理をせぬよう、約束してくださいね?】
(はい!)
アメシスは満足気に微笑み、頷いた。
【では、よく見ていてください】
アメシスはアオとサクラに、光の気の高め方を教え、神眼と掌握の使い方を見せた。
そして、アメシスが取り出した闇の欠片を、二人は光の力で滅した。
【竜宝の力を持つ二人にしか出来ませんが、今後も同様の事が起こると心してください】
(はい!)
【次は、この傷ですが……
これは、竜宝の王にも塞ぐ事は出来ません。
この気を感じたなら、私を呼んでください】
アメシスは、そう言うと術を唱え、傷に光を注ぎ込んだ。
掌から、ごく僅かに発せられていた瘴気が消え、傷が発していた不穏な気が消えた。
【初めて見る傷ですので、本当に塞ぐ事が出来たのか、明日、確かめに参ります】
(アメシス様、アオ兄の傷を塞ぐ事は出来ますか?)
【アオの傷には、強い呪が掛けられております。
一度 使われるまでは、何人たりとも塞ぐ事は出来ません】
(一度 使われたら消えるのですね?
使われたら……何が起こるのですか?)
【使われたなら、呪が消え、その傷を塞ぐ事が叶います。
ですので、二度とは使われないのです。
傷を使って、アオを奪うのか、支配するのか……
傷は道となるだけですので、次の手は分かりません】
(新たな傷を付けられたら――)
【この傷を付ける為の魔宝は、もう存在しないのではないでしょうか……
以降、どなたも傷を付けられては おりませんから……】
(一度……それさえ防ぐ事が出来れば……
ありがとうございます! アメシス様!)
【サクラ、ひとりで全て成そうとせず、私にも協力させてくださいね】
サクラは、護竜槍から提案された策をアメシスとアオに話した。
アメシスは頷くと、掌に球を作った。
【アオの魂を抜き取ったなら、代わりの生命力として、この球をアオの身体に投じてください】
球をサクラに込める。
【アオの中に入った事を感知したなら、アオの力と竜宝達を竜宝の国に導きましょう】
(よろしくお願い致します、アメシス様)
【ただ……天性だけは切り離せない事を知っていますか?】
(えっ!?
あ……それは、元々の天性ですよね?)
【はい。竜宝天性は、元となる竜宝を退避させれば切り離せます】
(でしたら、治癒と光明と神眼ですので、奪還には差し支えないと思います)
【そうですね。それならば大丈夫でしょう】
あ~あ…塞がれちゃったニャ。
この前は蒼月の光を防がれちゃったし~
襲撃直前で逃げられちゃったし~
そろそろ、ひとつ成功しニャいと
ボクが滅せられちゃうニャ~
この二人、光が強過ぎるから、
ニャに話してるのか、さっぱりニャ。
それに、神とも繋がってるニャんて!
反則だニャ~
闇から見つめていた瞳は、諦めて去ろうとしたが――
あれっ? これは……そっか!
防いだ時だニャ♪
ニャら、利用するっきゃニャいっしょ♪
アメシスとアオからは見えない所に穿たれた小さな闇の穴から、黒猫の手が伸び、サクラの背に、そっと肉球を当てた。
闇を打ち消そうとする自分の光で、
神からソレ、隠しといてニャ~♪
闇から見つめる瞳は、ほくそ笑み、瞼を閉じた。
♯♯♯
アメシスが神界に帰り、アオは姫の様子を見ながら、サクラに光を当て続けていたが、サクラは回復するどころか、急激に悪化し始めた。
(サクラ、もう一度、深蒼の祠に行こう!)
(アオ兄、俺……どぉしたんだろ……
力が入らなくなってきた……)
何か おかしい……
サクラの中に何か有る……
一体 何が有るんだ?
(アオ兄……この感じ……
俺、失敗したかも……)
(何を?)
(闇の結界……蒼月の光、吸ったのかも……
御紅守……ネイカさんから、もらって来て……)
(待ってろ。すぐ貰って来るからっ)
(クロ、来てくれ!)
「どうした?」
昼食を作っていたクロが戻ってきた。
(サクラに、その腕輪を当てていてくれ!
すぐ戻るから!)消えた。
(アオ! おいっ、どうしたんだよ!?
サクラ! しっかりしろっ!!)
腕輪を当てる。
(クロ兄……)気を失った。
サクラの気の力が弱くなっていく。
「ウソだろ……蒼月なんて無ぇだろっ!?」
(サクラ! 目を覚ましてくれよっ!
供与の発動 教えろよ! おいっ!)
どんどん弱まってるじゃねぇかよ……
このままだと……
死なせるワケねぇだろっ!!
クロはサクラを抱き抱え、供与を発動させた。
(サクラ! 返事しろ! サクラ!!)
アオは、どこ行ったんだ?
って、アイツ、サクラと連動するんじゃ……
(アオ! どこにいるんだよ!? アオ!!)
クロは返事をしない二人に呼び掛け続けた。
姫が目を覚ますと、薄暗い幌の中、僅かな緋光に照らされ、座っているクロの丸めた背中が見えた。
そして、クロが覆い被さり抱いている女の、長く美しい淡い色の髪と、すらりと伸びた脚が見えた。
「クロ…………」
♯♯♯♯♯♯
【最高神様、あれで……よろしかったのでしょうか?
神に成ったばかりの私では、今後が不安でございます。
もう一度、鍛えては頂けないでしょうか?
私は、どうしても お護りしたいのです】
【分かりました。
ですが、明日の約束が有りますよね?】
【それまでの時すらも惜しいのでございます】
【そうですか。ではアメシス様、こちらに……】
【ありがとうございます!】
アオが天界へと曲空した後の馬車の中。
幌の天井で、青と金の瞳が瞬きをした。
アオが見えニャくニャっちゃった~
でも~、ま、サクラを堕とせばいいニャ♪
アオはサクラを大事にしてるから~
きっと心に傷ができちゃうニャ♪
そしたら、アオも堕とせるニャ♪
帝王様が欲しいのはアオだから~
サクラはボクが貰っちゃお~♪
竜が配下って、カッコいいニャ~♪
ん? ニャに? あの緋い光……
目が痛いニャっ!!
ひとまず退散ニャっ!!




