仁佳東9-黒猫
前回まで:フジの大器には、たくさんの
薬の知識が入りました。
深蒼の祠にサクラを残して、アオが馬車へ曲空すると、馬車の外に着いてしまった。
宵闇の中、紫苑と珊瑚が馬車の外で佇み、何やら相談していた。
「入らないのかい?」
「いえ、これから修行に出ますので……」
「そう?」幌を開けようと手を掛けると、
「あっ!」二人に袖を掴まれた。
「ああ、そうか。
あれは治療だから大丈夫だよ」あはは……
困り顔の二人に、
「そのうち、ちゃんと発動出来るようになるとは思うんだけど、今のところ、ああしないと駄目なんだよ」
もっと困り顔で肩を竦める。
「クロ、入るよ」声を掛けて幌を開けた。
案の定な状態のクロが顔を上げ、アオの方を向いた。
「もう大丈夫なのか?」姫を指す。
「こっちが聞きたいよ。診るからね」
クロが姫の横に座り、アオが並んで手を翳す。
「もう大丈夫だよ。
生命力を分けてくれて、ありがとう」
「何やったらいいのか分からねぇから、全部やった」あはははっ♪
「疲れただろ」回復の光をクロに当てる。
「アオは使いこなせてて、いいよな。
オレ、どうしたらいいのか分からねぇんだよ」
「俺が何年 使ってきたと思ってるんだ?
クロも使ってるうちに掴めるよ。
自分の力なんだから」今度は姫に光を向けた。
「そっか……まだまだ、これからなんだな。
あ、サクラは?」
「まだ浄化中だよ」
「さっきは怒鳴っちまって、すまなかった!」
「いや、俺達こそ遅くなって、すまなかった」
「サクラ……大丈夫なのか?
こないだもだけど、あれ、闇なんだろ?
サクラは光じゃなかったのか?
てか、闇って、そんな属性あったのか?」
「サクラは光だよ。天竜には、闇は無いよ。
あれがサクラの天性なんだ。
シルバコバルト様と同じ、闇障だよ」
「聞いた事も無ぇんだけど……」
「うん、そうだろうね。
王族では、シルバコバルト様とサクラだけだからね。
闇障は、光を闇に変えるんだ。
だから、蒼月の光を遮る事が出来たし、瘴気を吸着する事も出来たんだ」
「なんか……格別スゲェな……」
「それだけに、消耗が激しいんだ。
もう一度、サクラの所に行くから、姫が目を覚ましたら、この薬を飲ませてくれ」
「仙竜丸に似てるな」
「仙竜丸の強化版で、颯竜丸っていうんだ」
「姫にか?」
「この前 言ったろ?」
「これも効くのか……」
「クロも飲めばいいよ。じゃ、行くから」
「アオ、サクラがいなくても曲空出来るのか?」
「俺とサクラのはモドキだけどね。
サクラが居ないと精度が悪くて、さっきも馬車の外に出たんだよ」笑う。
「移動なら十分じゃねぇか。
なぁ、兄弟皆 出来るのか?」
「こればかりは、風のクロが格別だよ。
火のアカとフジには難しいだろうね」
それじゃ、と軽く手を挙げて、消えた。
知らなかった……
属性、関係あったんだ……
あ、供与の続きだっ!
クロが姫を抱えた時、姫が目を開けた。
「クロ……」
が、ぼんやりしている。
「姫! 大丈夫か!?」
「大きな声じゃのぅ……大丈夫じゃ……
これしき……何とも、無いわ」
「何とも大有りだろ。
今日は寝てろよ。あ、これ、薬な。
そうだっ! 粥なら食えるか?」
「かたじけないのぅ」
「んじゃ、待ってろ」
どぅしたのじゃ? クロは……
優し過ぎて、かえって不気味じゃぞ……
しかし……力が入らぬ……
如何したものか……
袋から薬を取り出そうとしたが、それすら出来なかった。
己が体では無いかのようじゃ……
ぼんやりと考えていると、幌の開口部から、黒猫が音もなく入って来た。
黒猫は青と金の瞳で、姫の顔をじーーーっと見、姫の掌に爪で、ちょんと小さな小さな傷を付け、ぴょいっと出て行った。
今のは……幻か?
「姫、起き上がれるか?」クロが戻った。
「猫……黒猫を見なかったか?」
「見てねぇよ」姫を起こし、支える。
「力が入らぬのじゃ」
「食わせてやるよ」匙で掬い、ふ~ふ~吹く。
「これは……夢か?」
「何 言ってんだよ。ほら」あ~ん
「美味じゃ……
夢としか思えぬが味があるのぅ」
「まだ熱があるのか?」額で計る。
「熱が出そうじゃ」赤面。
「いつも やってるだろ? 気を見るのに」
「それとこれとは……」
「熱は下がってるな」あ~ん
アオとサクラが現れたと思ったら消えた。
(アオ! サクラ! 待てっ!
様子が変なんだ!)
(どゆこと?)
(力が入らねぇらしい)
(瘴気の影響かなぁ。
俺も、まだ ちょっとね……)
(もう少し様子を見てくれないか?
サクラが万全で無いから、もう一度、深蒼の祠に戻ったんだ)
(皆 戻らねぇんだ。
アオ、戻ってくれねぇか?)
(そりゃ、戻りにくいよね~)
(紫苑殿と珊瑚殿は、そこに入れないから修行に行ったんだ。
おそらく慎玄殿も)
(仕方ねぇだろ!
他に発動方法が見つからねぇんだから……)
(仕方ないなぁ。今度 教えてあげるね)
(サクラ、まさか……供与も……)
(俺の天性は治癒と闇障。それだけだよ)
(クロ、浄化を始めるから、姫を頼むよ)
んな事 言われてもなぁ……
「アオとサクラが、ちらと見えたような気がするのじゃが……」
「ああ、サクラも、まだ本調子じゃねぇらしい。
もう一度、浄化するそうだ」
「さよぅか……」
「気にせず食え。
後で もう一度、力を分けてやるからな」
「姫様の具合――邪魔したなっ」ハクも即消え。
あ……参ったなぁ……
「のぅ……少し離れてくれぬと、誰も寄り付かぬのではないか?」
「だな……
でも、ま、食い終わるまで このまま、な?」
「まこと、今日は如何したのじゃ?」
「何でもねぇよ」
「もしや……ワラワが乗り換えると申したからなのか?」
「ばっ! ちげーよっ!!」焦る! 慌てる!
姫が不敵な笑みを浮かべる。「さよぅか」
「違う! つってるだろっ!」
ふふん♪
「何だよっ!?」
「何でもない♪」
「勘違いすんなよっ! 動けねぇつーから――」
「なぁ、クロ。
木箱で仕切り作っていいか?」
「アオ!? いつから そこにっ!?」
「来たとこだけど。
ハク兄さんに、何とかしろって言われたんだ。
紫苑殿と珊瑚殿を見つけて、待ってもらっているから、仕切るぞ」
アオはクロの返事を待たず、サッサと壁を作り、紫苑と珊瑚を呼び込んだ。
「アオ、姫を診てくれるんだろ?」
「クロさえよければね」壁の向こうから答える。
「頼むよ。この壁も――」
「壁は、クロが要らないと言っても、皆が困るから、姫が治るまで このままだよ」
アオの声が馬車の外をぐるっと回り、開口部から顔を覗かせた。
クロが手招きする。
翳したアオの手がピクリとし、止まる。
(先にサクラを治すから待ってろ)曲空!
(どうしたんだよ!?)
(まだ何か有るんだ。でも俺には見えない。
サクラなら見えると思うんだ。
変化があったら呼んでくれ!)
青と金の瞳が、遥か上空から、馬車の中を見詰めていた。
帝王様は~、標的はアオって仰ったけど~
『通路』は光で塞がっちゃってるニャ。
だから~、アオに闇を溜めニャいと~
通れニャイから捕まえるニャンて無理ニャ。
ボクとしては、サクラがヤバいと思うニャ~
どーしてサクラの者見玉だけは
ニャいのかニャ?
手柄も欲しいし、作っちゃお~♪
ん~~
クロってヤツ、まだ覚醒してニャいけど~
コイツ……かなりヤバいヤツだニャ……
クロの心に傷を付けて、闇に染めるには~
この女を利用するっきゃニャいニャ♪
闇の穴から出て来た靄は、黒猫の姿に纏ると、幌の開口部から、忍び込んだ。
そして、姫の掌に傷を付けたのだった。




