涅魁東6-父来る
穏やかそうに見えて、負けず嫌い。
思い詰め易いフジが、暫くは主役です。
夜が更け――
フジは、治癒の光を当て続けるハクの背中を見詰めていた。
「フジ、今のうちに寝ておけ。
護る為には、それも大事だからな」
背を向けたまま言った。
「はい……でも……」
「眠れないのか? 俺じゃ不安か?」
「そうではなく……」
「話したい事が有るなら何でも聞くぞ」
「ありがとうございます、ハク兄様。
そう言って頂けて、落ち着きました」
「そうか……なら、休めよ」
「はい」隣室に行った。
♯♯♯
フジは寝台に腰掛けた。
俯き、顔を両掌で覆い、ため息をつく。
(フジ兄……
笑ってなきゃ、リリスさんが不安になるでしょ)
(サクラ……そうですね……)
(フジ兄には、フジ兄にしか出来ない事が有るんだから、治癒や曲空を欲しがるより、それを見つけて伸ばさなきゃ)
(サクラ、どうして……それを……?)
(そうかな~? って思っただけ~)
(伝わったのですか?)
(まぁね……ごめんね。エラそ~なコト言って)
(いえ、ありがとうございます、サクラ)
(曲空には、ね、弱点も あるんだ。
知らない所には行けないんだよ。
知ってる場所か、知ってる人の気を掴まないと移動できないんだ。
だから、これから進む所には、フジ兄の豪速が必要なんだ)
(よく知っているのですね)
(翁亀様が教えてくれた~)
(サクラも曲空できるのですか?)
(曲空は できないけどぉ、近い事なら、竜宝の力で できるよ。
アオ兄と いっしょだったら確実なんだ)
(竜宝の力で……なら、私にも出来ますか?)
(ん~……
調べとくねっ。
俺にも、どの竜宝の相乗効果なんだか、サッパリわからないんだ~)
(今日のサクラは、アオ兄様みたいですね)
まるで、以前のサクラに戻ったような……
もしかして、サクラの封印も――
(ハク兄には『なかよしこよし』って言われた~♪)
(そういえば、ずっと一緒に行動していますね?)
(だってぇ、アオ兄だけなんだもん)
(何が……ですか?)
(兄貴達ってば~、み~んな いちゃいちゃ――)
(あーっ! 言わなくていいですっ!)
サクラが笑って、フジも笑った。
(フジ兄♪ おやすみっ♪)
(おやすみなさい、サクラ♪
ありがとうございます♪)
元気づけてくれたのですね。
私にしか出来ない事、ですか……
まずは豪速をもっと磨きましょう!
あとは……
手から聖輝水が出せたらよいのですが、
それは流石に――
(出せるよ。フジ兄なら)
(えっ!? サクラ!?)
返事は無い。
また、寝言でしょうか?
フジは微笑み、眠りに就いた。
♯♯♯
翌日、リリスの買い物に同行した帰り、フジは海辺の公園で、空龍が誰かと話しているのを見た。
あの背中は……
『誰か』が振り返って、笑った。
「ち、父上様っ!?」
「え? フジのお父様!?」
二人、駆け寄る。
「どうして、こちらに いらっしゃるのですか!?
お仕事は大丈夫なのですか!?」
「キンに連れて来て貰った。
挨拶くらいはしておかねばな」笑う。
「はじめましてっ!」
リリスが前屈並みに頭を下げた。
「そんなに畏まらないでください。
リリス殿、フジを受け入れてくださり、ありがとうございます」
「いえっ、あの……そんな……
人で……かまわないのですか?」恐る恐る……
「竜は人が大好きなのです。
人から忘れ去られ、リリィホワイトは、いつか再び、人と仲良くなれるよう、願いを込めて、自分の子に人界の色の名を付けました。
その願いは、今も受け継がれています」
「だから……『フジ』なのね……
ウィスタリアというのは……?」
「そうですね。
昔のままなら、フジには、そう名付けたと思います」にこにこ
「その願いは……
叶ったと思って頂けるのかしら……?」
「私達が最初の一歩になりましょう」
「フジ……そうね♪
もっと たくさんの竜と、たくさんの人が仲良くならなきゃねっ♪」
「はい♪」
「お父さん、私、子供に『ウィスタリア』って付けたいの!
だから あの本、早く出しましょ」
「あの、リリス、同じ色の子供が生まれる訳では――」
「そうなの?
なら、オニキスでもチェリーでも、とにかく、そういう名前にしたいの♪」
「リリス……」感動と恥ずかしさ目一杯。
ギンがフジの肩に掌を置く。
「フジ、期待しているぞ。頑張れよ」
「はいっ!」
「では、空龍殿、リリス殿、今日は突然お邪魔致し、申し訳ございませんでした。
正式なご挨拶は、後日また改めまして参ります。
今日の所は、これにて、失礼致します」
ギンは林の方に向かった。
木々の向こうに白銀の鱗が見えた。
濃淡の銀色の鱗が陽を浴びて煌めき、そして消えた。
ハク兄様も曲空を……
もしかして、連れていらしたキン兄様も?
「消えちゃった……飛ばないのね……」
「昼間は目立ちますから」
「やっぱり、堂々と飛べるようにしなきゃ!
お父さん、表題 考えましょっ」
名前だけを貸す事に引け目を感じるのなら、と、仮題『矢太とリリスの旅』を副題とし、表題を考える事をキンから提案され、空龍とリリスは、それを喜んで受けたのだった。
リリスは空龍とフジの手を引いて、急いで家に帰った。
♯♯♯♯♯♯
「姫、その馬車、どうしたんだ?」
「大陸を旅する為に用意したのじゃ♪」
「そっか、いろいろ ありがとな。
そういや、くノ一達はどこにいるんだ?」
「とっくに、大陸中に散っておるわ」
「各国の忍に会う為なんだな?」
「そぅじゃ。皆、張り切って行ったぞ」
「アオは、これから、どこに行くつもりなんだろなぁ」
「仁佳と 東の国との戦を終わらせたい、と言ぅておったぞ」
「じゃ、診療所が落ち着いたら進めとくか」
「そぅじゃな♪
今日も、気の高め方を教えてくれるのか?」
「んじゃ、やるか♪」
「おぅよ♪」
♯♯♯
ギンを空龍に会わせ、アオとサクラから治癒の調整方法を習い、クロの気を掴んで曲空したキンは――
額をくっつけている二人を見て、そっと幌を閉じ、洞窟に曲空した。
♯♯♯♯♯♯
(サクラ、空龍殿の御宅には、いつ行く?)
(もぉすぐ交替だよ~♪)
(連れて行って欲しい)
(ん♪ すぐ行ける?)
(頼む)
「アカ兄、どしたのぉ?」
「車椅子を改良する」
「それって……竜宝艇? ちっちゃいね~♪」
「地上でも楽になる。
天界でも押せるようになる。
空龍殿の負担を減さねばならぬのだろ?」
「うん……アカ兄にも見えちゃった?」
「神眼持ちだからな」
「そぉだったね~」
「治せるのか?」
「天界でなら、かなり……
あとは、フジ兄の天性が頼りかな……」
「そうか」
「サクラ、そろそろ行こう」曲空して来た。
「じゃ、アオ兄♪ せ~のっ♪」
凜「サクラ、あれは寝言じゃないでしょ?」
桜「あれ?」
凜「『出せるよ。フジ兄なら』ってヤツ」
桜「うん。ホントだよ。
まだフジ兄にはわかんないと思うけどね」
凜「ホントに出せるの?」
桜「出せるってばぁ」
凜「寝言の達人の言葉だからね~」
桜「俺? 寝言なんて言ってる?」
凜「知らないの?
サクラの寝言は楽しいよ♪」
桜「ホントに!?」
 




