涅魁東1-帰郷
前回まで:大陸は目の前。入港直前です。
伊牟呂の港が見えてきた。
いろいろ有ったものの、とにかく無事に航海を終える事が出来そうなので、空龍とリリスを送る前に、甲板に集まり宴をした。
食事は終わったが、殆どが、まだ甲板で のんびりくつろいでいた。
「クロ、サクラ、俺の部屋に置いている物は、船と一緒に、天界に運ぶつもりかい?」
部屋からアオが出て来た。
「やべっ」部屋に走る。
「クロ兄、待って~」追いかける。
ハクが二人と入れ違いに出て来た。
「フジ、悪いが、薬を頼む。
回復しきっていない人達に渡す分が、少し足りないんだ」
リリスと話していたフジに、真面目な医者をまだ崩していないハクが紙を渡す。
「あ、そうか。
ウィスしかリリスさんの家を知らないな……
シルバも出掛けているし……
クロ! オニキスを呼んで欲しい!」
船室に向かって声を掛けると、クロがアオの部屋から顔を出す。
「呼んだから好きに使ってくれ!」
「サクラも! チェリーをここに!」
「は~い!」今度はサクラが顔を出す。
「荷物しておくよう言ったのに。まったく……」
クロはサクラを連れて上空に曲空した。
二人、竜体になって降下する。
フジがオニキスこと黒輝の竜に乗り、
「少し遅れますが、必ず伺いますので」
リリスにそう言って、東の空へ飛んだ。
上空でクロは部屋に曲空し、藤紫の竜が甲板に降りる。
「空龍さん、リリスさん、航海中は大変お世話になりました。
これからも、弟達が治療に伺いますので、宜しくお願いします」
キンがにこやかに挨拶した。
「港に入ってからだと騒ぎになりますので、こんな沖で慌ただしく出発する事になってしまって、申し訳ありません」
アオが頭を下げる。
「いえいえ、お礼を申さなければならないのは私達ですから。
家まで竜に乗って帰れるなんて、夢のようです。
お言葉に甘えて、お世話になり続けてしまいますが、どうか宜しくお願い致します」
空龍も頭を下げた。
「しっかり治るまで通いますので、安心してください。
それでは参りましょう」
まだまだ真面目な医者のハクが、チェリーこと綺桜の竜に乗る。
「リリス、遊びに行くからのぅ。達者での」
「姫様もねっ」
「クロ! サクラ! 出発するよ!」
アオもチェリーに乗る。
「すぐ行く!」「待ってぇ~!」
クロとサクラが部屋でバタバタ。
アオとハクを乗せたチェリーが飛ぶ。
続いて、空龍とリリスを乗せたウィスも飛んだ。
(クロ兄、も~い~よ~♪)
(サクラ、解った)
(姫、行くぞっ)(あいなっ)
クロとサクラが甲板に駆け出て、手を振った。
ウィスの背から、リリスも大きく手を振り返す。
竜が見えなくなり――姫はカツラを取った。
「バレておらぬかのぅ……」
「大丈夫だって♪
あ……髪、結い直してやるから座れよ」
「いや、そのくらいワラワでも己で――」
「姫よりオレの方が上手いって♪」
肩を押して座らせる。
「そぅではのぅて……皆が見ておるじゃろ……」
真っ赤になって俯く。
「髪を結ってるのが、そんなに珍しいかなぁ?」
「そこではないじゃろ!」
「ん? 結い間違えたか?」
「そぅではのぅてっ!」
「何だ?」上から覗き込む。
「ひゃっ!」両掌で顔を覆った。
「動くなよぉ。サクラでも、おとなしくするぞ」
「サクラの髪は、クロが結ぅておるのか?」
「ああ、よく結ってるぞ」
「手慣れておると思ぅたら……」
「出来たぞ」ぽふっ
「かたじけない……」真っ赤なまま礼。
「のぅ……クロにとって、ワラワは……
サクラと同じなのか?」見上げる。
「弟には なれねぇだろ」笑う。
「では、妹か?」
「妹……か……」う~ん……
「妹いねぇから分からねぇ」あははっ
「でも……妹かぁ……うん! それもいいなっ♪」
「良くは ないわっっ!!」ぷいっ
「何 怒ってんだよぉ??」ポンポン
「サクラにも、このよぅな事を致すのか?」
「するよ」
「ならば、あのよぅな事も致すのか!?」ずいっ
「あのような? 事??」
「先程! そこでっ!!」ずんずんずん!
「な、何だよっ」後退り、くるっと逃げた。
「覚悟いたせっ!」朱鳳を抜き追いかける。
「ぅわっ! やめろ! 竜殺しっ!!」
赤い弓型の光が飛んで来る。
「マジかよっ!?」
竜体になって飛ぼうとした――
が、尻尾を掴まれ――
姫が、引いた勢いで、ひらりと背に乗った。
これじゃな♪ なでなで♪
!!! 「やめっ――」海に落ちた。
「クロ……何故、曲空しなかったのだ?」キン覗く。
「じゃれたかったんだろ。放っておこう」アカも。
「入港までには戻るように」
キン兄! アカ! 助けてっ!!
溺れる~っ!!
「わはははははっ♪ まいったか、クロ!」
♯♯♯♯♯♯
アオ達は――
空の旅を楽しみ、涅魁の国に入っていた。
東岸北部の小さな港町を目指し、リリスが先日ひとりで来た時と同じ山地から、森を抜け町外れに降りた。
「ウィス、チェリー、ありがとう。またねっ」
空龍とリリスは、何度も振り返りながら、下って行った。
家に着き、リリスが窓から様子を伺い、振り返って頷いた。
「おタツ叔母さん♪ ただいまっ♪」
「まぁ! リリス!! それに……兄さん!?」
「タツ、留守の間、世話になったね。
ありがとう」三人、抱き合う。
「母さんの具合は? 眠ってるみたいだけど……」
「それが……昨日からあのままで……
満足にお医者様にも診せられず……
すまなかったねぇ」前掛けで涙を拭う。
「ハク先生! アオ先生! お願いします!」
リリスが外に向かって叫び、空龍が扉を開けた。
白衣を着た二人が一礼し、眠ったままの母親の元に向かう。
掌を翳す。
(兄さん、これは……)
(ああ、マズいな。命が尽きかけている。
すぐ治療に掛かるぞ!)
(フジ、サクラ! 急いで来てくれ!)
治癒の光で母親を包み、次第に強くしていく。
サクラとフジが来た。
すぐにサクラも治療に加わる。
(フジ、聖輝水で薬を溶かして欲しい。
薬は――)
フジが溶かした薬を差し出すと、サクラが両掌の上に光の球を作った。
(ここに注いで……うん、そのくらい)
光の球を胸に押し込む。
(フジ兄、もうひとつ)
五つ入った時、瞼が微かに動いた。
アオが顔を上げる。
「空龍さん、リリスさん、呼び掛けてください」
三人は少し離れて光を当て続けた。
空龍とリリスが両側から手を握る。
「お母さん、ただいま。
長く留守にして、ごめんなさい。
もう行かないから戻って来て」
「雪希、私だよ。やっと帰って来れたんだ。
一緒に生きてくれないか?」
フジが薬を補充する為に背を向ける。
「もうすぐ、リリスの花嫁姿が見れるんだよ」
フジとリリスがピクリとする。
「お父さん……知ってたの?」
空龍が微笑む。
「雪希、一緒に見たいだろ?
目を開けておくれ……」
指が動いた。
「孫も一緒に抱こう」
瞼がはっきり動いた。
(あと少しだ! アオ、サクラ、頑張れ!)
(はい!)(うんっ!)
「私は、とうとう竜に乗ったんだよ。リリスもね。
雪希も、竜の話が好きだったよね?
一緒に空の旅をしよう」
瞼が、ゆっくりと少しだけ開き、弱々しくはあるが、手を握り返した。
「お母さん!」「雪希!」
(ハク兄さん、サクラに集めましょう)
(サクラ、掲げてくれ)
(フジ兄、薬お願い)
サクラが術を唱える。
光の球は虹色になり、輝きを増していく。
(いくよっ! めー・いっ・ぱいっ!!)
病魔の抵抗に耐えながら、サクラは輝く球を押し込んだ。
見詰めながら待つ――
(もぉひとつ準備した方がいい?)
(待って、動いた!)
雪希の瞼が動き、ゆっくり開いた。
二度、三度と瞬きをし、唇が動いた。
「ありがとう……ございました……」
掠れた吐息のような声が聞こえた。
「お母さん!」「雪希、ただいま」
「おかえり……リリス、あなた……」涙が流れる。
その場に へたり込んだ三人に、フジが仙竜丸を渡し、深々と礼をした。
桜「雪希さん、間に合って良かったね~♪」
白「だなっ♪」
桜「出発前、楽しかったね~♪」
白「だなっ♪」
桜「ハク兄の竜は、なんて名前にしたの?」
白「シルバスノーだ。いいだろ♪」
桜「ふぅん」
白「なんだよ~」
桜「おいしそ~じゃない……」
白「食いモン扱いすんなっ!」




