島の夜1-キンとサクラ①
『おまけ』です。
初めて兄弟揃って語り合った島の小屋で、じゃれて疲れて絡まるように眠っている弟達に、優しい眼差しを向け、キンは幸せに浸っていた。
弟達の山が、もそっと動いた。
フジとアカの上で眠っていたサクラが、クロを押し退けて這い出し、アオを越えて、ハクとアオの間に収まった。
キンが微笑む。
孵化してすぐに、各々の屋敷で、蛟達に依って育てられた王子達は、兄弟とはいえ、会うのは儀式くらいのもので、公務などで一緒に行動する事すら滅多に無かった。
況してや、儀式以外で兄弟揃うなど有り得なかったのだ。
兄弟だけで人界に来て、本当に良かった……
再び巡らせた視線は、アオに寄り添うサクラで留まる。
まるで、離すまいとしているようだな。
それも当然か……サクラにとって、
アオは『育ての親』なのだからな。
キンは、内なる気までも瓜二つな弟二人の寝顔を見て、微笑んだ。
そして、人界に来てからの事に思いを馳せた。
――――――
「アオ様は、また、ご不在なのですか?」
軍の幹部が、アオの所在を確かめるべく洞窟を訪れていた。
王子達が人界の任に就いて、二年。
何度訪れても、アオにだけは会えない事に、業を煮やしているようだった。
「そうです。滅多に戻る事は有りません」
この時も、洞窟には、キンしか居なかった。
他の王子達には、人界上空で会ったと言っていた。
「では、どちらにいらっしゃるのですか?」
「それは――」
扉を叩く音。
「キン兄さん、どうかしたんですか?」
「アオか……入れ」
扉から、青い髪が覗いた。「失礼します」
「アオ様、ご無事だったのですね。
これまで、どちらにいらっしゃったのですか?」
「詳しくは申せませんが、ハザマの森、地下魔界の近くです」
「そうですか……失礼を致しました」
「いえ、何度も足をお運び頂き、申し訳ございません。
それで、私に何かお話が有るのですか?」
「いえ、ご無事ならば、それでよいのです」
「そうですか。では、戻らせて頂きます。
兄さん、倉庫に入っても構いませんか?」
「ああ。また、すぐ行くのか?」
「はい。あまり離れたくはない状況なのです」
「そうか……」
「では、失礼致します」敬礼。出て行った。
「それでは、私も、失礼致します。
何度も申し訳ございませんでした」
軍幹部は、キンに最敬礼し、退室した。
キンは気の動きを追い、軍幹部が飛び立った事を確かめた。
「誤魔化せたかなぁ?」現れた。
「先程のアオは、サクラであったのか……
あの気がサクラだと判るのは、父上だけであろうな」
「ん♪」
「サクラの気は、元々アオに似ていたが、あそこまで区別がつかぬ程に似せられるとは……」
「アオ兄は俺で、俺はアオ兄だから~♪」
「そうか……」フッ……
「じゃ、アオ兄トコ、戻るね~♪」
「サクラ、髪――」
「忘れてた~」きゃはっ♪ 桜色に戻す。
「いってきま~す♪」消えた。
――――――
何度か、そうして凌いだな……
最初は、本当に驚いた。
アオが戻って来たと確信する程に、
全てが似ていたのだから。
驚いたと言えば――
――――――
初降下から数日後、眠ったままであったサクラが目覚めた。
目覚めはしたが、サクラは自室に閉じ籠り、誰とも会わず、話さず、更に数日が過ぎた。
そんなサクラが、皆が出払った時を見計らい――
(キン兄さん、お話ししたい事が有ります)
(サクラ……改まって、どうした?)
(アオ兄さんの事です)
(返事が有ったのか!?)
(いえ、無事なのですが――)現れた。
キンは、サクラの悲しみを帯びた真剣な眼差しと対峙した。
「無事である事は確かなのだな?」
「はい。ですが、ここに来る事は出来ません。
魔物から身を護る事すら……出来ないと思います」
「まさか、アオが……そのような……
もしや、あの時の事が――」
「初降下の時の事ですか?」
「いや、サクラが孵化する以前の事だ」
「それが、どのような事なのかは存じませんが、それは無関係です。
ただ、今は……アオ兄さんは、何も出来ないのです」
「そうか……あの事で無いのならば、無闇に心配はすまい。
アオは、何処に居るのだ?」
「それも……何も申せません。
アオ兄さんを護る為に……何も話せないのです。
ですが、お願いが有るのです」
「ふむ……何だ?」
「私を、人界の任から外して頂きたいのです」
「それは……そんな事をすれば、サクラは――」
「元より、私は第七王子ですので、王位継承権など、有って無いようなものです。
王族を除籍されても構いません。
アオ兄さんを護りたいのです」
「何故、そうまでするのだ?
皆で協力すればいいだろう?」
「全ては、私が原因だからです。
それに……アオ兄さんと私の結び付きは特別ですので、私にしか護れないのです。
これ以上は何も話せず、申し訳ございません」
「そうか……サクラは、アオだけでなく、皆を護ろうとしているのだな?
ならば、もう何も聞くまい。
皆にも隠すと約束する」
出立前のアオと同じ瞳……
揺るがせぬ決意なのだな……
「ありがとうございます、キン兄さん」
「サクラの力、それは……封印しているのだな?」
「……はい」
「それも、アオの為なのか?」
「はい」
「そうか。ならば、こうしよう。
これ迄、サクラと接していたのはアオとフジだけなのであろう?」
「はい」
「フジの事は案ずるな。私が何とかする。
皆、サクラの性格や力を知らぬ。
年齢が離れている末子だという事も利用すればいい。
サクラ、幼子の振りを徹せるか?」
「え? それは……どういう――」
「サクラは戦力外であると思わせるのだ」
「そうすれば、自由に行動できる……
そういう事ですか?」
「そうだ。
サクラだけが持つ、心で話す特技を使い、皆の千里眼となれば、何処に居ても役立つ事が出来る。
アオに付いていながら、それだけをすればいい。
それならば、人界の任からも外れずに済む」
「そうか……それなら……
いっそ、龍神帝王をも騙せるくらいに……」
「龍神帝王?」
「アオ兄さんを狙っている奴です。
キン兄さん、俺、全てを欺きます。
アオ兄さんを必ず護り抜きます!」
「しかし、その状態で、本当に護れるのか?」
「俺には、竜宝の力が有りますから、俺自身の力を封じていても、アオ兄さんと一緒に逃げるくらいは、十分できます」
「曲空も出来るならば大丈夫だな」
「はい!」
サクラは、満面の笑みを見せた後、深呼吸し、目を閉じた。
そして、気を鎮め――
(別人になってみせます!)
開いた瞳には、悪戯っぽく愛らしい光が宿っていた。
纏う気も、無邪気で陽気な可愛らしいものに変わっていた。
サクラは唖然とするキンを見て、嬉しそうに跳び跳ね、
「アオ兄トコ、いってきま~す♪」曲空。
(サクラ……)あまりに違い過ぎるぞ……
(なぁに? キン兄♪)
(大丈夫なのか?)何も、そこ迄……
(俺、だいじょぶ~♪)きゃはっ♪
(そうか……)サクラが、それでいいのなら……
サクラが現れた。大人びた瞳に戻っている。
「ご心配には及びませんよ」くすっ♪
「では」曲空。
(俺、部屋に籠ってる事にするから~
誰か入りそぉになったら、知らせてねっ)
(あ……ああ、そうする)本当に別人だな……
凜「サクラがアオのフリをね~」
金「最初は本当にアオだと思ったのだ」
凜「青い髪なのに?」
金「軍幹部が帰った後、アオは知らぬ筈だと
気付いたが、あの場では、そこ迄もは
思いが至らなかったのだ。
だが、軍幹部にも、私達が髪を鱗色に
合わせている事は知られていたのだから、
サクラの判断は正しかったのだ」
凜「そっか~
それで、人界の任の出立前に
アオと何かあったんですか?」
金「話してもいいが、長くなるぞ」
凜「お願いします。
またの機会に出しますので」
金「ふむ。では――」
そのお話は、またいずれ……




