旅立ち9-蛟
三界の蛟は、手足の有る水蛇の天人です。
天竜王族のお世話をしています。
アオは慎玄に、大滝に来た経緯を話し終えた。
ただし、山賊と竜の事には触れなかったが――
「そういう訳で、慎玄様にも一緒に旅をしていただきたいんです。
どうか宜しくお願い致します」深く礼。
「そうですか……それで、わざわざ このような深き山奥まで……ふむ……。
私でも、皆様のお役に立つ事が叶うのでしたら、喜んでお供致します」合掌。
「ありがとうございます!」もう一度、礼!
「ところで、こちらには、ご自分の足でいらしたのですか?」
「えっ!? それは……」「竜に乗ったのじゃ♪」
「姫様っ!!」「正直に申したまでじゃ♪」
「いえいえ、責めておるのでは御座いません。
お会いになっておればよろしいのです」
「――と、仰るのは?」
「私もお世話になっておりますので」にこり。
「竜に?」
「はい。食料など、よく運んでくださいます。
魔物からもお護りくださっております故、戦われるのならば、お会いしておいた方がよろしいかと思った迄で御座います」
「姿を見せるんですね……」
「はい。敬愛の心で接すれば、御姿を見せてくださいます。
巷では、そうは参りませんので、山賊などと呼ばれるが儘に隠れ住まわれていらっしゃるのでしょう」
こうして、僧侶・慎玄も仲間となった。
「向こうに、こちらで修行する僧達が使っております庵が御座います。
今は私のみ。
今宵は、そちらでお休みください」
慎玄の言葉に甘え、今夜は、その庵で休むこととした。
庵に向かって歩き始めると、背後から、
「そんなぁ……アオ様ぁ、それは、あんまりでございますよぉ……」
振り返ると、もう一人の男が立ち尽くしている。
「私でございますよぉ。
アオ様の蛟でございますよぉ……」うるうる。
蛟……困ったな。思い出せない――
「あ! そうだ! これをお見せしたら――」
持っている袋をごそごそし始める。
あの装束は、おそらく竜の国のもの。
俺が竜だとしたら、その俺を知っている者。
俺は知っていて然るべきなんだろうな。
だが――
「……すまない……記憶が無いんだ……」
蛟の動きが止まる。
「本当に!? それでは……」何やら思案し――
「心配過ぎです! お供いたしますっ!
嫌だと言われようが離れませんよ!!」
ズンズン迫って来た。
心配は有難いが……
変なのが、また増えたな……。
♯♯♯
慎玄の庵に落ち着いた。
「これからなんですが、まず、何処に向かいましょう?」
確認も込めて尋ねた。
「アオ殿が思う所について参ります」
陰陽師達が微笑む。
「私も、それがよろしいかと存じます」
慎玄も微笑みに加わる。
「では、城下の町衆から聞いた、魔物が現れる砂漠に向かいたいんですけど、何か準備しておかねばならない物って、ご存知ですか?」
「西の国の事は、あまり知らないのです……」
「私も……」陰陽姫が申し訳なさそうに頷く。
「姫様は? 隣国なんだから、何か――」
「知らぬ。
ワラワは西の国には行った事が無いのじゃ」
「山に阻まれているでもない、すぐ隣の国なのに?」
「東の山を越えるのが楽しぃのじゃ♪」
それで、魔物に追われていたら世話は無い。
「砂漠ならば、問題は水の確保でしょうね」
慎玄が話を戻した。
「砂漠の旅でございますか……準備も水も、私にお任せくださいませ♪」
持って来た荷物を確かめ、片付けていた蛟が、手を止め、嬉しそうに胸を張る。
「なら、蛟殿、お願いしますね」
「あっ、アオ様! 私なんぞに『殿』などとっ!
私はアオ様の従者でございますのでっ!」
「従者とな? アオとは何者なのじゃ?」
「あ……いえ、それは……あ!
ご記憶が自然と戻られるまで、お話しできません!」
「さよぅか。ならば、仕方ないのぅ。
アオ、早ぅ思い出してくれよのぅ」
「そう言われてもね……」苦笑。
慎玄が、竜ヶ峰から西の国に向かう地図を描き始め、蛟は片付けを再開した。
「これは何じゃ? どぅ使うのじゃ?♪」
地図を待っている間に退屈したらしい姫が、蛟の背後で、蛟が片付けた荷物を広げ、はしゃいでいる。
「あ、危のうございますから――」
片付けていた手を止め、振り返り「おや?」
「如何したのじゃ?」
「姫様、ほつれておりますから、大人しくしてくださいませね」
姫の肩辺りを器用に縫っている。
「上手いのぅ♪
ミズチ、家来にしてしんぜよぅぞ♪」
あ……蛟は、婿ではないんだね。
♯♯♯♯♯♯
夜更けに、蛟は、皆の着物と裁縫道具を持って外に出た。
天高には月が煌々と輝いている。
さてと……出て参りました目的は、もうひとつ。
「クロ様、いらっしゃいますよね?」
ガササッと茂みが揺れ、人影が現れた。
「お前、アイツらの面倒、見てくれるのか?」
「はいっ♪
アオ様のお世話は、誰にも譲れませんのでっ♪」
「ん~~、ま、いっか。宜しく頼む」
ぱぁぁぁぁ~♪ な蛟。
――が、ハッとして、
「あっ、これをお願いしたいのですが……」
革袋を差し出す。
クロは中をチラと見て、
「今のアオじゃ使えない、か……」
肩に担いだ。
「代わりに、コレ持ってけ」
糸の先に小さな鏡が付いた糸巻きと、桃の形の鈴を渡した。
「水鏡と魔除けの鈴だ。
あの姫だけは人だからな。
この鈴、着けさせとけってさ。
水鏡には、アオが光と水を込めてるらしい」
「アオ様の……」うるうる――
♯♯♯♯♯♯
翌朝、出立の準備をしていると――
蛟が、皆から預かっていた着物と、面を抱えて来た。
「砂漠に向かいますので、細工しておきました♪」
各々に返していく。
「アオ様は、特に乾燥には弱いですから、こちらを――」
「あ~、良いのぉ~」
「そう仰ると思いましたので、姫様にも新しく作りました♪」
「うむ♪」
着替えて、再度、集まる。
「また、竜で、ひとっ飛びなのか?」
いいえ、歩きます。
「砂漠とやら、如何な所よのぉ♪」
ただただ砂ばかりですが……。
「楽しみじゃのぅ♪」わくわく♪
「蛟」手招き。
「アオ様、何でございましょう?♪」
蛟の耳元で「任せた」姫を指す。
アオは、待っている慎玄と陰陽師達の方へと駆けて行った。
やっと出発だ!
凜「キン様、お邪魔しま~す。早速ですが――
どうして、あの時は、
洞窟に皆さんお揃いだったんですか?」
金「アオが来た時か?」
凜「はい。珍しいんですよね?」
金「軍の幹部が視察に来ていたのだ。
目的は、アオの所在を確かめる為であろう」
凜「これまでは、どうしていたんですか?」
金「アオは、極秘に動いている為、
滅多に洞窟には戻らない。
そういう事で徹していたのだ」
凜「今回、それは?」
金「通常は予告無しに訪れるが、
今回は予告が有り、全員揃っておくように、
との通達が有ったのだ」
凜「大丈夫なんですか?」
金「アオは戻れなかった、と伝えたが……
どうであろうな。
サクラが別件で呼ばれた事からも、
かなり疑われているのは確かであるな」
凜「それは、どういう……?」
金「また、いずれ話す」




