人界の任-出立の儀
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♯♯ 天界 天竜王国 ♯♯
天竜王城の大広間で、七人の王子達の人界への『出立の儀』が厳かに執り行われている。
玉座には二人の王、その左右に王妃の座。
更に、その左右に一段下がって二人の前王、そして前王妃が並ぶ。
荘厳な楽曲が静かに流れる中、王子達は、王達に向かい横一例に並んでいる。
手には王位継承者の証である笏杖を持ち、玉座に向かって静かに進む。
玉座の数歩手前で止まり、揃って一礼すると、第一王子キンが一歩前に出、落ち着いた声で口上を述べ、父ギン王に笏杖を預けた。
キンが後退するのと同時に、弟達が前進して並び、再び一礼すると、キンを残して前に進み、それぞれ前にいる者に笏杖を預けた。
第三王子アオだけは、亡き王妃スミレの座に笏杖を立て掛けた。
王子達は、玉座の方を向いたまま後退した。
二人の王からの詞が始まる。
兄コハク王は、弟ギン王をチラと見た。
詞を引き継ぐためではあったが、儀式直前の会話を思い出す。
――――――
出立の儀の直前、控えの間で、
「本当に護衛は付けないのか?」
コハク王は、王子達の父・ギン王に問うた。
「七人も居るのだ。必要無かろう。
今後の為にも、協力し合う事を身を以て覚えなければなるまい」
ギン王はフッと笑った。
「だが、末のサクラは、まだ幼い。
準備も不十分なのであろう?
サクラだけでも護衛すべきではないのか?」
子がいないコハク王にとって甥達は、我が子のように可愛く、心配で仕方ない。
それは解っているし、心配なのは負けないが――
ギン王は目を伏せ、少し考えていたが、
「サクラが試練の山から戻り、兄達と一緒に行くと言った時、キンは何があっても護る、そう言った。
その言葉を信じる証としても護衛を付けることはできない」
まるで己に言い聞かせているかのように言った。
――――――
天界を支配すべく攻撃を仕掛けてくる魔物と戦う天竜にとって、人界は最前線である。
王子達は、その最前線を保持するために、これから『人界の任』に赴くのだ。
魔物の侵攻が激化している昨今である。
おそらく、かつて、王達が初めて降下した時より、遥かに多くの魔物が襲いかかって来るであろう。
魔物にとっては、王子達のうち一人でも捕らえるなり倒すなりできれば、大きな功となる。
鱗の一枚ですら箔が付くというものだ。
天界から降下し、人界の地上に着くまで……
それが最初にして最大の難関となるであろうな。
天界から人界までの道程は、竜体で飛ばなければならない。
だがしかし、人界では竜の姿では消耗が激しい。
人界に慣れなければ、ただ飛ぶことすらも儘ならないであろう。
ギン王は、かつて自分達が初降下した時のことを思い出し、
皆、無事に……。
と、心の内で祈った。
♯♯♯
儀式は滞りなく進み、王子達は、天界の門に向かうため、大広間から続く飛翔台へと出た。
王達は王子達の笏杖を持ち、見送るために飛翔台に向かう。
コハク王は、己が妃スミレの座に立て掛けてある、アオの笏杖を手に取る時、
「甥達を見守ってくれよ」
と、亡き妃に語りかけた。
飛翔台に皆が整列すると、王子達は次々と竜体になって飛び、宙で再び並ぶと、キンが一声吼えた。
それを合図に、王子達は列を乱すことなく旋回して向きを変え、天界の門へと飛んで行った。
王子達の姿が見えなくなり、二人の王の宣言で、出立の儀は終了した。
♯♯♯
人界への出立の儀を終え、城を飛び立った天竜の七王子は、天界の門が見えた時、思わず引き返しそうになった。
門番しかいないはずの天界の門には、王子付きの蛟達が、わんさか見送りに来ていたのだ。
蛟達は、王子達が卵の頃からずっと、お世話をし、基礎教育をし、武術の相手をしてきた。
代々の王族達は、蛟を伴って行ったので、自分達も当然、同行できるものと思っていたのだが、王子達が、兄弟七人もいるから十分と固辞したため、置いてきぼりを喰らったのだ。
そこで、せめて見送りだけでも、と勝手に集まったのである。
かなり恥ずかしいんだけど……。
そんな王子達の思いは完全に無視して、あれこれ世話を焼きまくる蛟達。
肩に埃が積もってたのか? ってくらい、埃を取ってもらい、荷物が数倍に膨れ上がったところで、王子達は門の外に逃げ出した。
蛟達は許可を得ていないので留まるしかない。
荷物は必ず取りに来る、と門番に預け、うらめしそうな眼差しから逃げるように、王子達は飛び立った。
長兄キンを先頭に、皆が飛び立ったのを確認して、次兄ハクも飛んだ。
門が見えなくなった辺りで、末弟サクラは、体の自由が利かないことに気付いた。
その様子を見て、兄達がサクラを囲む。
「落ちないようにだけ集中するんだよ」
三男アオが優しく声を掛ける。
「サクラん坊、尻尾と手足で、こうするんだ」
四男クロが手本を見せる。
五男アカは無言で気を送り、サクラを支えている。
「サクラは器用ですから、すぐ慣れます。ねっ」
すぐ上の兄フジが微笑む。
フジは、一度しか人界上空に行っていないが、飛ぶことに関しては兄弟の中で最も速く、巧みなので、十分コツを掴んでいた。
他の兄達は、何度か人界上空までは行っている。
初めてなのはサクラだけ。
サクラは、この状況が悔しくて堪らないようだが、人界に行くための試験『試練の山』に合格して、まだ半月も経っていないので致し方ない。
サクラが、どうにか体勢を保てるようになり、兄達がホッとした時――
「兄様っ! あれはっ!」
「やはり来たか……多いな……構えろ!」
逸早く魔物の群を見つけたフジに、キンが応え、指示を出す。
何度か人界上空に行ったとはいえ、まだまだ自由自在とはいかない若い天竜達に、容赦なく闇黒色の大群が襲いかかる!
次の天竜王と成るであろうキンとハクへの攻撃は特に激しい。
ひと回り小さく、飛ぶことも儘ならないサクラもまた、目敏い魔物達の標的となっていた。
アオは、キンとハクが、自分より遥かに強い事は分かっていたが、この状況では、加勢することも頼ることもできないと判断した。
「クロ、アカ、なんとしてもフジとサクラを護るぞ!」
クロとアカが頷き、三人で弟二人を囲み、背に庇うと、
「私も戦えます!」
フジがサクラの下に抜ける。
その態勢で暫く耐えていたが、魔物は後から後から湧いて来て、酷しさは増すばかりだった。
――このままでは全滅する。
そう思ったアオは、
「俺が囮になる。サクラを頼む!」
飛ぶのを止め、落ちていった。
「待て! アオ!!」
クロの叫びはアオに届いてはいたが、アオは兄弟の無事を祈りながら落ちていった。
負傷した竜が落ちたと思った魔物達が、一斉に大群でアオを追う。
唐突に己が周りの魔物が減り、残りを殲滅したキンとハクが状況を理解した時には、アオの姿は見えなくなっていた。
キンとハクが弟達を助けに向かおうとした時――
「うわぁぁぁぁぁーーーっ!!」
サクラの叫びは、竜の咆哮へと変わり、爆発的な閃光と波動が迸った。
強烈な光が去った空には、魔物の姿は無く、兄弟しかいなかった。
カクンと力が抜け、落ち始めたサクラを、下にいたフジが背に掬った。
兄弟はアオを探しながら降下したが、見つからぬまま人界の地に着いた。
すぐにも手分けして探したかったが、動く事も儘ならない為、ひとまず、人界の任で代々使われている山深い洞窟に身を隠した。
♯♯♯♯♯♯
一方アオは、魔物の大群を引き連れ、攻撃を避けるうち、人界の夜の域に入ってしまっていた。
瑠璃色に輝く美竜は、夜空では目立って仕方ない。
昼間なら、
雲間に身を隠すことができるんだけど……
なんとか逃れるには――
眼下には高い山の連なりと、その裾野に広がる森が見えた。
あの森で人姿になり、
一時的に力を封印して気を消せば、
魔物達も追跡できないだろう。
勢いよく森に突っ込み、地面に激突する寸前、アオは人姿となり、急いで封印の術を唱え始めた。
その時、一体の闇黒色の竜の如き魔物が現れ、襲いかかってきた!
アオは、瑠璃色に煌めく波動で反撃した!
その波動を受けた魔物が消滅する刹那、アオに向かって剣の如き何かを放った!
放たれたもののうち、ひとつは宙で消え、ひとつはアオが剣で弾き消し、
もうひとつを躱そうとしたが、躱しきれず、鳩尾に小さな傷がついた。
その傷から瘴気が溢れ出る。
もしや、呪が込められていたのか!?
封印の術が発動した。
術は途中だった筈……なのに、何故――
アオは気を失い、倒れた。
頑張って堅そうに書きましたが、本編は、やわやわです。
天竜王国には、二人の王様がいます。
プロローグで登場した二人の天竜王が、コハクとギンです。
コハクの妃がスミレ、ギンの妃がミドリ。
天竜の皆さんの名は、鱗色に因んでいます。
前王が、シロとムラサキ。
シロの妃がモモです。
この方々が、王子達の笏杖を預かりました。
キキョウ(大婆様)
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┌──┴──┐
─┬───┤ │
故ベニ シロ=モモ ムラサキ
│ ├──┐
故スミレ=コハク ギン=ミドリ
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キン・ハク・アオ・クロ・アカ・フジ・サクラ