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真赤なアスタラビスタ  作者: 面映唯
【泡沫汀の集合体、火花】
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 私は首藤に言われるがままついていった。どこへ行くかもわからない。私が「ねえ、どうしたの?」と二回ほど繰り返しても彼はただ「ついて来い」としか言わなかった。三回目を私が口にしたときには、もう彼の口から同じ返答は聞けなかった。


 黙ってついていくのだ。昨日歩いた道からは(はず)れていて、まるで首藤はこの島のことを知っているかのような歩きぶりだった。民家に行く訳でもどこか目指して歩いているようにも思えなかったが、どこかへ向かっているのは確か。人間が喉を振るわせて発する声が聞こえない。生活音もない。首藤と私の足を引きずる音と、どこかで虫がさざめいているような、夜独特の薄いノイズのような雑音だけだった。後者に私は耳を擽られた。


 もう今では何も考えていなかった時代、幼少期のことが思い出せない。日々を重ねるごとに私には悩みができた。一般的なくだらない悩み、他人から見ればそんなこと気にするまでもないと思われるようなことでも、大きく育った私は頭を悩ませていた。常に考えているのだ。授業の合間。暇な時間。今のようなただ歩いている時間もそうだ。いつも何かに悩まされていて、それが解決したと思ったらまた違う小さな悩みがぽつぽつと出てきて。


 高三のときになってやっと気づくのだ。この悩みには終わりがないと。小さな悩みの後ろにいつも壁のように佇んでいたのは、「将来」だった。これに気がついたときは今しばらく感じていなかった納得感というものを手にした。ああそうだったのだ。いつもいつもしょうもないことに悩まされている自分が酷くちっぽけに見えていたのは、こういうことだったのか。将来のことに悩まされているのだから、いつ来るかもわからない将来が過ぎ去るまでその悩みには終わりがないということを。


 小さな悩みの隙間を縫うように、「将来」という悩みは私を常に悩ませた。今でも時々思うのだ。小さい頃は悩みなどあったのだろうかと。暇なときや学校からの帰宅途中で何を考えていたか。一緒に帰っていた友人は手を振って左の路地に逸れていく。その後ろ姿を見送った後、私は自宅に着くまで何を考えながら足を進めていたのだろうか。きっと、悩みなんかではなかった、そんな感じがするのだ。


 だから、今の私は少年時代の友人と別れた後の、清々しい帰宅途中の私にはなれないのだ。今も夜風に触れながらいつ首藤は脚を止めるのだろうか、とか、止まったら何を話すのだろうとか、その前に止まったらどう声をかけてみようとか、そんなことを考えているのだ。もはや悩みではない。


 首藤と私はアスファルトの上を歩いていた。大分下ってきたような気がするが、暗くてどのあたりにいるのかわからない。さっきと変わったのは、風と音だ。したたかな肌を舐める風が吹いているのと、先ほどのノイズが消えた。我々の足音も消えかかっている。


 波の音だった。


 海岸沿いに来ているのかもしれない。


 そう思うと首藤はアスファルトから砂浜へと降りた。私も降りると、サンダルに砂が入って来るのでよくわかる。足の裏の感触が嫌な感じだ。ただ、海という存在は偉大なようで、私の心を操るかのように高揚させるのだ。海が近づいている、暗闇に目が慣れそこに見える、そう感じるだけで先ほどまでどうでもいい未来について回っていた頭は、海一色になった。


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