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徐に赤は近づいてきた。
薄暗いルームライト。天井は真っ白な壁紙が張られているのだろうが、暗くて輪郭がぼやけていてよく見えない。当然彼女の顔も見えやしない。濃く、光をある程度遮断した赤みがかったものが近づくのはなんとなくわかって、さらに接近したときにぼやけた輪郭と髪の毛が、胸の前あたりに垂れたのを感じる。
身を任せられるということがどれだけの信頼と言えようか。唇の接触と感触は幾度となく交わして感じてきたが、毎度毎度異なる。だが、異なってもあなたの味、なんてものは存在しなかった。ただ、あなたに身を任せて、時に身を任せられて、時に互いに求め合って欲望のままになる。背景を隔てて、二人とも求め合うのだ。
そういう関係性は、人間性や容姿、カタチを問わない。
ただ、またひとつ口づけを交わすたびに罪の意識を感じなくなったのは、いつからだっただろうか。
私の表情が薄かったせいか、「私といるの楽しくない?」とミナトは言い、髪を耳に掛けた。
「うれしいよ」
それが私の本心だった。
「優しいんだね」と呟いたミナトは、躊躇いもなく私の胸に顔をうずめてきた。その行為に私の身体は敏感に反応してしまうのではないかと心配になるが、そんな時期は当に越していて、今となっては心配するだけで済んでいる。
「人間の潜在意識って九十パーセント近くの比率で、残りの十パーセントが故意的だったり意識的な反射行動になるんだって。だから、頭で考えたところで実際に瞬時に臨機応変に対応するときは、ほぼ潜在意識が働くんだろうね。本当の自分を知られまいとしても、実はばれちゃってるんだ」
私の胸に顔を何度か擦り付け、薄暗い部屋の中、彼女のつぶらな瞳が見える。
「じゃあ私の本性もばれちゃってるかな?」
「それはわからないな」
私は彼女の背中に手を回した。至近距離で躊躇なく彼女の瞳だけを、瞳の奥を見つめる。
「かわいい」とこぼれた。
「それが十パーセントに入ってなきゃいいな」
少し微笑んだミナトの表情とは裏腹に、細めた瞳の奥に孤独が垣間見えたような気がした。
鼻と鼻がくっつく感触を、瞼の裏で感じた。
「いくらさ自分を取り繕うとしても、結局反射的に出した答えが俺なんだ。言った後で振り返ったりすることもあるけど、最良の答えが見つかったとしても、それは言うことのなかったであろう言葉だし、俺じゃない」
「そんなのどっちでもいいじゃん」ミナトが笑うと、私は彼女の背中を支えながら、抱き合ったままベットの上で仰臥位に倒れた。腕を緩めて、話しやすい彼女との距離を作る。
「そんな完璧な人にならなくていいじゃん。完璧じゃないあなたが好きなんだから」
胸の奥をつつかれた。そんなことを言う人間がまだこの世界にいたなんて……。
この美しさを認めざるを得ない。彼女の潜在意識が、言葉を何度も復唱することによって私にそう語りかける。