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辺りは薄暗くなっていて、夕日の明るさはない。遠く潮風のせいか、原っぱがサーッと揺れている音がする。風は感情の変化を生むなんてよく言ったものだ。もうすでに首藤への評価は変わってしまっている。
帰ろう、と口にしたものの、まだ踵を返してはいなかった。下る数メートル先で、光の影が見える。自転車を漕いでいるのだろう。
おそらくだんだんその光は大きくなってきて、風を帯びた自転車が颯爽と我々の隣を通り過ぎ、振り返りざまに民家の中へと消えるだろう。
が、
我々二人の前で止まったのだ。アスファルトをピザ二ピース程度の扇形の光が照らし、自転車の主の顔の輪郭を薄暗い程度に映した。
「あれ?」
彼女は島の子どもに注意をしたかったのだろう。事実「もう暗いんだから早く家に帰りなさいよ」と馴れ馴れしく言った。だが、その後が続かない。なぜか。私にもわからない。
今、私と首藤はおそらく同じ余念が浮かんでいるかもしれないと薄っすら過った。リアリティに乏しい余念は、期待と希望を膨らませることに拍車をかけた。
数秒間立ち尽くした三人の拘束を解いたのはその女の言葉だった。
「あ、ごめんなさい。島の子どもたちかと思っちゃって。見ない顔ですけど、もしかして明日のオリエンテーリングをしに来た方ですか?」
首藤が応える。
「はいそうです。初めて来たので散策でもしようかと」
「そうなんですか。でももう暗いので早く宿に帰った方がいいですよ」
女はサドルに跨ったまま一礼をして、思った通り颯爽と自転車を漕いでいった。
「だって。帰んぞ武田」と振り向く。
「あ、ああ」
私は三文字で返答した。
二文字と三文字ってだけなのに、こんなにも違うのか。
その後、宿に戻った首藤と私は、川の字に敷かれた布団の上でガールズトークに混ぜさせられるのだった。