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真赤なアスタラビスタ  作者: 面映唯
【枝分かれした結びめ】
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 夏休み前、最後の週。試験はすべて前の週に終了し、最後の一週間は余裕をもって学生生活を送ることができる。


 試験がもう終わったということは、言わずもがな、この一週間すべて欠席してしまう人もいる。一度もサボることなく試験まで迎えられた者へのご褒美、とも巷では呼ばれているようで、教授でさえ口にしてしまう。


「いやー、やっぱり最後の日は人が少ないねー。早めに終わらせるから」


 始講してすぐに教授はそんなことを口にする。それも、一コマ目から何度も別の教授の口から同じ言葉を聞こうものなら、だんだん教授への反骨心が生まれてくる。いっそ講義を無くしてしまえばいいのに、と。文部科学省とかいろいろ面倒なのだろうけども。


 そんな対立的な場所に居ながら、私は教授に鋭い言葉を投げつけない。あくまで、私はの意見なので。


「早めに終わらせるんなら、最初っから無くせばいいのにね」


 机の上に筆記用具すら出さない美菜は、すでにご立腹のご様子。


「え、なんか今日機嫌悪い?」


 私がそう聞くと、「悪いように見える?」と言った。


 はい、見えます。


 美菜の親しみやすさは前々から感じていたが、話していて妙に心安さを感じるときと、それが他人行儀に感じることがある。二人きりで、ポツリポツリと人が歩くだけの静かな河川敷に行ったときは、「綺麗ですね」なんて敬語になったり、かと思えば今みたいにズシズシと人の心に入ってきたりする。


 一種の躁鬱(そううつ)のような気がした。


 双極性障害になると、その変化が行動にはっきりと現れる。はっきり、という点が重要であって、抑うつだったり人並みに気分の浮き沈みなんて誰にでもあることだ。今日は気分が悪い、今日は誰かと話したい気分だ、だから話す。話さない。暗い雰囲気を創る。意識する。


 そんなことを考えてしまった私は、急に美菜のことを悲観的に捉えてしまった。躁鬱でないことは確かなのだが、おそらく不憫に思えてしまったのだと思う。


「夏休みにさ、旅行しようと思うんだけど一緒に行く?」


 私が機嫌を取るように美菜に対して言ったことに関しては、後悔していないしいつか美菜と二人で遠出できたらなと思っていたので、一石二鳥と捉えることもできた。不用意だったのは、思ったことをその場で口にしてしまったということだった。


「え、何? 二人で旅行? 武田と増田ちゃんってそんなに仲よかったっけ?」


 この声が、桑原だったらまだ私も納得できた。相澤だったから驚いたのだ。


 全く気がつかなかった。前の席に座っていた男女が、相澤と桑原だったなんて。


「うわ、びっくりさせないでよ。いるならいるって言えし」


 私がそう言うと、相澤は身体をよじって「仲いいの?」とそれだけ微笑んで聞いて来た。実に不気味だった。言葉に詰まってしまった私だったが、相澤の隣に座っていた男によって助け舟が出される。


「えー。旅行するなら俺も連れてけよー」


 桑原は机に伏せ、怠いということを身体で表現しながら呟いた。「だるー」「早く終われー」「意味ねーよこの時間ー」とぼやく桑原。その隣で、未だに眉を(ひそ)めたままこちらを向いている相澤。


「じゃあ、みんなで行きましょうよ」


 私の隣からはそんな声がした。相澤は表情を柔らかくし、美菜の手を両掌で握っている。桑原は未だに机に伏せたまま。「うるせー」とぼやいている。


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