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裕子は上品にコーヒーを啜る。
「高校卒業してから何してた?」
「あんまりこれと言ってしてたことはないかな」
「えー、見た目じゃ遊んでそうなのに」
当然だろう。髪はぼさぼさに伸び、いつかの男子生徒並みに前髪が長い。前はちゃんと見える。おまけに今日はピアスまでしてきてしまった。
「髪伸びたね。ピアスすごい似合う」
棒読みにも聞こえた裕子の声は、妙に染みた。どうしてみんなそんなことを言うのだろう。思ってもないことを社交辞令という形式に乗せて、他人に伝える。そうか。社交辞令という概念に囚われているんだな。いや違う。
「でも雰囲気は高校のときと比べてちょっと変わったかなー」
それは自分が一番感じていたことだった。
なぜ? どうして? という言葉はこれ程なく溢れているのに、大切な答えだけはごく少ないみたいでまったく見つからない。
だから、
「どうしてだと思う?」
と聞いてみた。
「罪悪感が身に染みたとか?」
右ひじをテーブルに付いて、指先に挟まれたフォークは細かく揺れ、目線は私から見て左斜め上。柔らかい表情からは、私に対して言っていることだとは思えない。だが、紛れもなく私に対して言っていることは確かで、こんな遠回しに皮肉ることもできるのかと人間の扱うコミュニケーション技法に感心してしまった。どこからこんな技法が生まれるんだ。私がそこら辺の人間の行動を拾遺したところで、私では相手に届かないことを、彼女は若干二十歳にしてやってのける。
「あのさ、千紘のことなんだけど……」
「あんた千紘のことどう思ってんの?」
ファミレス内の雰囲気に反して、彼女の色がより赤みがかったのがわかった。それに怯えて無口になった自分は否定できない。温厚だと思っていた人間の豹変。これ以上ないほどの失望。いや、失望まではいかない。見損なった、単に見誤ったとでも言おうか。この人はそういう人間だったのかということへの善い、廉直。なのになぜ彼女は思わしい行動をするのか。
幾度となく対峙した、向き合ってきた化け物。暴れだそうとするモンスターに、今の私では太刀打ちすることができず、怯むほかない。