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真赤なアスタラビスタ  作者: 面映唯
【不純と謳われる所以】
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大通りに面したビルの間を抜け、景色は途端に田舎町に来たような気分にさせる。観光地の繁華街のような賑わいを見せるこじんまりとした通りは、何とも歪んだ道であった。まっすぐに伸びていない、比較的巨大な黒蛇の上を歩きながら人を掻き分けていくのだ。少し進んだだけで、人は祭りのときのように増える。横から人が押し寄せてきて、私は連れの姿を見失いかけた。熟年女性が私の手を握って引っ張る。


「はぐれちゃうでしょ?」


恋人のような、不倫現場のような、ドラマのような、漫画のような。それはきっとどこかで見たことがありそうで、ない。私の脳が今まで見た景色たちに感化されて創り出した幻想にすぎない。


 恋人でもいいと思った。


 否、恋人のような気がした。


自分はひ弱であまり他者に関心のない人間だが、誰にも興味がないという訳ではない。ひ弱なことはひ弱なのだし、感心はほかの人に比べれば二法という意味で、人間である以上、私は好奇心から逃れられるような人間ではなかった。些細なことでいいのなら、関心のあることの一つや二つ、私にだって持ち得ている。大学に行って、「この子可愛いなあ」くらいには思ったりするのだ。それを否定していた頃の自分がやけに羞恥染みて見えた。素直じゃない私。健全じゃない私。最近では若いうちにセックスと恋愛をしておかないと、犯罪者予備軍にすらなるかもしれないと巷で騒がれている。なぜに? 強制的に恋愛させられるのも、悪くないなと思った。恋愛を初めて知ったときの感動などとうに忘れた。これが恋愛か、なんて成長してから思い出せる奴がいるだろうか。強制的に異性と異性をくっつける。これが恋愛と教わっていたら、今頃知らない誰かとなんとなく付き合っているだろうし、好きな人と付き合うことが恋愛だと、疑うこともないだろう。


近くにホテルでもあるのか、老若男女問わず大勢の団体がこの道を歩いていた。私たちはそこに分け入っても幾分大差がないような風貌だろうが、進む方向が違うので、傍から見たら「やじ馬の群集へと入っていく関係者」、にでも見えたことだろう。


アスファルトは限りなく見えなくて、祭りの屋台通りのような、入り乱れた大名行列のような。目の前を歩く背が同じくらいの彼女の後姿が、私の視界を覆っていた。短い髪が揺れ、その隙間から顔を出す耳の形。首筋。先ほど恋人にでもなったように錯覚してしまったせいで、やけに私の感性は先を急ごうとする。おいおい。俺もついにどうかしちまったのか? 見とれていたら、群衆は当の昔に通り過ぎて行ったように見えなくなった。


「きつかったね。居心地悪かったでしょう?」


 心を読んだかのようにミナトは私の目を一瞬だけ見た。


「満員電車みたいだった」


「そうねえ」


依然繋がれたままのミナトの左手と私の右手に、じんわりと意識が動く。少しだけ汗ばんでいるのに、その温もりは伝わっている。少しだけ掌に力が入る。皮膚の接触は、単に触れているだけではないらしい。誰だ、こんな設定を携えた人間を開発したプログラマーは。


久々にその気になってしまいそうだった。嘘の愛情、疑似の恋人らしからぬ愛人だというのは火を見るより明らかで、それを承知していることもちゃんと私の心は知っている。だが、それは体の中の左下の方にちょこんと座っているだけで、今の私が全身で感じていることに比べれば月とスッポン、ゴジラとビルだ。


一人の人間の感情を別の人間の感情を媒介して捌け口にするなんて、私の想いや発言には一貫性のないことを象徴しているかのようだった。


どうでもいいんだ、そんなことは。昔の自分はこうだったけど今の自分はこう。男に二言はあります。もうくたびれました。考えるのはやめです。


私は私を辞めた。だるくなった。先のことなんて考えないことにした。ミナトの温もりを感じて、次に私の思考は何を創り出した? それを実行に移したいと祈る、願う、ようなくたびれる人生はいつの日か夜中の帰り道にドブみたいな用水路に共に捨てた。


子どもになった気分だ。


「ミナトは今どこに行きたい?」


「んーソウタは?」


名前を呼ばれ、私はそっと彼女の耳に口を寄せた。


振り向いた彼女は、そっと微笑んだ。


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