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真赤なアスタラビスタ  作者: 面映唯
【思い違いと同情】
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翌日の昼過ぎ、私は着古しのモッズコートを羽織って軽トラックに乗り込んだ。真冬の田舎は寒いなんてものではなく、コートを着ていても指先がかじかんでしまう。赤くなり感覚のなくなりかかった指先を温めようと、私は掌を閉じたり開いたりすることで元の感覚を取り戻そうとした。


祖母が残していった軽トラック。農家用に使っていた車はまだ、そのときの名残があった。ダッシュボードには整理番号のような数字と、平仮名の頭文字が書かれた数枚の小さな紙が乗っていて、アッパーケースには錆びれた剪定(せんてい)(ばさみ)が入れられていた。運転席と助手席の間には輪ゴムらや軍手がくしゃくしゃになって置かれていた。古びた縄やドライバー、害虫駆除の黄色いスプレーは助手席の下に。鳥除けのピストル、鉄工用やすり。何より車内のすべてが埃っぽかった。シートも窓ガラスも。


寒さに震えながらもクラッチを踏んでギアを動かす。トラクター並みの轟音を響かせて、タイヤは回り出した。


ヒーターをつけるとフロントガラスが曇り出した。窓を開けるために、かじかんだ右手でハンドルをぐるぐると回した。すると頬を刺す冷たい風が入り込んできた。一瞬蛇行する。すぐに両手でハンドルを握る。


フロントガラスから見える景色は、言わずもがな見慣れたものだった。遠くに見える行く先が、だんだんと大きくなって車の進む速度を教えてくれる。上り坂になっていたせいかちょっと遅いな、と思った私は、クラッチを踏んでギアを変えてみる。違和感がある。戻す。すでに坂は終わっていた。


 信号で止まった私は窓を閉めた。


 どう話そう。


 裕子は怒っているのだろうか。


 明日香とのことも知っているだろうか。


 怒鳴られるだろうか。


そんなネガティブなことを考えながらも、裕子と会うことに「嫌だ」と呟かない今日の私は、まだいい方だと思う。明日香との一件があっても尚、それでも、自己満足だったとしても千紘のことを知りたい。一度開いてしまった蓋を再び完全に密閉するのは難しいみたいだった。今朝、牛乳パックの口を開けたのが思い出される。


信号が青になってアクセルを踏むと、後ろの荷台がカタカタと音を立てて嫌に騒がしかった。


私は呆然と、前を走る黒のワゴン車を眺めながら車を走らせていた。裕子と約束をしていたファミレスに入ろうとウィンカーを出すと、前の黒のワゴンも同じ方向へ曲がった。


駐車場に車を止めてエンジンを切ると、黒のワゴン車に乗っていたのは、どうやら家族連れのようだった。小学校中学年程度の男の子が二人と、髪の長いすらっとした母親、メガネをかけた角刈りの父親らしき人物が見える。その四人の横顔をまた重ねてしまった。


嫌な気分だ。罪悪感しか出てこない。こんなことを思わせてしまうなんて、神様も意地悪だ。


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