3
夜が更けてきた。他の同世代は別のどこかで大いにはしゃいでいることだろう。我々も同じくらい声を高らかに、似たように騒いでいたことには間違いはない。比較対象にならないだけであって、それぞれが各々(おのおの)の形で時間を費やす。
首藤はそこのソファでぐったりしている。考えてみればそうなっても仕方ない。食っては歌うことを繰り返して、アルコールも入っていれば当然の報い。明日香はなぜかまだそれに至っていなかった。紗江は、彼女も疲れたみたいで瞼を閉じている。
「奏太君って高校時代好きな人とかいた?」
「いや、どうだろう」
「千紘とはよく話してたみたいだけど」
高倉千紘。女にしてはよく話した方だった。
「話してはいたけど、そんな感じではなかったかな」
へえ、と彼女は自分の髪を触った。
「そういえば千紘とはもう会ってないの? ていうか今日来てた?」と私は問いかけた。
明日香は顔を歪ませる。「それがさ、卒業してから全然連絡取れなくて。今日も探したんだけどいなくてさ。友達の中じゃ失踪したんじゃないかって噂も立ってるみたいだから心配なんだけど……」
歪ませたまま話す彼女の顔はどうも似つかわしくなかった。辛気臭くなるのもそれはそれで嫌だった。
「文化祭のとき一緒に撮ってくれた写真、あれまだある?」
そう私が問うと、彼女は「あるある」と言ってスマホをスクロールし始めた。
「私が撮ろうって言ったから、奏太君持ってないんでしょ? あげようか?」
私は素直に頷いて、「ライン教えて」という彼女の声を聞いて首を振って応対した。
彼女はむっとするが、そんな顔をされても考えは変わらない。
「奏太君顔小さいね」と写真を見て明日香が言う。
「ちょっと後ろに下がってるからそう見えるだけじゃない? あと故意じゃないから気にしないで」
このツーショットを撮った後は、実はそのことで頭がいっぱいだった。唯一現れた絶好の歓喜に、水を差すようなことをしてしまった無意識の行動。女を前にしてそこまで小顔に映りたいのか、と思われてしまったのではないかと何度も事を悔いた。もう今となってはの話だが。
「でもさ、奏太君って私のこといつも下の名前で呼んでくれてたけど、なんか理由とかあった?」
「いや、特には……。他の人もそんな感じだったし。ほら紗江とか」
「でも、毎回結構きゅんとしてたよ」
私はその言葉を受け流した。
明日香は立ち上がり、謙虚と謙遜を身にまとって私の隣に座った。
いやな媚びたらしい空気が流れ出した。視界が薄桃色の靄に包まれる――。
左隣に目をやると、形の整った顔がある。肌に窪みがない。白い。赤い、赤い、赤い。彼女の瞼は閉じられ、私の瞼は開いているはずなのにだんだんと視界が暗くなってくる。これはあれだ。幾度となくしてきた、あれ――。
視界は明るかった。
「私じゃだめ?」
首をかしげる明日香がそこにいた。目前に迫る顔に焦点が合わずぼやけている。
顔がいつもより近いはずなのに、身にまとっているもののせいで嫌味がない。垂れた目つきが、ニットで膨張した胸が、アイブロウで整えられた淡い茶色が透き通る。画像や動画なんかでは味わえないリアルが、私をそこへ誘おうとする。
「だめ……なの、かな?」
私は首を傾げた。