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真赤なアスタラビスタ  作者: 面映唯
【変わってゆくのはいつも風景】
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車内に静けさが戻り、フロントガラスに目をやる。右斜め前に見える首藤の右半身は、何か物足りなさを語っていた。住宅街の中にしては開けている方で、家の前には幼稚園の校庭ぐらいの砂利が広がっている。そこに立つ家は、ベージュ主体の屋根が黒光りする洋風の一軒家。そのドアの中に彼女らは手を掛けて颯爽と消えていく。


言葉で満ちていた車内は、忽然と聡明で濁りの少ない澄んだ空気になった。その静寂に身をひそめようと、私は窓の外に目をやっていた。音に敏感になれて、首藤が座席のシートを倒したことに気がつけた。溜息が聞こえる。


「なんか、とんだ成人式になったな」


「首藤はずいぶんと人間味を増したように見えるけど?」


そんな冗談を私が言うと、アホか、とあっさり吐き捨てられてしまった。


だけど、少しの間、優しい風が流れた。


私は変わってしまったということなのだろうか。紗江の言葉が引っかかっていた。ずっと変わらずにいる首藤の姿、行動を現実にこの目で見せられると、やたらと自分が下等な人間に見えてしまって懲りない。本当は懲りているんだろう。なんとなくそんな気もしていたが、それが愚直に表現されて理解できてしまうと、私が変わったということを信じられずにはいられないはずなのに、それでもまだ、自分の中の未熟な餓鬼が足掻こうとしている。


「首藤って変わらないよな」


少しの間が車内に流れた。


呟いた言葉はさっきとは違ってなかったことにした。ルームミラーから見える彼の瞼は閉じているように見える。


脈が、トクトク、と聞こえる。


昔、自由な彼に憧れを抱いていたことがあった。今思えばそれは羨望だったのだと思う。絶対に叶わないものが目の前に現れると、どうしても身近に感じて自分もそうなれるのではないかと憧れを抱いてしまう。


明日香だって同じだ。学年の中ですごく目立つ方ではなかったが、私のクラスの中では簡素な中にも美麗を放っていたと思う。平凡の中に価値を見出せるものが欲しくて、でも実はそれは建前で、そんなことはよくわからなくて、でも気づいたら目で追っていた存在。それが明日香だった。


徐に音楽が流れ出した。見ると、瞼を閉じていたはずの首藤がカーナビの液晶画面に触れていた。


「これバンプだっけ?」


「みたいだな」


やっぱり首藤は寝ていなかったみたいだった。流れている音楽は高校時代には私が手に出さなかったものだ。タイトルはすでに知っている。


それと同じ類のバンドやロックバラードのような雰囲気の曲を好んでいた私は、欲を言えばバンプに手を出していてもおかしくなかった。聞かず嫌いというのは、本当に好ましくない後悔である。


「そう言えば、明日香ってバンプのこと溺愛してたよね」


「溺愛かは知らんけど、何回かライブに行ったって言うのは聞いたことあるな。それで当時付き合ってた彼氏に振られたって聞いたけどな」


「え、なんで?」


「んん? ああ。なんか他の男とそのライブに行ってたのを彼氏に見つかったんだってよ。彼氏は明日香を溺愛してたって。バンプさえも浮気の対象だ。今時聞かない心の狭さだな」


そんな当時聞かなかった昔話を聞きながら、背景からは音楽が流れていた。懐かしい。この曲を聞くたびに明日香の顔が思い出されるほど印象が強いなんて、高校時代の私は何を考えて生きていたのだろう。愚問だ。


当時バンプには広く手を出さなかったものの、好きな曲が一つだけあったのを覚えている。自分の想いを素直に表現できるライターが羨ましかったのか、それを真似て明日香にアプローチしたこともあった気がする。当然気まぐれだ。気まぐれと称した無謀だ。相手の反応も薄ければ、私自身、後々じわじわと感じ出した羞恥を隠せなかったくらいで。だが、確かにその類似させた曲の詩は、私の想いと合致していた。


今は、真逆の感情が生まれている。でも音楽は響く。なんて音楽だ。なんてねじ伏せ方。


そんな我々三人は同じクラスだったが、紗江は二つ隣のクラスだった。にも関わらず、明日香とよく一緒にいたのを覚えている。おしとやかな印象に見えるのだが、実際は違うと誰かから聞いたことがあった。どちらにしても、苦労しないことも多いんだろうなということはなんとなくわかっていた。おそらく偏見。とういうか、どうでもよかった。


文化祭。あまり紗江の記憶はない。同じ生徒会だったことは覚えている。明日香の気まぐれだろう私を求めた行動に心の中で歓喜していたことを除けば、文化祭全体を通して見てもうっすらとしているだけ。


「おまたせー」


音楽に水を差すように助手席のドアが開かれる。


「おっ、聴いてるねえ。新平バンプに興味あったんだっけ?」


「うるせえ」


ニヤニヤする明日香とツンデレな首藤を後ろから見たら、やっぱり相変わらずだなと思った。


隣に紗江も乗ってきて車は動き出す。


「じゃあ駅前のカラオケねー」


「ああ? 飯食いに行くんじゃねーのかよ」


「ばかね。カラオケでも食べられるでしょ。バンプ聞いてたら歌いたくなっちゃったの!」


首藤は青になった信号を見て強くアクセルを踏んだみたいだった。同時に三人がシートへと勢いよくもたれ掛かった。


「ちょっとー! ふかしすぎ。もっと安全運転してよ」


「うっさい。わかってるわ」


首藤はそう言っているが、この後も何度か明日香との掛け合いが続き、そのたびに危険な運転が繰り返される。まったく関係のない私と紗江は、そのたびに被害を被ることとなった。


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