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真赤なアスタラビスタ  作者: 面映唯
【変わってゆくのはいつも風景】
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各駅停車あたりまえ鈍行列車は、三十分かけて目的地へと進む。一時間に一本、悪くて二時間に一本。当然乗り遅れれば遅刻は免れない。そうわかっていながら時間ぴったしに駅に駆け込むのは今も昔も変わらなかった。


自動で開くと思っていたドアが、ボタンを押さなければ開かないということをこのときの私は忘れていたらしく、出ようと後ろに並んでいた若い清楚な十代らしい女性に促されるまでドアの前に突っ立ったままだった。「ボタン押すんですよ」と優しく唱えられた口調から推測するに、面倒臭いと思いながらも服装がスーツ、都会人に見えたせいか、わからないのかもしれないと思って止むを得ず声をかけたというところだろう。


無人駅を降りた私は、一つ向こうの車線に渡って成人式の会場へと向かう。同じ会場へ行く人もいるであろう列車からは、それなりに多くの人が足を地に下ろした。それらを含めた人々が列を連ねて進んでいく。


「お兄さん成人式ですか?」


思ったよりもゆっくりと声のする隣を向いた私は、多分、真顔だったと思う。脳が思考に追いついていなかった。数秒してその声をかけて来てくれた主が、先ほどの清楚な十代女性だと理解する。


「まあそんなとこです」


「私はこれから部活なんですが、多分、創芸館に行くんですよね?」


私は「はい」と答えた。よく見てみると、左肩の下の辺りに英語の筆記体で書かれた文字があった。そのウィンドブレーカーはテニス業界ではよく見かけるもので、丸が二つ並んだようなマークだったので私にも見覚えがあった。黒主体の、肩から腕にかけて流れるラインは紫に染められている。目に入った、彼女の肩に掛けられた巾着の要領で作られたであろう袋を見るに、おそらく硬式ではないんだろうと思った。


「前衛? それとも後衛?」


彼女は驚いた表情だったが、「一応……」と付け、「前衛です」と答えてくれた。


「俺も昔やってたことがあるんだ。中学だけだったけど前衛やってた」


すると、今の今まで訝っていた表情は柔らかくなり、「前衛のコツとかってありますか?」と聞いてきてくれた。


『コツ以前に、努力が足りていないんだよ』と誰かが呟いた。


「コツというか、俺が昔意識していたのは、割り切る、ってことかな。わざと真ん中に寄っておいて、そのままクロスに来たボールをボレーしに行く、もしくは追い出すって感じかな」


「私高校なんですけど、」


「ああ、高校生か。高校生となると俺は言える立場じゃないかも。なんだかんだ言ってレベル高いからね」


「ありがとうございます。さっそく今日の練習で試してみますね。なんか早くやってみたくてうずうずしてきました」と彼女は体を躍らせる、後ろに結んだ尻尾を揺らす、細い目が素敵。


その後も、「フェイント入れたいよね、ビクつくみたいな」と彼女が提案したり、「ミドルを片足一歩で取ったらかっこいいね」と私が好奇心を煽ったり促したり。その理由が、そのたびに笑顔になる彼女の顔を見ていたかったからというのは嘘であって欲しい。メンヘラみたいじゃん。そんなに自己主張強くなれないし、死ぬときは一人で死ぬし、愛も要らない。


会話が弾んでいる様子を傍から見た私はどう思うだろう。これから不安な成人式だということを彼女に背中を押されていたかのように、且つ、そんな違和感は全く与えられていなかったように目的地に着いた。


「じゃあ私はこれで」と言って、屈託のない笑みで彼女は芝のテニスコートへと走って行った。


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