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十五分程度時間がかかるということだった。覗く訳にもいかないので、カウンターの椅子に座って音楽を聴くことにした。作ってから数か月ぐらい経つプレイリストのローテーション。聞き慣れたイントロ、ギターリフ、高いにもかかわらず力強い感情任せな声音が聞こえ出した。
カウンターの後ろに見えるのは、様々な国のビール、ワイン、おしゃれなインテリア、だなんて甚だしい。資料やファイルが雑に入れられた本棚。きたねえなーとか、どんな資料なんだよ、と頭で独り言をつぶやくはずだったと思う。しかし、それをさせまいと阻止するヴォーカルの流暢な日本語。それをさらに綾なすような音たちが創り出す世界観。ぶつかり合いつつ、一つの音を際立させつつ、それを感じさせないオーケストラにも匹敵する荘厳さ。聞いたときに余計な意識を排除させる音楽。バックミュージックなんかじゃない。あくまで自分の音楽が主役なのだと訴えかけてくるが、一切嫌味がない。今聞いているプレイリストの曲たちは、そんな歌だった。
横隔膜を動かしながら口ずさみたくなった。
階段の唄。
あなたへの詩。
馬鹿を噛み殺せない歌。
ライラック。
ショートショートのラブソング。
過去と今を泳ぐ歌。
白と黒の間に生まれた恋愛。
平和を心から祈る優しい四人のマニフェスト。
瞼を縫ったら涙が零れないなんて、この世界は優しい人間に厳しい。無責任な蠅が鬱陶しいな。
ルポルタ―ジュにも思えるその音楽に乗せて、私は彼らの伝えたかったものを形を変えて解釈しているのかもしれないが、確かに胸中に存在していた。
「何聴いてるの?」
彼女は私の左のイヤホンを外してそう尋ねてきた。
「歌詞が聴こえない歌」と私は答える。
「それって歌詞に失礼じゃない?」と彼女は言うのだが、「俺にとっては天地がひっくり返るほどすごいことなんだよ」と訂正しておいた。