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それを見たら普通、感情任せに言葉なんて言えなくなるはずなのだが、言葉を選べるほど洒落た人間だった頃の自分はもう覚えていない。嫌いなものは嫌いだ。努力すれば好きになれるのだろうが、したくない。したいと思わない。思えない。
「大丈夫とか頑張れって俺言えないんだよね。なんか好きになれなくてさ。自分が言われたときに他人事に聞こえるからって理由だとは思うんだけど。人によって感じ方なんて違うんだから、自分を他人へのものさしにしちゃだめだよね」
妙に饒舌で謙遜が過ぎる。本当に思っていることほど形にしやすい。じゃあ、今頭で考えている別のことは本当の感情じゃないのか? 知らん。
数秒物思いに耽っていたが、前を見れば顔を上げる増田さんの姿があった。右耳に髪をかけている。イヤリングかな? いやそこどうでもいい。
「武田君って人の気持ちわかってないね。こういうときは慰めなきゃいけないんだよ。嘘でもいいから、可哀想とか言ってくれなきゃダメなんだよ。全然わかってない」
「申し訳ない」
「でも、今の私が欲しかったのはさ、いつも友達が慰めてくれるような言葉じゃなかったんだよね」
「はあ……」
「欲しいことと言葉を的確にくれた」
「はあ」
「私のことを知ってるような錯覚に襲われましたー」
「はあ」
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
ぼんやりとこいつ話し方上手いなーとか、飴と鞭が三対一なのは偶然か? なんて考えていたのだが我に返る。「聞いてます聞いてます。この上ないお言葉です」と私はその場をしのぐ。
彼女は、呆れたように溜息を吐いた。
「心情は読み取ってくれるのに、言葉は読み取ってくれないのね」
「それは、言葉は偽れるけど心情は本音が出やすいからね」
「私が嘘をついてるとでも?」
威圧的に眼力に迫力あり。気圧されます。
「まあ、心情も読み取れてるかどうか曖昧なので、私が言えた口じゃありませんね。たまたまだと思うし」
「そう、だよね」
多分、その言葉を発したときの増田さんを、私は見逃さなかったのだと思う。
「増田さんてバイトしてますか?」
「あ、してないです」
「お金に余裕ありますか?」
「そ、そんなには……」
「試しに、俺のこと買ってみませんか?」
彼女の言葉など聞いていなかった。返答がどちらだろうと関係なかった。決まり文句。
そのとき彼女の髪の毛が揺れた気がしたのは、私の見ている幻なのか。いや、私はここにいる。私は今そう思った。それが正しいと、きっとデカルトも言うのだろう。